2016年11月1日火曜日

朱印帳ってそうだったのか!

 先日、野暮用で伊勢市の倉田山あたりを通りがかったら、皇學館大学の学祭「倉稜祭」が開かれていたので、空き時間にのぞきに行ってみました。
 まあいかにも「学祭」という雰囲気で、怪しげな飲食の模擬店が並び、チラシ配りの学生がそぞろ歩く来場者にチラシを配り、あるいはチケットを売りつけ、ステージでは今どきの騒々しいライブだかパフォーマンスをやっていて、これはこれで賑わっていて楽しげな空間だったのですが、もちろんわしはそのようなものには関心がありません。
 時間がなかったので一目散に向かったのは、神道に関する資料を収集・展示している日本でも珍しい博物館、佐川記念神道博物館でした。
 キャンパスのはずれ、学祭の喧騒から離れた場所にひっそりと建っていて、何だか近寄りがたく、ここで学祭中に開かれているという「博物館学芸員課程卒業展示」に対して否が応でも期待が高まるのでした。


 大学の博物館は、研究目的のほか、学生の教育も目的としており、この博物館学芸員課程卒業展示は、学芸員の資格取得を目指す学生の博物館実習の成果として、学祭に合わせて披露されているものです。伊勢という土地柄もあるのでしょうが、神道がらみのこういった地味な内容の展示であっても、そこそこ見に来る人はいるようで、わしが行った時も意外に来場者が多くてびっくりしました。(と言っても十数名くらいですが。)

 展示は「おふだ・ふだ―信じるこころ―」というテーマと、「節目の祝い―人生儀礼と家族のこころ―」というテーマで行われており、両方ともなかなか面白かったし、貴重な資料が展示されていて大いに見識が広まったのですが、わし個人的には前者の「おふだ」のほうが興味をひかれたので、ちょっとだけ内容をメモしておきます。

一般的に「おふだ」と言えば、これはすなわち神仏の依代となっている護符やお守りと同義語であるように、目には見えない神仏の霊力を秘めた紙(もしくは紙状のもの)を差します。
 この展示でも、まずはこうした一般的な意味での「おふだ」が紹介され、神宮大麻(もちろん、高樹沙耶サン系とは全く別物の)とか、神社札、神影符、鎮火札、護摩修法木札など、さまざまな神社仏閣のおふだが展示されます。これらは元々は、神社や仏閣でお祓いや祈祷を受けたことを証明するものとして信者に付与されたもので、それが神棚や仏壇への安置用になったり、携帯用になったり、疫病除けや火事除けのように用途でカスタマイズされたり、といった過程を経たものです。

 興味深いのは、この、「信仰」を表していた「おふだ」が、時代が下るにしたがって「信用」をあらわす「証憑」、つまり、紙幣や契約書、誓約書などに変化していったということです。
 この展示によれば、中世(鎌倉時代以降)になると、おふだは祈祷の証から、神仏のしるしが刻まれたものへと性格が変化します。その事例として「朱印帳(帖)」が挙げられるそうです。
 法会などの宗教行事においてはもともと、、参加した証として人々の額に「朱印」を押すことが行われていました。しかしこれでは何かと不便なために、朱印を紙に押した牛王宝印(ごおうほういん)が生まれ、朱印帳も生まれたとのことです。
 今、若い女性の間でも朱印帳はブームですが、これって額に直接法印を押すようにしたらかえってファッションとして喜ばれないでしょうか?(確かに、今でも地域によっては、赤ちゃんのお宮参りの時に朱印を額に書くことが行われています。)

 牛王宝印は中世には起請文や契約書の用紙として広く使用されるようになり、朱印がある紙に文字を書いた以上、この約束は絶対に守らなくてはならず、もし破った場合は熊野の神の罰が下ると信じられていたため、一定の執行力が担保されていました。
 また、この展示によると、こうしたおふだの信用力がさらに高まったものが、江戸時代の初めに流通が始まった山田羽書のような「紙幣」であり、兌換紙幣としての信用システムだったわけです。このへん、この展示はなかなかうまくまとめられていて大変参考になりました。

 このような興味深い展示をしてくださった皇学館大学、ならびに学生の皆さんに感謝いたします。(これは蛇足。もう一つの展示「節目の祝い」も面白そうだったのですが、時間がなくて駆け足でしか見られなかったのが残念でした。)

■皇學館大学  http://www.kogakkan-u.ac.jp/

■佐川記念神道博物館  http://kenkyu.kogakkan-u.ac.jp/museum/ 
 

0 件のコメント: