2016年5月22日日曜日

ぼんやりした不安×ぼんやりした不思議

 未来が予知できない以上、誰であっても先行きに不安は感じるものです。特に19世紀以降の科学技術の進歩は、人類の肉体や感情の進化、日常の生活様式の変化よりも何十倍も速いスピードのため、たとえばスマホのコミュニケーションアプリのように短期間に普及した技術については、どうしても人々の間にスキルのギャップとか世代のギャップとかを生じさせます。
 こういうことは理屈としては理解はできるのですが、実際に、身近に不可解としか言いようのない ~その多くには良くも悪くもSNSが関わっている ~ が起きると、あらためて「いったい、わしが住む町は、そして日本は、世界はどうなっていくのだろう?」とぼんやりと心配にならざるを得ません。
 たとえば、昨年9月に起こった高3女子が殺害された事件は、犯人として逮捕された同級生の男子生徒が、被害者から「死にたい」と依頼されて行った嘱託殺人であったようです。
 多感な十代が自殺願望を持つのは特別に異常なことではないと思いますが、それを実際にやってしまうことは異常であって、そこに至る細かい経緯は子供を持つ一般市民にとっても高い関心があるのではないでしょうか。


 昨年11月に行方不明になり、自宅から直線距離で200km以上も離れた場所で発見された女子中学生の事件も不可解です。
 犯人として逮捕された33才の男性会社員は、スマートフォンのアプリで女子生徒と連絡を取って家出をそそのかし、女子生徒の自宅がある隣町の路上で乗用車に乗せて連れ去った、未成年者誘拐などの容疑がかけられていますが、4月に津地裁で開かれた公判では「待ち合わせをして一緒に自宅に行ったことは間違いないが、本人の意思に反していることではない」として起訴内容を否認しているとのことです。
 一部の報道では、女子中学生は行方不明になる直前、アプリで「家出する」というメッセージを送っていたことから、自らの意思で行方をくらましたもので当初から事件性は低いものとみられていたそうです。
 しかし、親御さんや関係者の驚きと心痛はいかばかりであったかと思います。プライバシーにかかることはもちろん別としても、直前までごく普通の学校生活を送っていたとされる女子生徒に、どんな悩みや不満があったのか、そしてまわりの大人はそれにどう対処すべきだったのかは、可能な限り情報を公開して、関心がある一般市民で共有すれば今後の同様の事件にも抑止が働くと思います。

 ただ、残念ながらこのような細かい情報は報道されません。ゴシップめいた報道になりさらに関係者を傷つけることを恐れているのかもしれません。
 あるいは、そもそも関心をもって取材もされてもいないのかもしれません。殺人だの誘拐だの単なる地方の事件がたまたまセンセーショナルだっただけで、それを住民の安心で平穏な日常生活の教訓しようという意見もなくはないのでしょうが、けっして大きな世論にはならないのです。

 わしにはそれが不思議でもあります。
 こんなことを不思議がっている人がどこにどれくらいいるかもわからないし、では具体的にどう取り組めばいいのかも思い当たりません。
 が、次々と起こるこの種の事件を、政治も行政も、学校もマスコミも警察も、ただただ受け身で、ひたすらやり過ごしているように見えるこの状況が不可解なのです。

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