2017年4月19日水曜日

経済成長という夢

【読感】子育て支援と経済成長 柴田悠著(朝日新書)

 ある人から面白いと薦められて読んだのですが、率直に言ってわしには本書のオビに書いてある通り「若手社会学者」が書いた、いかにもな内容(問題提起)に思えました。論点の整理には大変役立つ良書ですが、内容はストンと得心できかねました。
 論旨は非常に明快です。わしなりに、ごく乱暴に要約すると、
1)「保育園落ちた日本死ね」のブログが社会問題になったように、保育待機児童に代表される我が国の子育て環境の劣悪さは世界的にも深刻である。
2)日本が直面する大きな課題は、人口の減少なかんずく労働年齢人口の減少である。一方で子育て支援にせよ、社会問題を解決するためには政府の政策と、それを裏打ちする財源が必要で、それは経済を成長させ経済のパイを大きくすることで実現するほかない。
3)経済成長は、労働投入(労働人口)や労働生産性と高い相関があり、労働人口はに減少がトレンドなので、労働生産性を高めることが一層重要になる。

4)著者の用いた統計手法によれば、労働生産性は女性の労働力比率が高まるほど、また、労働時間が短くなるほど高くなることが明らかとなっている。
5)したがって、高齢者の介護対策に過度に偏っている日本の福祉支出を大胆に子育て支援に振り向け、待機児童を減らして女性の就業を促進し、労働時間を減らして両親で育児を行えば、結果的に経済成長が達成され、政府の財政赤字の悪化食い止めにも貢献する。
 というような内容となるでしょう。

 潜在者も含めれば80万人にもなるという待機児童を解消するため保育サービスに1.4兆円の予算を投入すれば、数年以内の労働生産性の成長率は0.5%となり、経済成長率は0.6%上昇。これにより子供の貧困も2%減る可能性があると柴田さんは言います。
 これを導き出すための現状の分析と、問題点の洗い出し、必要な施策と、それにより予想される効果がわかりやすく、順序立てて説明されており、わしのようにマスコミ報道で上っ面しか知らない人間には新しい発見もあっていろいろ勉強になります。

 しかし、昭和53年生まれだという若い著者は、本書に通底する論調である
「日本社会は福祉を経済的、社会的な『お荷物』と認識しているがそうではない。福祉政策こそ新たな成長戦略である。」
といったような議論が過去にもいくつもあったことを、ひょっとして生身の実感として御存じないのではないか、と疑う気持ちも止められないのが正直なところです。

 わしのこのデジャブーは介護保険制度の導入です。
 平成12年度から始まった介護保険は、これから激増する高齢者の介護ニーズを、近親者だけでなく社会全体で支える目的で導入されました。しかし、国の財政に長期的に負荷がかかり、介護や医療の体制や内容に大きな変革が迫られるものであったことから、導入前の数年間は、国論を二分する激論が戦わされていました。
 数十年後には保険財政が破たんするという見方はその当時からありましたし、家族から介護を取り上げるのは我が国の伝統たる醇風美俗に反するという声もありました。現実には家族の介護疲れや専門知識の不足、莫大な費用負担により「介護地獄」と呼ばれるほどに事態が全国で深刻化しており、結局、介護保険導入が決まったわけですが、推進論の大きな根拠の一つは、介護サービスはこれから成長産業になる、というものだったのです。こうした報道や学者の論評は、わしと同じくらいの年齢の人ならよく記憶されていると思います。

 ところが結局のところ、介護サービスは成長産業とまでは言えないのが現状です。介護保険の支給水準は保険財政の収支に並行せざるを得ないため、長期的には水準の切り下げ、単価の引き下げが続いており、そのために介護サービス従事者も低賃金に甘んじ、結果として業界全体が人材不足となり、さらにサービスの質が下がる。介護が必要な高齢者は今後ますます加速度的に増えるので、施設もまったく追いつかない。これが現実です。
 もちろん、子育てと高齢者介護は別の話なので、これもそうなるとは言いません。しかし疑わしい気持ちは残ります。

 柴田さんが良心的なのは、言いっぱなしではなく、自分の提唱する政策に必要な財源をどう確保するかという提言も行っていることです。消費税の増税、相続税の課税対象の引き下げ、配偶者控除の見直し、などなど。いずれも非常に困難で、政治家のリーダーシップと突破力に期待するしかありませんが、すでに子育てを終えている世代には、若い世代は子育てが政府に支援されることへの不公平感、不平等感も抜きがたくあるでしょう。
 そもそも破たん寸前の今の政府と自治体の財政は、本来なら自分たちが享受するサービスの費用を、自分が負担する税金でなく、将来世代につけまわしていることが問題です。子育て支援の充実も財源を当面は借金(国債)に頼らざるを得ないので、判断能力がない幼い子供が成長して将来稼ぐであろう所得を親が「前借り」することで実施するような政策が、本当に社会正義にかなうのかもよくわからないところです。

 しかしまあ、このように色々な要素や利害関係が絡まりあってニッチもサッチも進まなくなっている子育て問題を、「経済成長」という切り口で問題提起したこと自体は大変に勇気があることだとは思います。 

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