2016年8月22日月曜日

日本を蝕む「長寿のパラドックス」

【読感】 シルバー民主主義 高齢者優遇をどう克服するか 八代尚宏著 中公新書

 わしが明確に「シルバー民主主義」というコトバを意識したのは、大阪市と大阪府による例の「大阪都構想」の住民投票の時だったと思います。
 二重行政を解消するために、現在24ある大阪市の区を5つの「特別区」(=地方自治法に規定された、東京23区と同じ権能を有する半独立の地方自治体)に再編する可否が問われたものでしたが、この本にもあるように、24区別の投票結果を見ると、高齢者が多い区ほど都構想に賛成する票が少なかったという逆相関が顕著であり、改革に消極的な老人が社会の多数派を占めている以上、少数派の若者の力で現状を変えることができないという、不合理、不条理さは「シルバー民主主義」だと喧伝されたからです。

 この本は、もう十数年も前から、今のまま少子高齢化が進むと医療、福祉、生活保護などの社会保障制度は維持できなくなるので、早急かつ抜本的な改革が必要だと一貫して主張してきた著者が、日本の長寿社会は世界に誇るべきものであることは前提としつつも、統計など客観的なデータを使って現状を分析し、将来のために必要な対策を丁寧に整理した内容になっています。関心がある方にはぜひご一読をお勧めします。


 著者の八代さんによると、シルバー民主主義とは
「政治家が当面の選挙に勝つために、増える一方の高齢者の既得権を守ろうとすること」
 です。
 他の先進国でも高齢者は増加傾向であって、高齢者が政治に大きな影響力を持つのは日本だけに限りませんが、日本には他国で見られない3つの特徴があるとのことです。

1)世代間格差の広がり
 社会保障制度や企業の雇用慣行において高齢者は若年者より優遇されており、所得などの面で両者の格差が広がっている。
2)政府の近視眼的な政策
 社会保障は政府を通じた画一的な所得移転が重視されており、財政支出の配分が高齢者に偏っているだけでなく、その財源は政府の借金の累増として後の世代の負担に転嫁されている。
3)改革への消極的姿勢
 人口も総所得も増えていた時代に制度設計された現行の制度を見直すことなく、先送りする姿勢に終始している。これは過去20年以上も続く日本経済の停滞とも関連している。

 社会保障制度が整えられた当時は、支えられる高齢者は支える若年者に比べて圧倒的に少なかった ~1950年(昭和25年)の高齢化率は5%程度。現在は25%を超えています~ ので、高齢者を一律に社会的弱者と定義し、手厚い年金や医療保険を支給することも可能でした。
 また、終身雇用や年功序列といった雇用慣行も、人口がどんどん増加する局面においては一定の合理性がありました。

 しかし、平成に入って日本経済が減速、停滞していく中で、勤労世代の賃金は伸び悩んでいます。一方で現在の高齢者は働き盛りのころが高度成長期と重なっていて、多くの資産を持っている人も少なくありません。
 その生活水準を平均値でとらえることはまったく実態とあっておらず、若年者などの勤労世代がすべての高齢者を支えるのではなく、豊かな高齢者が貧しい高齢者を支えるという、高齢者世代の中での所得再配分は十分に可能だし、むしろそうすべきなのです。

 この意見に対しては、「下流老人」と名付けらているような、老齢に達してから医療費など思わぬ出費で資産を使い果たして貧困に陥ってしまう現象も深刻ではないか、との反論があるでしょう。
 しかし、世代間で比較すれば5歳未満の子供の貧困率が急増していることのほうが深刻であると八代さんは言います。
 子供の貧困の原因は、親世代の低所得化の結果です。このままでは貧困が社会的に再生産されてしまうなど、将来への影響はむしろ子供の貧困のほうがはるかに大きいのです。しかしながら、日本の社会保障費は高齢者向けがGDPの13%もあるのに対し、子供の家族向けはわずか1%強に過ぎません。
 これへの対処として、介護保険でなく「子育て保険」ともいうべき出産や育児のための公的保険を創設すべきだという意見にも耳を傾けるべきでしょう。

 注意を要するのは、この本はただ単に高齢者の行動や現行の社会保障制度を批判しているだけではないことです。
 現在の高齢者は終身雇用や年功序列賃金が常識の中で過ごした世代でもあります。
 人口が増加し、経済も拡大する局面ではこのピラミッド構造が有用でしたが、経済成長が停滞すると高齢社員の年功賃金は、客観的な労働生産性に比べて相対的に高止まりし、アンバランスが拡大します。
 欧米では不景気になると未熟練の若年者が解雇の対象となりますが、日本ではこのように相対的な賃金が高い熟練中高年が雇用調整の対象となってしまうので、高齢者(年功者)にとって有利なこうした制度が、逆に雇用機会を制約しているという事実があります。

 この対処のためには、同一労働・同一賃金を究極の目標として、年齢もキャリアも多様な勤労者が、年齢や性別にかかわりなく、能力や技能に応じた賃金で働けるようにすること、すなわち労働市場の改革も不可欠です。高齢者だからという理由で、所得や資産が少ない人も多い人も一緒くたに弱者と扱うことは、高齢者も、若年者をも不幸にするのです。
 しかし、日本では社会保障は社会保障、労働市場は労働市場、財政は財政、というふうに、議論が縦割りで行われており、総合的な対策に手が届きません。誰かが現状を変えなくてはいけないと分かっているのに、蛸壺の中の議論に終始しているのです。

 八代さんは、これらの一連の改革を、国民が選挙を通じて政治的に実現することは不可能ではないと断言します。社会保障制度の行き詰まりと不合理が自分たちの子や孫から豊かな生活を奪い、彼らの将来ををめちゃめちゃにするものであることは、理を尽くして説明すれば社会の合意となるはずです。それには既得権の縮小 ~給付対象の縮減、給付額の削減、物価スライド制の徹底など~ もやむを得ないと、賢明な日本の高齢者は納得してくれるでしょう。

 そう考えていくと、シルバー民主主義の原因の大きな部分は、真実を国民に告げ、将来の青写真を描き、政策として実行するような勇気と見識とリーダーシップを持つ政治家がいないことであるのに気付きます。わしら勤労世帯がそのような政治家を見つけ出し、国政の場や地方政治の場に送り出すことができていないのです。
 投票可能年齢が18歳からとなった今こそ、まちがいなく日本の危機である社会保障制度を見直すための議論が興り、改革ができる政治家を選出するチャンスになるのかもしれません。

(はんわし的評価 ★★☆) おすすめ。40歳までの人は将来の指針として読んでおくべき。

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