2017年8月7日月曜日

奈良西大寺展に行ってみた

仏都伊勢を往く 番外編

 あべのハルカス美術館で開催されている 奈良西大寺展 叡尊と一門の名宝 に行ってきました。
 西大寺は奈良時代の8世紀半ば、孝謙天皇(後に称徳天皇としても2回天皇に即位した女性)の発願によって建立された古刹で、大仏や正倉院で有名な東大寺とは一対を成す存在です。最盛期には48ヘクタール(!)もの境内を持ち、東・西二つの五重塔をはじめ百棟以上もの堂宇が甍を並べていたそうです。しかし平安遷都以降は、有力な庇護者のいなかった西大寺は次第に衰退するようになり、堂宇の多くも火災や災害で失われてしまいました。
 そのような中、鎌倉時代の13世紀中期に住持となった叡尊(えいぞん)が、「興法利生」を掲げて西大寺復興に乗り出します。新たに律宗と密教を合体した真言律宗を提唱し、腐敗が横行していた仏教界にあって戒律の重視、さらに当時は極めて異例だったハンセン氏病患者への救貧事業も実践し、心ある多くの信者や弟子を獲得。西大寺を真言律宗の根本道場に再生したのでした。


 しかし、わしが最も関心を持っていたのは、この偉大な仏教者である叡尊は伊勢神宮ともゆかりが深く、蒙古退散の祈願のために伊勢神宮を訪れているだけでなく、伊勢で真言律宗による法楽(神前での読経などの仏事)を行うために弘正寺というお寺を内宮近くに建立し、大いに寺勢を誇ったという、まさに仏都・伊勢を体現する人物であったことです。

■はんわしの評論家気取り
  仏都・伊勢を往く(弘正寺編)上  (2017年4月22日

  仏都・伊勢を往く(弘正寺編)下  (2017年4月23日

 伊勢市内には叡尊の墓ではないかと推測されている、高さ3m以上もある鎌倉時代の巨大な五輪塔(大五輪(おおごり)の五輪塔)が現存しています。
 同じ様式で造立された五輪塔は叡尊教団にゆかりがある各地にあって、西大寺の奥之院(体性院)で祀られている叡尊の墓の五輪塔と、伊勢の大五輪の五輪塔は大変良く似ているのをわしもこの目で確かめています。

■はんわしの評論家気取り
  五輪塔を比較してみる その1(マニアック) (2017年2月4日)

  五輪塔を比較してみる その2(マニアック) (2017年2月5日)

 話は横道にそれましたが、さてこの奈良西大寺展。率直に言って非常に楽しい展示でした。やはり興福寺や東大寺に比べてマイナー感が否めない西大寺に、これほど多くの素晴らしい仏像や宝物があることは初めて知りました。今は失われた五重塔に安置されていたという「塔本四仏坐像」の堂々たる仏像は素晴らしかったです。
 また、同じ真言律宗のお寺である百毫寺や浄瑠璃寺の寺宝も展示されていて、お得感がありました。特に会場の人気を集めていたのは浄瑠璃寺の「吉祥天立像」で、ガラスケースの前には人だかりができていました。

 ただ、残念ながら叡尊の数々の偉業の紹介の中で、石清水八幡宮への蒙古退散の祈祷は紹介されていましたが、伊勢神宮の参籠は記述がありませんでした。日本の宗教史の中で非常に重要な伊勢神宮における神仏習合と、西大寺、叡尊教団との関係に言及されていないのがかえすがえす残念でした。

 展示物の中には叡尊の木像もありました。死後、後伏見天皇から「興正菩薩」の号を賜った叡尊はその後神聖視が進み、崇拝の対象として多くの木像が作られました。
 今回の目玉は昨年新たに国宝に指定された西大寺蔵の「興正菩薩坐像」です。90歳という長寿だった叡尊の晩年の姿ということで、垂れ下がった長い眉毛を持ち温厚な表情でしたが、よく見ると芯の強さというか信念の固さというかが良く表現された、「只者ではない感」が漂ってくる坐像です。
 
 いずれにせよ、仏教や叡尊に興味がある方だけでなく、伊勢神宮はじめ神道に関心がある方にも強くお薦めしたい展示会でした。

■創建1250年記念 奈良西大寺展 叡尊と一門の名宝 公式ウェブサイト

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

展示品の中に水晶製仏舎利容器があり、解説に伊勢との関連がうかがえるのような記載がありました。

半鷲(はんわし) さんのコメント...

ありがとうございます。仏教(真言律宗)と伊勢神宮の関係に関心を持っていらっしゃる方からコメントいただくのは大変うれしく思います。
 ご指摘ただいた展示物についてはわしも気が付いておりました。正式には「金堂火焔宝珠形舎利容器」と呼ぶようですね。伊勢の大五輪の五輪塔も解体修理した時に仏舎利容器が出土したようなので、何か関連があるかもですね。