2017年5月2日火曜日

地方「自治」という地方創生

 四国地方のある村で、村議会を廃止して地方自治法上に基づく町村総会を創設する検討を始めることが報じられました。議会は村の予算・決算をはじめとした村民にとって重要な事がらを議論し、意思決定する場ですが、人口がわずか400人あまりだというこの村は、かつての中心地がダム建設で水没してしまい、あとは山間地に小集落が散在するのみだそうで、人口減少と高齢化が進み、村会議員のなり手もいないためとのことです。
 この事例は極端ですが、全国の多くの地方、特に中山間地域や半島、離島などの自治体では市町村長や議員のなり手(立候補者)が激減しています。地場産業の低迷だけではなく、地方「自治」の仕組みそのものが成り立ちにくくなっている現実があります。
 つい先日も三重県内のある市で現職の引退に伴う市長選挙がありました。しかし立候補したのは元県会議員一人だけで、無投票当選。その後継の県議の補欠選挙もまた無投票でした。
 市民からは新市長への強い期待の一方で、無投票選挙は地域活力低下の象徴と嘆く向きも多かったそうです。


 このブログでもたびたび取り上げている地方創生ですが、マスコミ報道などでも地方創生とは減少している人口を下げ止まらせ ~あるいは人口を増加!させ~、地域に企業誘致したり特産品を開発して雇用を増やし、という「人口増」と「雇用増」の2つにだけ市関心が集まっています。
 これはもちろんもっともなのですが、その傍らで、住民による自治の仕組みは制度疲労し、自治の財源も国への依存度がますます強まって硬直化しており、町とか村とかいった住民同士の顔が見えるコミュニティが重層して成り立っているイメージが強い基礎的自治体においても、町政や村政に対する関心は低下の一途をたどり、近いうちに完全に崩壊してしまうおそえさえあるというのがわしの見立てです。

 では、どうしたらいいのか。
 こうした話、つまり、担い手がいなくて困っている、というたぐいの話をすると必ず「だったらお前がやれ」という反論が出ます。地方議員の成り手が少ないという事実を指摘すると、そう言うならあんたが立候補したらええやないか、という方向に話が流れていくのです。
 しかし、担い手の中心世代の住民は、どんな田舎でももはや大多数は普通のサラリーマンです。組織で働く一員である以上、それをなげうって出馬するなどリスクが高すぎて合理的な思考から導かれる選択肢にはなりません。また、地方議員は仕事がラクなわりに高額の議員報酬をもらっている、という批判も必ずついてまわり、財政が厳しい条件不利地の自治体は極限まで報酬を削減しているので、サラリーマンから議員に転職すると収入がガクンと減ってしまうことも大きな問題です。

 このためには、迂遠ですが、人口増加や雇用確保に加えて、市政、町政、村政の活性化も地方創生の大きなテーマに位置付け、住民が自分たちの自治体に関心を持ち、より民意が反映される政治の仕組みとか、より効率的で無駄や不合理のない役所・役場の運営とかも地域で考え、取り組んでいくべき課題として明確に共有することではないかと思います。

 人口の減少には歯止めがかからず、経済成長は低迷し、政府の財政赤字は積み重なる。ここ数年、関係者は精一杯「地方創生」に努力してきましたが、このトレンドは変わる気配がありません。だとしたら、今、財源が国から地方にばら撒かれて、いろいろ打たれている地方創生策が、ことごとく「ツモってしまったら」、すべて「アガりになってしまったら」、地方の住民はいったいどうして生活を続けていったらいいのかを今から考えておくべきです。

 この土台はしっかりした「地方自治」です。つまり、住民の発意や総意が自治体の運営に反映され、自治体と共に住民も自ら行動することによってしか成り立たないのです。
 まずは小さな一歩でもいい。地方議会は夜間開催や土日開催して、一人でも多くの住民が傍聴したり、中継を見たりするような取り組みを始めなくてはいけないのではないでしょうか。

■はんわしの評論家気取り なぜ地方議員はあんなふうなのか(2016年4月4日)
  

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