2016年11月20日日曜日

今つながったアドミュージアムと鬼十則

 さすがは東京と感心することの一つは、博物館とか美術館の多さです。中には無料で見学できるところや、かなり専門的な ~マニアックというべきか~ 分野の博物館なども多く、その意味では東京・汐留にあるアドミュージアム東京などはその代表格かと思います。
 初めて訪れたのはもう10年以上前になると思いますが、かの「電通」の本社ビルにあって、広告業界のナンバーワンにして日本の政界、財界、マスコミ界、はては芸能やスポーツの世界にも絶大な影響力があるという電通が、今まで手がけたテレビコマーシャルの映像や、デパート、クルマ、食品など数多くの大企業のポスター、キャッチコピーなどが収集され、展示されている広告の博物館、広告の殿堂ともいうべき施設です。
 行ったときにわしも気は付いていたのですが、アド(アドバタイズ=広告)ミュージアムという名前とともに「吉田秀雄記念事業財団」という名称も併記されており、企業の博物館によくあるように、電通の創設者なり中興の祖と称されるような辣腕経営者が基金やら資料やらを寄贈して設立されたもので、その人の名前なのだろう、くらいの認識でした。


 しかし、今まさに世間から非難を浴びている電通過労死事件の遠因とも言われる「鬼十則」なる社員向けの心得を発案し、社員に順守を厳命した人物こそがこの吉田秀雄氏であったことに最近気が付きました。
 しかも、吉田秀雄、鬼十則、と検索すると、最近でこそ過労死事件にまつわる切り口で取り上げている記事にヒットしますが、1~2年前の記事には鬼十則を礼賛しているものが少なくなく、吉田が掲げた精神が徐々に失われている日本社会を嘆き、日本の労働者を鼓舞する内容であることにむしろ驚かされます。

 アドミュージアム東京のホームページにも鬼十則が掲げられていますが、この解説文がまたなかなかに興味深いものです。
 これによると吉田は明治36年に福岡県で出生。東京帝国大学を卒業後、日本電報通信社に入社します。戦時下には、当時のマスコミの宿命ではあったのでしょうが広告業界の整理統合などの国策に協力。しかし戦後になるとNHKに対抗する民間放送の創設を推進し、広告料金の逓減料率制の導入や広告関係団体の設立など広告業の秩序確立に邁進します。
 こうした中、昭和26年7月に吉田は自らが実践する仕事に対する心構えを「鬼十則」にまとめ、社員に示したとのこと。つまり、鬼十則は朝鮮戦争による特需で日本経済が急激に回復を始めたころに作られたものなのです。
 わしは何となく、経済成長が誰の目にも明らかになってきた昭和30年代に入ってから作られたもののようなイメージがあったので、昭和30年代後半から40年代にかけて日本を席巻した「モーレツ」とか、蔑称としての「エコノミックアニマル」が流行するはるか以前に、超モーレツともいうべきビジネス版突撃精神を提唱したのは確かにある種の先見性かもしれません。わかりませんけど。

 ただ、いつごろなのかは明確ではありませんが、鬼十則に対する批判も世間では起こってきたようであり、アドミュージアムのホームページによると
・かつてある新聞に、「鬼の間違い」という小文が掲載された。鬼十則の中の「大きな仕事と取り組め、小さな仕事は己を小さくする」を取り上げて、「いまだにバブル期の尾を引きずって、小さいことは後回しにし、切捨て軽くあしらうような仕事ぶり」に繋がっていくのでは、と疑問を呈していた。
・言葉が激烈であるために、そしてその成果が華々しかったが故に、「鬼十則」はいつか神話となった。その神話は時を同じくした高度経済成長とあいまって、単なる功利的ガンバリズムと同一視され、時に誤解され、問題視されてきたとすれば、それは吉田の本旨ではなかった。
・吉田が言いたかったのは、おそらく今の時代に最も求められている「志の高さ」だったのではないか。己に厳しかったからこそ、他人に対しても厳しさを要求した。社員たちは、その生き様を知っていたからこそ、吉田を信頼し、ついて行った。
 という解説がなされ ~バブル云々とあるから「鬼の間違い」とやらの記事は平成に入ってからのものでしょうか~、吉田の実像を伝えるためとして「鬼の贈り物」というコーナーを設けています。(リンクはこちら

 まあ確かに、鬼十則的な精神論というか、食うか食われるか的なビジネスのフレームは、ビジネス論の多くが「戦略」とか「戦術」のように戦争を摸して解説されることを見ても、ビジネスパーソンの心象にはマッチする面があるでしょう。
 難しいのは、その一方で、ダイバーシティとかワークライフバランスの重視も、社会や企業、学校で急速に浸透してきており、現代のように仕事と生活の両立すら難しい時代にあっては、鬼十則はアドミュージアムが言うような「志の高さ」ではなく、逆に「志の低さ」 ~利益至上主義や仕事優先主義、組織の同質主義~ を体現するように見えてしまうことです。
 昭和26年と今ではあまりにも社会環境は変わっているのですから、鬼十則に社会人としての普遍的な価値を苦労して読み取りに行くよりも、いさぎよく放棄して、新たな社内合意を作ったほうがいいように思えるのですが。

 あと、これも今思い出したのですが、わしが高校生の時の政経か公民かの副読本に、電通の消費十則(正確には消費戦略十則というらしい)というスローガンが批判的に取り上げられていました。これもそうだったんだなあという感じです。
 今から見るとなかなか笑える内容ですが、中国とか、東南アジアの国々がまさに今こういった経済ステージなのでしょう。ご関心がある方はググってください。
 

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