2016年6月1日水曜日

誰と行こうか、百夜月

 朝日新聞に、熊野のある村について書かれた記事が載っていました。
  三重県、和歌山県、そして奈良県の県境が入り組む北山川に沿った場所にあり、そこに行くための道路も橋もない、つまり川舟で渡らないと行けない、その名も百夜月(ももよづき)という名の集落についてです。

 昭和50年ごろまでは、少数ながらも住民が生活しており、田んぼに植えた1万本もの花しょうぶやハスが美しく咲き誇る風景が話題となって、観光客が訪れることもあったようです。

 しかし5年ほど前に最後の住人が亡くなり、以来、住む人のない無人の集落になっているとのこと。
 朝日新聞によると、百夜月という地名は、次のような伝説に由来しているそうです。


 村の若者が川向こうの月光山紅梅寺というお寺に住む美しい尼僧に会いたいと、何度も舟で渡ろうとしましたが、月があまりに明るくて渡ることができないでいました。九十九晩失敗し、百晩めに母親に打ち明けたところ諭されて、ついに渡ることを諦めたのでした。  
 この伝説は熊野の歴史や文化を紹介しているサイト「み熊野ネット」にも紹介されていますが、さまざまな異説があるそうで、もちろんどれが本当なのか、今となっては分かる由もありません。

 三重県民にとっては「熊野」と聞くと、つい「熊野市」という一地方自治体の市のエリアだけをイメージしがちです。しかし熊野という地名は古代から今に伝わる、もともとは紀伊半島南部のエリア全体を広く指しているものです。
 現在もこの地の住民は、和歌山県であろうが、奈良県であろうが、人が後世になって引いた県境などとは無縁に、一体感を持って生活しています。
 自然が人を圧倒しており、神々の息吹がそこかしこに感じられる、特有の文化と歴史を持つ熊野ですが、その奥深さを垣間見る思いがするのは、こうした百夜月のような集落がかつてあって、それが今でも語り継がれ、わずかにせよロマンチックな名に惹かれて訪れる人が絶えないという事実を知る時です。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

はじめまして、三重県のことが知れるのでいつも読ませてもらっています

熊野市の市名のことについて触れていますが、熊野というのは三重県紀北町から和歌山県田辺市までの地域全体の古代の国名で、今もその地域を表すのに使われてるのを地方自治体名にするのは、歴史の間違い(間違いとは何かというと熊野市が熊野の中心であったと誤解することです、国鉄もこれを危惧して熊野市駅としています)に繋がりかねないから変えるべきと思いますね(熊野川町みたいに前後に付いてるのは局地的になるのでいいと思いますが)

平成の大合併のときも歴史や地名を無視した地方自治体名が話題になりましたが、地方自治体名は地方自治体に好きに付けさせないで国や県の方で指導してもらいたいもんです
今建設中の高規格道路の熊野市内の道路名を熊野道路と呼んで、金山に作るIC名が熊野ICになるそうですが変えてもらいたいですね

半鷲(はんわし) さんのコメント...

 コメントいただきありがとうございます。
 三重県「熊野市」が、そもそもは紀伊半島の南部全体を表す「熊野」という古代から続く由緒ある地名の、いわば「僭称」であることは事実かと思います。
 わしが住んでいる伊勢市も、これと同様で駅は「伊勢市駅」ですし、県内ではほかに「鈴鹿市駅」もそうかと思います。
 後世に誤ったことを伝えないためにも、近隣の市町村の住民の声も聞いて、よくよく議論すべきと思います。