2016年5月17日火曜日

社長に大事なのは素質か、努力か

【読感】町工場の娘 主婦から社長になった2代目の10年戦争 諏訪貴子著 (日経BP社)

 この本の著者であるダイヤ精機(株)社長の諏訪貴子さんが、日本の製造業中小企業の経営者代表といった立場でマスコミに登場するのはよくお見かけしていたのですが、その時は ~何となくですが~ どこかの大手家具チェーン店の女性社長のように、一流大学を出て、外資系だかの大手企業に勤務し、機が熟したので親が創業した企業に二代目として就任したヒトなのではないか?といったような印象を持っていました。
 しかし、この本によると、諏訪さんが社長を引き継いだきっかけは、ある日、前社長である父親が体調を崩して緊急入院し、その日のうちに「余命四日間」と医者から宣告されたことがきっかけだったそうです。まったく青天の霹靂の不幸な出来事から諏訪さんの運命が大きく変わったのです。
 従業員30名ほどの小規模企業では、製造から営業から経理から、あらゆることを社長が一人で仕切っているケースがほとんどです。とにかく当座をしのぐために、誰かが会社の跡を継がなくてはならない、そこで、父親から可愛がられ、頼りにもされていた ~しかしこの時点で専業主婦であった~ 次女の諏訪さんに白羽の矢が立ったということだったのです。


 実は、諏訪さんはそれまでに実家のダイヤ精機に短い期間ながら勤務したことがあります。大学を卒業した後は大手メーカーで2年間勤務し、自分の夢を実現しようと結婚式の司会者に転職していたのですが、父親から請われて事務仕事の手伝ったことがあったのです。
 その時、諏訪さんは経営の数字を見て、今のままではいずれ会社が立ち行かなくなることにすぐに気づき、社員のリストラを進言します。しかし、職人気質である父親はそれを受け入れず、逆に諏訪さんをリストラしてしまったのです。
 なぜそんな不合理なことをするのか、とその時は思ったものの、実際に経営者になってみると、小規模な企業にとっては従業員こそが宝であり、どんな事情があっても雇用を守るのが社長の使命であって、首切りだけは絶対に避けたいことがよくわかるようになったそうです。

 しかし、このようにウエットな人間関係に依存しているだけに、2代目社長として新たなことに取り組もうとするとき、昔からの従業員が社内の壁になって立ちはだかります。
 父親は偉大な職人でしたが、自分には匠の技などない。年齢も若い(社長就任のとき32歳)。しかも製造業界では女性の社長などまだ少数派でした。どうすれば社員がついてきてくれるのか、職人気質で社員どうし挨拶もしない、勘と経験を重視するものづくりの現場で、諏訪さんの悪戦苦闘が始まります。

 3年間でダイヤ精機を改革する、という計画を立てた諏訪さんは、一つ一つそれを実行に移していきます。挨拶の励行、整理整頓といった5Sの徹底で社員の意識を改革し、並行して設備の更新や、ダイヤ精機の強みである精密加工技術の磨き上げにも取り組みます。
 悪口会議と命名した社内ブレストを定期開催して社内の風通しを良くし、コミュニケーションの活発な、明るい社風に徐々に変えていきました。

 新しい生産管理システムも導入しました。紙ベースの作業指示書をやめ、IT化によって製品番号や工程情報のバーコードを図面に付けるようにしたのです。これによって製品ごとの生産管理が容易になり、社員の管理業務も大幅に削減できました。

 極めつけは作業の標準化です。受注から生産、検査、納品までの各作業をマニュアルにし、誰もが同じ手順、同じ品質でものづくりできるようになったのです。

 このように書くと、順調にことが進んだように思えますが、実際にはさまざまな苦労や、諏訪さんなりの工夫があり、社内外で応援してくれる人がだんだん増えてきた結果、会社全体が前に進むようになってきたのです。
 このあたり、まさにドキュメンタリーなので、中小企業の経営を勉強したい方には非常に参考になると思います。普通の主婦だった、と謙遜する諏訪さんですが、やはり一定の素質というか素養があったのは事実でしょう。しかし社長業に飛び込んでもがき苦しんだ結果、そういった素質や素養以上に、大所高所か見る目線とか、ポジティブな姿勢とか、小さくとも継続することこそがよっぽど重要なのだ、ということを教えてくれたように感じました。

 組織が活性化してくると、次の関心は人材の育成と確保に移ってきます。技能検定の受験を積極的に支援する、QC活動を通じてリーダーシップを養成する、など、ここでも諏訪さんの努力が披露されますがくわしくはぜひ本書をお読みください。

 全体を通じて、たくさんの気づきが得られる良書ですが、2つだけわしが強く感じたことをメモしておきます。

 ひとつは、やはり中小企業にとって(と言うか、あらゆる組織、あらゆる個人であっても)、他には負けない強みが一つでもあるのは有利であるということです。ダイヤ精機の場合は、製品のサイズを測定するためのゲージという製品に強みを持っていました。市場規模は決して大きくはありませんが、あらゆるものづくりに必須の工具であり、このゲージの設計、製造に他社が追随できない高度なノウハウがあったため、リーマンショックなどの危機が襲っても立ち直ることができたのです。

 もうひとつは、事業承継に対する事前準備の大切さです。今、全国の中小企業で、後継者がないため黒字にもかかわらず廃業するものの数はかなりにのぼります。諏訪さんは父親が入院した途端、実印や権利書のありか、金庫の番号を聞くことから始めなくてはなりませんでした。仮に事務引き継ぎの準備に取り掛かっており、もしでき得れば、経営の勉強や人脈の紹介なども父親から受けていれば、もっとスムーズにバトンパスができたでしょう。
 幸い、今は中小企業の事業承継の相談に応じる公的窓口も整ってきています。もしあなたが経営者なら、または知人に経営者がいたら、気が重いことで勇気はいるでしょうが、事業承継について何か考えているのかは一度話題にしてみるべきでしょう。

はんわし的評価(★★☆) おすすめ

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