2016年9月14日水曜日

おんぶ政務官は単なる「官僚ぐせ」

 内閣府政務官兼復興政務官である務台俊介(むたい・しゅんすけ)なる国会議員が、今月1日、台風10号の豪雨による被災状況を視察するため岩手県岩泉町を訪れた際に、9人が亡くなった高齢者グループホームに向かう途中の国道で冠水していた箇所を、同行者におんぶされて渡ったことが話題となっています。
 長靴を着用していなかったことが理由で、町民からは「災害復興に当たる人の行動とは思えない」「自覚が足りない」などと批判の声が上がり、上司に当たる今村雅弘復興相も事実を認めて陳謝する事態に追い込まれました。(9月13日付け岩手日報より)

 ネットで調べてみると、この務台氏は今年3月、例の「保育園落ちた日本死ね」というブログが大きな社会的波紋を投げかけていた時も、「全部便利にしてしまうと、ますます東京に来て子育てをしようということになる。東京にいると、ある程度コストがかかって不便だというふうにしなければ駄目」という発言をしたアッパレな人物としても有名であり、さらに東大卒の総務官僚(旧自治省)で、総務省消防庁の防災課長や自治財政局の調整課長なども務めた輝かしい経歴を持っていたこともわかります。
 その一方で、わしら庶民は、中央省庁の官僚といった、エリートとはいえ比較的「ライト級」ともいえる部類には、実にみみっちい人物が少なからずいることも経験上よく知るところです。


 こんなことを考えたのは、わしがずっと以前、当時の土木部に勤めていた時のことを思い出したからです。
 その部署は災害復旧の所管課であり、わしは直接の係ではありませんでしたが、台風などで土砂崩れや橋の流出、道路の崩壊などが起こるたびに、被災地での測量を委託し、復旧工事の見積もりを作って建設省に予算要求し、工事を発注する、という仕事に忙殺されていました。
 災害が重なった年など、係全員が不眠不休の徹夜続きで図面や書類を作成していました。なかなか人目に触れることのない地味な仕事ですが、だからこそ使命感に燃えていたようにも思えたものです。

 さて、その彼らにとって非常に重要なのが、建設省の官僚による災害査定というものです。
 県が作成した復旧工事の計画が妥当かどうか、すなわち、工事の内容が適正で、必要な工事費を国が補助金として出せるのかどうかを、実際に被災現場に行って査定するという作業です。
 数人の災害査定官(建設省の官僚)と、(当時の)大蔵省の係官が東京からやって来、それを県の役人や市町村長、役場の職員、さらには被災した地区の自治会長など20~30人ほどが迎えて、切々と窮状を訴えるという内容です。
 ただ、必ずしもセレモニーではなく ~ここが、政治家が来る視察との違いです~ 実際に工法の必要性や妥当性など技術的なやり取りが行われ、莫大にかかる復旧工事費の査定が行われるのです。

 この時、わしらのようなバックヤードの県庁の係員は、査定官が現地視察する時に使う、長靴、安全靴、ヘルメット、軍手、傘、などを人数分準備します。地方公務員の世界には、税とか福祉とか教育とか、さまざまな行政分野に関する「業界誌」があるのですが、災害査定の分野(業界)にも建設省の外郭団体が発行している雑誌だとか新聞だとかがあって、人事異動により新しい査定官が就任すると、彼らの学歴や入省年次、経歴などとともに、頭のサイズと足のサイズが付記してあったことを今でも記憶しています。もちろん、地方が準備するための必要知識として書かれているのです。

 おんぶ政務官も、おそらく総務省消防庁時代に災害現場の視察などが頻繁にあったものの、その時はすべて下僚が長靴を準備していたのだろうと思います。政治家になってもその癖が抜けなかったためのうっかりミスということなのでしょう。

 中央省庁でも、地方自治体でも、あるいは民間の大企業でもきっとそうだと思いますが、こういった「残念な偉い人」の失敗は一般国民・住民・消費者からは非難を浴びますが、組織の中では往々にして「政務官サマに恥をかかせた」という理由で担当の下僚(地方建設局のノンキャリ官僚や、県庁、市町村の職員)が叱責されるのです。
 今村復興相がおんぶ政務官をいったんは注意しながら、「準備をしなかった取り巻きというか、スタッフの対応もまずかった」と述べ、下僚の側にも責任があったという内容の発言をしたのは、その正直な発露と思います。

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