2016年12月9日金曜日

なぜ法律家は沈黙しているのか

 記憶がもう定かではないのですが、A・トフラーの「富の未来」に、この世の中で進歩が最も遅いものは何か、みたいな問いかけがありました。
 進歩が一番早いのは言うまでもなく科学技術であり、次いでベンチャービジネスとか、現代芸術とか、金融工学などが続き、一般の人々の意識とて進歩(変化というべきか)は決して早くはないのですが、それらよりも政治システムとか教育システムはさらに遅く、最も遅れてしまうのは司法である、みたいな内容だったと思います。(違ったらごめん。)
  これはたいへん当を得ていると思います。
 ポケモンGOをしながらの自動車運転で起こった死亡事故が各地で波紋を呼んでいます。事故を起こした愚かな犯人は厳罰に処されるべきとしても、不思議なのはこれほど重大な事故が頻発しているのに ~こうした「ながら操作」は現在のセンシング技術でもって十分に防止できるはずです~ これを放置しているゲーム提供者(ナイアンテック)がまったく法的な責任を問われないことであり、この点について、法学者や弁護士からもほとんど問題提起がなく、世間の関心も高くないのもたいへん奇妙な現象といえないでしょうか。


 わかりやすくいえば、このゲームは欠陥商品です。これを製造し、提供した会社に法的責任が問われないのはなぜなのでしょうか。
 その理由の一つが、現行の製造物責任法(PL法)が持つ問題です。いわゆる欠陥製品、つまり、通常有しているべき安全性を欠いた製品を製造したり、輸入や販売をした者に対しては、それによって生じた損害を無過失責任で問う法律がPL法ですが、現行の規定ではゲームのようなソフトウエアは規制対象にしていないとされているのです。

  条文を見ると確かに、PL法の対象となるのは「製造または加工された動産」に限るとされています。製造物とは要するに形のある「モノ」のことを指し、形がないソフトウエアには製造物責任が問えないのです。
  PL法の立法時の政府見解は、「ソフトウェア単体は動産ではないので製造物責任の対象とならない。ただし組み込みソフトなど機械に組み込まれた場合には動産であるから対象になる。」とされていたそうです。
 しかし、留意すべきなのは、PL法ができたのが今から20年近くも前、まだパーソナルコンピュータやインターネットは普及の途上であり、ましてやスマートフォンなど影も形もなかった平成6年(1994年)であったことです。ソフトウエアを対象外とする解釈も、この時代背景を考慮する必要があります。
 ソフトが入ったメディア(フロッピーディスクやハードディスク)とかソフトが組み込まれた機械類はモノなので法規制の対象となるが、ソフトそのものは規制できないというのは、コンピュータ化、ネット化が不可逆的に進み、一人一人がスマホやケータイといったデバイスを持ち、広く流通している中から好きなソフト(アプリ)を選んでダウンロードしあらゆる生活シーンで自由に活用ができる今、まったく実態に合っていないというべきです。

 根本的な解決はPL法を改正することです。ソフトウエアも規制対象とすると明示する必要があります。しかしそのためには、ソフト開発の上で避けて通れない技術的限界としての「バグ」をどう扱うのか、製造物責任を負うのは開発者か、販売者か。デバイスの製造業者はどうかかわるのか、通信事業者はどうなるのか、といった点も議論しなくてはいけません。トフラーが言う、政治や法律の世界の進歩のスピードの遅さが誠に心配される局面ではあります。

 ただし、PL法の対象をソフトウエアに拡張したとしても、冒頭のポケモンGOによる死亡事故で、ナイアンテックから被害者家族が損害賠償を受けられるわけではありません。運転しながらのゲームは、そもそも提供者が想像する通常の利用方法を超えた、利用者による異常な行為であると抗弁することもできるし、欠陥ゲームの提供が交通死亡事故とどう因果関係があるのかの立証も難しいからです。ポケモンGOの場合は最初のダウンロードだか利用の際に利用者に免責事項に同意させているので、それで免責されているという理屈も成り立つでしょう。
 しかし、ゲーム開発者に一定のプレッシャーにはなるはずです。
 繰り返しますが、これだけコンピュータが生活の隅々に入り込んでいるのです。人々の平穏で安全な生活を守るためにも、ポケモンGOの不幸な事件を、せめて製造物責任の適正な転嫁への足がかりにするべきだと思います。

(以下のリンク先を参照しました)
■デジタル・フォレンジック研究会  「ソフトウェアと製造物責任法(PL法)の関係」

岡村久道氏 製造物責任法(PL法)入門 

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