2017年3月1日水曜日

新しい日本

 戦後(太平洋戦争後)の奇跡的な高い経済成長を遂げた日本が後世から評価されたとき、成長の原動力の一つがイノベーション(創新、革新)であって、自動車やテレビ、カメラなどと並んで、ヤマト運輸の「宅急便」が戦後日本を代表するイノベーションであったと評されるのは間違いないでしょう。
 しかし、そんな宅急便のビジネスモデルが曲がり角に来ている、もっと言えば、持続不可能になりつつある、ことがここ数日で明らかになってきました。
 ヤマト運輸が人手不足や長時間勤務が常態化している宅急便の現場改善のため、現行のサービス内容を抜本的に見直し、お昼の時間帯指定配達の取りやめや、集配業務の終了時間の繰り上げなどで労働環境の改善を図る見通しになったことが報じられたのです。


 インターネット通販の普及などのために、宅急便を含めた宅配便の取扱数はここ数年で急増しています。平成28年度の配達量は27年度と比べて8%も増え、約18億7000万個と過去最高になっています。
 この一方で、最近は雇用環境が大きく改善してきたこともあって、運送会社は長距離トラックドライバーや宅配ドライバー、荷物の仕分けなどの人員確保が極度に困難になっています。
 ドライバーは長時間労働が慢性化していることから、ヤマト運輸の労働組合が、宅配便の引き受けを抑えてこれ以上取り扱い量を増やさないよう会社側に要求するとともに、終業から次の仕事まで最低10時間の勤務インターバルを導入することも求めていました。
 ヤマト運輸側もこれに対して「労働者の働き方を見直す」と回答。上記のようなサービスの見直しを行う方針が固まったものです。

 わしも子供の頃に覚えがありますが、遠方の親戚から塩ジャケだのミカンだのを送ってもらったとき、まずハガキで「駅に今日託したからそちらの駅には来週くらいに着くと思う」という連絡が来て、そのころあいに駅に行って駅員さんに聞き、ああ、来てますよ、と荒縄で縛られた木の大きなミカン箱を渡され、それを自転車に積んで帰る、みたいな配送方法が普通でした。悪名高い「国鉄」が扱う貨物だったので、着いた頃には中身が痛んでいたり、箱が壊れていることも珍しくありませんでした。
 それをドアツードアの配達、集荷もしてくれ、いつの何時ごろ着くかも教えてくれる、そんな宅急便のサービスが始まったのですから、宅急便はこれはもう、生活革命でした。

 しかし、我ながら陳腐な分析ではありますが、これも、人口が増加し、荷物も増加し、それを豊富で低廉、質の高い労働力でオペレーションする、という「右肩上がり」の社会を前提としたサービスだったのでしょう。というか、宅急便に限らず、日本国内のほとんどすべてのビジネスモデルは、人口の拡大、市場の拡大という前提が根本にいまだにあるのです。
 集荷や伝票作成、荷物の分別などにIT投資はされており、大変に高効率化しているものの、肝心な配達の部分は人力で対応せざるを得ないので、ビジネスの拡大はいつか壁に突き当たってしまうのです。
 このことは関係者の間ではつとに指摘されてきたことだし、当のヤマト運輸ももちろんよくわかっており、とっくに対策は取っていたはずなのに、現実がそれをはるかに超えるスピードだったということなのでしょう。

 日本は平成20年ごろから総人口の減少が始まっています。その中でも高齢化は進行するので、労働人口はさらに早く減少していきます。
 対人サービスのようにどうしても人の関わりがなくせない労働集約的な業態では、数年前から人手不足は深刻で、昨年末からファミレス業界が続々と営業時間の短縮を進めました。宅配業界がこれに続くとなれば、ごく合理的に考えて次はコンビニのような小売業にもこの動きは広がっていくでしょう。
 人手不足を根本解決するのは、
①労働人口を増やす(移民を受け入れる)か、
②設備投資により生産性を上げるか、
③一時的にせよ消費者の利便性を抑えるか、しかありません。
 日本では①は短期的にはほぼ不可能です。②は有望ですが莫大な資金が必要で、大手以外は対応困難です。選別が進むでしょう。問題は③で、労働者も消費者と同じ「生活者」であることに思いをいたせば、緊急避難的には消費者が多少我慢するということも必要でしょうし、それが社会が成熟化するということなのではないかと思います。
 人口が減少フェーズにおいて日本は世界の先頭を走ります。この姿こそが「新しい日本」なのだと再認識すべきなのでしょう。

■はんわしの評論家気取り イノベーションは物流ビジネスで起こる(2016年9月12日)

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