2016年11月22日火曜日

まっとうな地方創生のために(その2・完)

(承前) まっとうな地方創生のために(その1)

  前日に引き続き、木下斉氏の新刊「地方創生大全」(東洋経済新報社)を読んでの感想を書きます。

その2 地方創生最大の難関は「組織の壁」である
 本書では、地域おこしや地域経済活性化に向けた取り組みとか事業に必要な、「ネタ探し」と、ヒト、モノ、カネなどについて、章を分けて解説されています。
 その最終章(第5章)が「組織の活かし方」なのですが、木下さんによれば、
・活性化事業を黒字化するための「事業の壁」
・他地域でやっていないことに取り組むための規制緩和といった「制度の壁」
 の2つ以上に、困難なのが「組織の壁」です。
 組織とは個人の集合体なので、極めて属人的であり情緒的であり、個人の生活やプライドと直接的に結びついているため、事業とか制度とは違って打開することが難しいのです。
 地方に限らず、全国どこにでも地域には役所とか企業とは別に、町内会とか自治会、防災組織、PTA、NPO、同業組合などなどさまざまな組織(中間団体)が存在しています。これらは地域と密接にかかわり絡み合っていながら、基本的にそれぞれの存立目的があり、基盤も意思決定過程もバラバラです。

 地域の活性化にはこれらすべての土着組織も活性化することが望ましいのはもちろんですが、木下さんはそういった「既存組織に変化を求める」のは労力と時間の無駄であって、「新たな組織を作る」ことによって組織の壁を突破すべきであると説きます。
 地域活性化のための事業は、往々にして不合理な意思決定が行われ、間違った方向に驀進していく事例が散見されますが、それも地域は一丸とならなくてはいけないといったスローガンによって、合意の形成が過度に重視されることが原因だというのです。

 地元合意を後回しにして(あるいはそもそも無視して)、やる気のある少人数の有志だけでプロジェクトを立ち上げて成功した例として、熊本城東マネジメントや、オガール紫波といった会社組織で、行政の補助金を使わずに事業を始めた事例が紹介されます。これはまた本書をお読みください。

 ただ、わしが「組織の活かし方」の章を読んで思ったのは、行政が地域活性化を支援するときの、ある種の仮定についてです。
 それは、地域の住民はみな活性化を望んでおり、補助金や行政主導のプロジェクトがしかけられれば、それが「活性化の起爆剤」(しかし、行政やマスコミは本当にこのコトバが好きです)となって、燎原の火のように取り組みが広まり、活性化が成就する、という仮定です。

 しかしこれは虚構、フィクションと言っていいでしょう。
 わしの周りを見ても、地域活性化のために ~もちろん、ビジネスで成功したいとか生きがいを得たいという動機でも構いませんが~ リスクを取って事業を始めようとか、何かの発起人になろうとか、リーダーになろう、などと考え、かつ実行する人などほとんどいません。そんな人はもうとっくに勝手に動いているので、今更何かの仕掛けに乗ってくる必要などないのです。

 むしろ、自分で事業のネタを見つけることができない行政が、こうした実行者の後追いをして、補助金を追いゼニっぽく付けたり、さも昔から行政は支援していました、やっぱり君はやると思っていたよ、なんて顔をしてしゃしゃり出てくる事例も枚挙にいとまがないのですが、それはさておき。

 こうした、地域活性化における「担い手」「プレーヤー」の圧倒的な不足は、わしが地域おこしにかかわっていた10年前からもう相当に顕在化していました。地域おこし活動そのものは、竹下内閣の「ふるさと創生」とか、平松大分県知事の提唱になる「一村一品運動」などが全国に広まった20年位前から各地で着手されていましたが、そのころに担い手だった中年~壮年者たちが、10年前に「自分たちの仲間がなかなか地域で広がらない。特に若い人が入ってきてくれない。」とよく嘆いていました。
 そうした第一世代は今や老境にさしかかり、10年前に仲間になった少数派の青年たちは中年~壮年者に年を取りました。そして彼らもまた、同じように広がりの不足や若者の不足に悩まされています。組織、というよりコミュニティなのかもしれませんが、そういった「人の集まり」が常にアクティブで、壁を越えて仲間もどんどん入ってくるという状態は稀有なことなのです。

 この事態は本当に深刻であって、わしが東紀州観光まちづくり公社に在職していた時に、大学生による長期実践型インターンシップを導入したのも、三重県東紀州地域にはもう本当に、地域振興に関心があって、かつ、都会など地域外のマーケットに通用するような商品やサービスを開発したり、販売したりできるスキルを持つ若者がいなかったからです。

 そういう「うがった」視点で見ると、著者の木下さんほどの第一人者でも、地域活性化の成功例を作り出すことが極めて難しいものであることがわかります。
 よしんば、自立型にせよ、行政依存型にせよ、一定のスタートアップに成功したとしても、その組織に優れた人材を呼び込み、若い世代にバトンパスしていけるようにすることは至難の業でしょう。本書にも触れられていますが、国の各省庁が作る「成功事例集」に取り上げられたような事業が立ち行かなくなるのは、わしが知る限り、多くが中心人物が抜けてしまい、かといって後継者もおらず、組織がガタガタになってしまったことによるものです。

 ここが、土着組織に頼らない、有志先行型の組織の弱点のような気がします。かといって、行政主導でどんどん事業者を生み出し続けても、失敗が許されず、かといって競争も許されない今の「地方創生」の現場を考えると、ゾンビを生き残し続けることかもしれません。優勝劣敗、淘汰が起こらないからです。
 ここがわしが考える「組織の壁」、一般的な日本の地域社会の最も難しいところではないかと思います。 

3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

 書物で読んだだけですが、アメリカのモンタナ州では農業に将来性がないため
若者が都市部に出て行ってしまうそうです。そして、風景が素晴らしいので都市
部の富裕層が別荘を建てているのですが地元民とは関わろうとしないそうです。
地元民としては、都市部の人間に良い感情は抱いていないし、長年大切にしてき
た農地を別荘に変えられるのも嫌なんですが、老後資金のために農場を売ってい
るそうです。日本なら余所者を追い出しつつ行政に助けを求めますかね?
商売として成り立たないと長続きしないし、何かを手に入れるには手放さなけれ
ばならないものはあると思うのですが、東紀州の住人の大半は、地元住民がまず
主役、私らは助けてもらって当然と思っているように見えるんですよね。地元紙
のコラムなどがそういう論調で、それが売れているのでそうだと思います。
まあ、それに付け込んで政治家や行政が効果の怪しい振興策をしている面もあり
ますが。

匿名 さんのコメント...

私の個人的な意見ですが三重県南部においていきなり新組織を立ち上げ地域の特色を~なんてのは手遅れだと思いますね。現在県外の大学で学んだ学生のU・Iターンの希望先になるような企業はあるのでしょうか。地域活性化以前に若者の減少に歯止めをかけるためにも雇用に重点をおいたほうがいいと思います。

半鷲(はんわし) さんのコメント...

 ありがとうございます。
・最初のコメントの方
 重要な指摘だと思います。助けてもらって当然という認識は東紀州に限らず、いわゆる「田舎」には全国的に共通しますし、農林水産業の従事者にも共通しています。しかし、国政選挙で地方が少数意見となる時点で、ほとんどの地方創生策は切り捨てられるはずです。その時、その地方には何が残っているのかが問題ですね。切り捨てられても生き残れる武器やたくわえがあるかどうかです。
・2番目のコメントの方
 いきなり新組織を立ち上げ、手遅れなことをしようとしているのが今はやりのDMOではないでしょうかW。それはさておき、雇用に関しては2つあります。1つは、U・Iターン者が希望するような企業は三重県南部にもなくはありません。やはりミスマッチの問題(企業情報の非対称)が大きいので改善の余地はあると思います。もう一つは、実は南部にも人手不足の業界はいっぱいあります。遠洋漁業、水産加工、建設などがそうで、これらは外国人研修生に依存しています。このあたりも生産性向上など雇用確保のための改善の余地はあると思います。