2016年9月6日火曜日

原発停止要請という行政指導

 わしが学生の頃、行政法の中盤あたりで、「要綱行政」とか「行政指導」についての講義があったと記憶します。
 要綱行政とは、法律や条例で規制が加えられている、ある事柄とか行為に対して、地方自治体が現場で業務を行う際の基本方針などを文書にした「要綱」を根拠に、その地方自治体が法律や条例で規定されている以上の厳しい規制をくわえたり、違反者にペナルティーを課したりする現象のことです。
 1960年代後半の高度経済成長期から70年代のオイルショックの時期にかけて、田畑が埋め立てられ、山林が切り開かれて住宅地が造成される「開発行為」が全国いたるところで展開されました。開発行為には都市計画法による許可が必要で、その要件は厳格に定められていますが、数千戸の住宅が一度に開発されるニュータウン建設などの場合、それによって一気に数万人も人口が増えるので、地元の市や町にとっては学校の建設も、公園の整備も、道路の拡幅もまったく追いつきません。
 そこで、60年代後半、ある市が「宅地開発要綱」というものを定め、ニュータウンを建設しようとするデベロッパーに対して、学校建設用地の無償提供や、公共施設建設に対する市への寄付などを協力してもらう ~実態としては強要する~ 形で、不足する公共施設や財源を賄うことを始めました。
 これは全国の市町村にとって干天の慈雨ともいうべきグッドアイデアであり、たちまち各地で宅地開発要綱が作られ、公的負担をデベロッパーへ転嫁することが広く行われるようになったのです。


 法的に見ると、これには2つの大きな問題があります。
 一つは、要綱とはあくまでも役所自身が定める決まり事に過ぎず、国会で決議される法律や地方議会で決議される条例とは全く異なって、民主的に決められたものではなく、そもそも強制力などないことです。
 法律よりも厳しい許認可基準を勝手に県や市町村が設けたリ、法律に規定のない義務を強いるのは法治主義に反しています。

 二つ目は、地方自治体側もそのことはよくわかっているので、業者に対しては「これは強制ではありません。あくまでも役所からの指導であり、お願いです。」という形式を取ることです。
 お願いですと言われても、実際に役所はさまざまな分野で規制権限を持っており、住民サービスを提供しています。お願いをむげに断ったら、どこでどんな意趣返しをされるかわかりません。不満に思っても、仕方なく業者は従わざるを得ません。
 このように法的な権限がないこと ~したがって法的な強制力もないこと~ を、指導とかお願いとかのオブラートに包みながら強制することが「行政指導」と呼ばれるものです。

 しかし、行政法の講義では、このようにも付け加えられていました。
 行政指導は必ずしも悪いばかりとは言えない。現実社会の動きは早く、しばしば法律が予想していない紛争が発生する。法律や条例を作るには、事実を調査し、法案を作り、国会で審議し、議決をもらい、公布して、施行する。実際に効力を持つために何年もかかる。
 このように立法が硬直化していることを補完するために、行政が柔軟に、スピーディーに相手に自重を要請することは複雑な現代社会では避けられないことであって、適正に行っている限りは一概に不当と言えるものではない、という理屈です。

 ただ、行政指導は住宅地の開発に限らず、森羅万象あらゆる行為に及び、中には企業を育成するために通産省が闇カルテルを行政指導するなど、権力を背景にした横暴もひどくなってきたため、平成5年には行政手続法が制定され、
・行政指導は、行政機関の任務や所掌範囲を逸脱してはならず、行政指導はあくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであること
・行政機関は、相手方が行政指導に従わなかったという理由で不利益な取扱いをしてはならないこと
など、行政指導についての一般的なルールも明文化されました。

 というようなことをつらつら書きましたが、こんなことを思い出したのは、鹿児島県の三反園知事なる人物が先月、鹿児島県薩摩川内(せんだい)市で川内原発を設置・稼働している九州電力の社長に対し、稼働を直ちに停止するよう要請し、九電側がこれを拒否した、というニュースを見たからです。
 三反園知事は熊本地震で原発に対する住民の不安が高まっているとして、「二度と原発事故を起こさないあめにも直ちに定期検査ではない特別な検査をしてほしい」と即時停止を求めたとのこと。
 原子炉等規制法では、自然災害で事故が起こる恐れがあるなどの場合に、原子力規制委員会が運転停止を命じることができると定めていますが、知事に停止の権限はありません。
 三反園知事もそのことは知っており、7月の就任時の記者会見では「権限のあるなしには関係なく、県民の不安に応えるのが知事の責任だ」と述べています。今回の原発稼働停止要請は、まさに「行政指導」であるということができます。

 要請された九電は、法的には当然にこれを拒否することができますし、拒否したことで不利益も受けないことになっています。電力会社は安定供給の義務があります。経営陣が会社の利益をそぐ行為をすれば株主代表訴訟で訴えられる可能性もあります。株主や経営者の側に立てば、拒否は当然とも考えられます。

 しかし、不思議なのは、この九電の拒否に対して、大手マスコミがこぞって罵詈雑言を吐きまくり、書きまくっていることです。不安を感じる住民の気持ちはわしにもわかりますが、だからこそ、行政指導のような曖昧なやり方でなく、原発の稼働には地元の意思を反映するといった趣旨に法律を改正する方向へエネルギーを注ぐことが必要なのです。
 こんな時に手段は選んでおられないと知事は言うかもしれませんが、だから法律を無視して行政が恣意的に決めてよいとはならないはずです。

 これは、わしが原発に賛成だとか反対だとかには関係がありません。

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