2016年5月13日金曜日

三重県総合博物館「伊勢志摩企画展」に行ってみた

 津市にある三重県総合博物館で、伊勢志摩~常世の浪の重浪よする国へ、いざNOW!~ と題した企画展が開催されているので行ってみました。
 この企画展は、G7主要国首脳会議(通称伊勢志摩サミット)の開催と、伊勢志摩国立公園指定70周年を記念したもので、伊勢志摩地域の魅力を、人・モノ・文化の交流や信仰を切り口に紹介するとともに、豊かな里海を再生する取組を通じて伊勢志摩のこれからを考るという趣旨だとのことです。

 三重県総合博物館の特長というか、クセと言っていいと思いますが、土器や石器から、書籍や文書、仏像、神像、鏡、浮世絵、明治以降の観光指南書や絵はがき、ポスターなど、色々な時代の色々な文物がてんこ盛りに展示されていて、良く言えば800円の入館料でたくさん見られてお得だし、悪く言えば統一感というか一貫した哲学があまり感じられない、史料のごった煮的な展示でした。
 それはともかく。
 わしのお目当ては、三重県に60年ぶりに里帰りしたという木造妙見菩薩立像(重要文化財)でした。


 この像は鎌倉時代後期の正安3年(1301年)に作られたもので、もとは伊勢の参宮街道沿いにあった常明寺(じょうみょうじ)というお寺のお堂で祀られていたものだそうです。
 常明寺は伊勢神宮・外宮の禰宜を世襲する家柄であった度会一族の氏寺で、宇治山田(現在の伊勢市街地)随一の名刹でした。
 今では想像できませんがこの時代には、比較的、仏教思想を忌避する傾向が強かった伊勢神宮においても否応なく神仏の混淆(習合)は進んでおり、高級神職でありながら仏教も信仰するのは一般的なことでした。

 千葉氏顕彰会のホームページによると

・伊勢の妙見信仰は、鎌倉時代後期頃より盛んになりました。これには、真言宗の名僧・通海(はんわし注:通海自身が伊勢神宮祭主、つまり高級神職であった大中臣隆通の息子)が深く関わっています。
・通海は伊勢神宮(内宮)の祭神・天照大御神と妙見菩薩が同体であると主張し、神宮神官・度会家の檀那寺であった常明寺に妙見堂を建立し、木造妙見菩薩立像を造像して安置しました。
・北極星を神格化した妙見菩薩と、太陽神であった天照大御神が同体とする思想は意外に感じられるかもしれませんが、中国の道教の思想では、「北辰(北極星)はこの全宇宙の最高神」とされるものがあり、北辰と同体である妙見菩薩と「記紀神話」に登場する天照大御神が同体とする思想は伊勢神道にも受け入れられ、伊勢を中心に全国に広がっていきました。

とのことで、天照大神は本来は妙見菩薩である ~日本には天照大神の姿で垂迹したに過ぎない~ という理屈で、多くの参宮客の崇敬を集めていたものだそうです。

 しかしながら、明治に入って、伊勢にも廃仏毀釈の嵐が巻き起こると、常明寺も廃寺となってしまい、この妙見像も度会氏の一族であった中西家の所有を経て、昭和31年に読売新聞社社主であった正力松太郎氏、そして最終的に読売新聞社の所有になりました。
 現在は、東京都稲城市にあるよみうりランド内のお堂に祭られているそうで、今回の企画展が初の里帰りとなったとのことです。
(常明寺の妙見堂については、以前ブログに書きました。はんわしの評論家気取り 伊勢のお寺巡り(不定期連載・その1)(2013年11月23日)

三重県総合博物館HPより
博物館内は撮影禁止なのでホームページの写真を引用しますが、妙見菩薩像は高さが1.6mほど。
 少年の姿をかたどっているそうで、清々しい眼差しとふくよかな頬、そして「みずら髪」のヘアスタイルが印象的です。
 左手で剣を垂直に立て、右手は人差し指と中指の二本を立てた印相を結んでおり、力強い中にも躍動感を感じさせる像で、わしも思わず立ち尽くしてしまいました。
 これは一見の価値がありますので、ぜひ実際にご覧になることをお勧めします。

 この企画展では、ほかにも三重県内で4つしかない国宝(群)の一つである伊勢国朝熊山経ケ峯経塚出土品(経筒、阿弥陀如来鏡像など)をはじめ、貴重な文物が多く展示されています。
 関心がある方はお出かけになってみてはいかがでしょうか。

■三重県総合博物館  http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/MieMu/index.shtm

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