2016年7月25日月曜日

聖なるスーパー銭湯

 現代ビジネスに岡本亮輔(北海道大准教授)が寄稿していた 
 ここは世界遺産か、それとも「聖なるスーパー銭湯」か~あまりにも残念な「熊野古道」の現状 歴史的知識への無関心が悲劇を招く 
 という記事がいろいろな意味で興味深かったのでメモしておきます。(リンクはこちら
 7月にトルコ・イスタンブールで開催された世界遺産委員会では ~ちょうどその最中にトルコ軍によるクーデターが勃発したことで長らく記憶されるでしょう~ 、国立西洋美術館を含む「ル・コルビュジエの建築作品」が登録された一方、「紀伊山地の霊場と参詣道」の追加登録が審議未了で見送りされました。
 このブログでも以前取り上げたように、追加認定は確実視されていたので、関係者の落胆は大きなものがあったと思います。
 しかし岡本さんによると、地元は世界遺産を観光客誘致のためのブランド程度にしか考えていません。日本では欧米諸国に比べて「世界遺産」のブランド力が高すぎると言ってよく、自国の国宝や重要文化財といった制度よりも「ユネスコ認定」のほうがはるかに高い価値があると信じられ、そんのことが行き過ぎた観光客誘致につながっていると言うのです。


 その典型例は、和歌山県田辺市で起きた2つの出来事です。
 田辺市は駅前商店街に外国人観光客用の免税手続きのためのカウンターを新設しました。明らかに世界遺産追加登録による集客効果をあてこんだものです。
 しかしこの免税カウンターとほぼ同じ時期、国史跡であり今回の追加登録で世界遺産となることが見込まれていた闘鶏神社が、文化財保護法に違反して景観保全地区の樹木を無断伐採するという出来事が起こりました。
 伐採は、もしも正規の手続きで申請されていれば、防災上から問題なく許可されるような軽易な案件だったはずとのことです。岡本さんによると、この2つの出来事がまさに、当事者ですら世界遺産登録と文化財保護とが頭の中で結びつかないという、つまりは世界遺産を「集客装置」としてしか考えていないことを示唆する証左だとのことです。

 岡本さんは、熊野本宮大社の近くにある「世界遺産熊野本宮館」にも言及します。
 この建物には、和歌山県世界遺産センターや熊野本宮観光協会などに加えて、NPO法人「熊野で健康ラボ」も入居しています。健康ラボのホームページ「熊野で健康.com」は、明治22年の大水害まで熊野本宮の社地があった跡地、大斎原(おおゆのはら)を、たとえば「大斎原は理想的な風水地形」であり、「熊野の心休まるセラピースポット」として紹介します。

 また健康ラボは「熊野セラピスト」や「語り部」と一緒に古道を歩くウォーキング・プログラムを提案します。大斎原や森の中での瞑想、川や温泉での足浴といった熊野地形療法、「眠っている自身の力を引き出すことで、免疫力を高める」ための「五感エクセサイズ」など、スピリチュアルなメニュー満載です。
 岡本さんは、これらを
「熊野の文化遺産や伝統が、観光化にかこつけて、あまりに現代社会に適合的なものへと読み替えられている」
 とし、
「熊野セラピー ~自然と文化からパワーをもらう~」とか、「熊野は歴史と対面するだけの世界遺産ではなく、ストレス社会に生きる現代人の疲弊した心身を癒し元気にする地」
 などといった解説に対して、熊野を“聖なるスーパー銭湯”程度に考えている と批判しています。

 世界遺産が往々にして地域振興の「起爆剤」とか「切り札」とか言われ ~この2つはよく考えると意味が正反対なのですが~、世界遺産を地域経済の活性化に活用しない手はないというのは、むしろ地元(和歌山県だけでなく、三重県も奈良県も)のコンセンサスであると言えるでしょう。
 これは、岡本さんの批判も当たっていなくはないですが、わしが思うに、田舎の人特有の素朴なお国自慢の意識が強くあるでしょうし、現実に経済的な疲弊も進んでいるためです。

 さらに、戦後70年が過ぎて戦前の反省から国是とされた「政教分離」の真剣味が次第に忘れられ、宗教が持つ怖さというか、軽々しく神仏や人間の精神性を語ることの後ろめたさが失われてきたこともあるでしょう。
 人類の歴史は神仏をあがめ、恐れ、敬う歴史でしたが、これは恒常的に食料や物が不足しており、隣り合わせの飢えや貧困と戦ってきた歴史でもあります。モノがあふれ、金さえあればほとんどすべての欲求や欲望を満たすことができる現代、神仏と人間との距離感は大きく変わってきているとも言えます。

 この事情を差し置いて、地域が世界遺産の本質を理解していないと断じるのは、いささか気にならないでもありません。悪いのは田辺市の人々や熊野の人々だけでなく、勝手に聖地のイメージを描いて熊野をその型に嵌めようとする人々のせいでもあるのです。


■はんわしの評論家気取り  世界遺産で儲けよう(2011年7月27日)


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