2016年4月4日月曜日

なぜ地方議員はあんなふうなのか

【読感】地方議員の逆襲 佐々木信夫著 (講談社現代新書)

 ずっと昔、わしがまだ一担当者のころですが、上司がある議員から今度の一般質問で何を聞いたらいいか、質問を考えてくれと相談されたそうで、その作業が若いわしのところへ回ってきたことがありました。
 それまで新聞なんかで知ってはいたけれど、まさかほんまにそんなことをしてるんや・・・と驚いていたら、「これはうちの課への○○先生からの応援なんや。いい答弁を書いたら議会でオーソライズされて事業がやりやすなるやないか。」と上司に教えられ、わしもまあそんなもんかと思って自問自答風の答弁案を作ったことがありました。(その後これが本当に使われたのかは知りませんし、今はもうこんなことはやっていないでしょう。)
 
 先日も高校野球の自県の代表校にバスの停め方が悪いと暴言を吐いたオカバ議員が話題になりましたが、号泣議員といいセクハラ議員といい、なぜ地方議員のレベルは低いのか、いや、そもそも、この人がたは普段いったい何をしているのか、というのは率直に言って少なくない有権者、住民が共通して感じている疑問かと思います。
 そしてまた、このような地方議員の評判の悪さはそうとう昔からマスコミにも指摘され、たびたび社会問題にもなるのに、なぜやはり今でもそのままなのか・・・も不思議なことではあります。


 この本の著者である佐々木さんは高名な政治学者で、特に地方自治の分野は第一人者といってよいでしょう。彼が特にこの本で危惧するのは、地方議員のレベルうんぬんの前に、全国の自治体では議会選挙のたびに立候補者が減ってきており、平成27年の統一地方選挙では、町村の議員の21.8%が無投票当選、市でも3.6%が、政令市でも1.7%の議員が無投票当選しており、投票率そのものの低下もあって、地方議会が有権者の声を代表しているとは到底言えない状態に陥っている、すなわち民主的な地方自治そのものが崩壊に向かっている、ということです。
 しかも、日本の地方議会は諸外国に比べて(先進国どころか発展途上国と比べても)女性議員が極端に少なく、住民の大多数がサラリーマン(雇われ人)である現在も議員とサラリーマンとの兼業は事実上不可能で、住民の構成や生活スタイルを反映したものになっていません。
 いきおい、議員は既得権益を持つ組織とか地区の代表者としてのみ送り込まれ、地方政治にダイナミックな変化を起こすことができません。その結果ますます住民の関心は低下し、さらになり手がなくなって活力が低下し、という負のスパイラルになっているのです。
 
 地方議員がマスコミに登場するのは不祥事か、さもなくば報酬が高すぎるとか、政務活動費の使途が不透明だとかのスキャンダラスな局面が多いのですが、佐々木さんによると、これは住民から見て議員がどんな仕事をしているのかが分からないからです。何をしているのか知らないので、報酬が高いのか低いのか、定数が多いのか少ないのかも判断できません。
 もちろん住民の無関心にも一端があり、わしもそうですが、たとえばあなたの住む市には市会議員が何人いるかということすら多くの住民は答えられません。
 住民生活に関することは、首長(知事や市町村長)~やはり住民が直接選挙する~ が執行するので、困ったことや要望は直接市役所や役場に言えば事足ります。むしろ、議員に何かを要望するのは、出身母体(選出地域)がらみか、さもなくば何かの利益配分や揉め事といったイメージも付きまといます。議員の大きな役割は首長や執行部が拾い切れない住民の声を聞き、届けることですが、この役割も今や意義が低下しているのです。

 一方で、現行の地方議会制度にも問題はあります。
 よく、日本の地方自治制度は、国会の仕組み(議院内閣制)とは全く違う「大統領制」であると説明されます。首長も住民が選挙し、議会議員も選挙する。つまり、地方自治体には代表が首長と議会の二つあって、相互が協力し、時には牽制しあって、より良い方向に政治を進めていく制度である、という説明です。
 ところが、佐々木さんはこの「二元代表制」は誤解されることが多いと言います。
 地方議会はアメリカ議会(国会)と違って予算案の作製権がありません。アメリカ大統領は議会が決めた予算を執行する権限しかないのと大きな違いです。逆に言うと、日本は首長の権限が大きすぎるのです。
 また、議決する事項も少なく、制約も多く、首長の持つ圧倒的な情報量やスタッフや予算に比べて地方議員をサポートする体制は貧弱で、議会にとってほぼ唯一の独壇場である条例制定権も十分に発動されていません。要するに、議員は地方行政の執行にはほとんど関与できず、首長を追認するにとどまっているのです。このシステム上の問題が、やる気のある地方議員を無気力にし、ひいては不祥事に走る者さえ現れる遠因だそうです。

 このことは、安倍政権が唱える「地方創生」の動きの中でも顕著です。地方自治体は、国の地方創生計画に準じて、自治体版の地方創生計画を作らなくてはいけません。この計画は、住民の意見や要望を十分に取り入れて、将来目標と、それを達成すべき政策のリストアップ、実行方法などが決められるべきものです。
 しかし、多くの地方自治体において、議会は計画を早く作れと首長に「要望」するだけ、あるいは首長が作った案にあれこれ意見を付けるだけで、とても住民代表として主体的・自主的に計画づくりを主導したとは言えないものでした。
 まずは地方創生への提案を出すこと、そのために必要な政策立案能力を高めることが地方議会、地方議員に不可欠だと佐々木さんは言います。

 そのために取り組むべきは、「道州制」だというのが本書のクライマックスになりますが、これはぜひ直接本書をお読みください。

 地方議会の力不足は、わしも一住民としてしばしば感じます。ただ、文句を言っているだけではだめで、住民ももっと地方議会の重要性に関心を持たないといけないと思いますし、議会自身も議員が双方向で相互討論しあうとか、平日の夜間開催や休日開催など、すぐにできる改革には直ちに取り組むべきです。

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