2015年4月20日月曜日

四日市公害と環境未来館に行ってみた

 平成27年3月に開館した、四日市公害と環境未来館へ行ってみました。


 四日市市民をはじめ関係者にとっては、あまりに深刻な健康被害と地域コミュニティの分断を招いた出来事として忘れ去りたい向きもあるでしょう。
 しかし、残念ながらいまだに「四日市」は大気汚染公害の代名詞です。
 平成25年の2月、事態が非常に深刻であるとして世界的な注目を浴びた中国・北京の大気汚染(いわゆるPM2.5)のひどさを示す例えとして、日本大使館が「北京市の大気汚染は1960年代から70年代の三重県四日市市に近い状況」と説明して、在留邦人に対し空気清浄器や外出時のマスク着用を呼びかけた報道も記憶に新しいところです。

 このような負の遺産とも言える四日市公害に正面から向かい合い、当時の貴重な資料の収集や、いかに公害を克服したかを展示して、教訓を後世に伝えることを決断した、四日市市当局や関係者の皆様には敬意を表したいと思います。
 四日市公害と環境未来館は近鉄四日市駅近くにあって、四日市市立博物館も併設されており、わかりやすい展示がされているので、ぜひ多くの方がご覧になるようお勧めします。

2015年4月18日土曜日

イオンモール桑名に行ってみた

 4月17日にリニューアルオープンした、イオンモール桑名に行ってきました。

 ここの前身は平成7年に開業した「マイカル桑名」です。総合スーパーと専門店街、さらにシネマコンプレックスもある超大型複合商業施設であり、当時としては日本最大の売り場面積を有していました。

 その後、マイカルの経営不振に伴ってイオンの傘下に入り、4年前からはイオン桑名ショッピングセンターと名称変更していましたが、今回は大がかりなテナント変更や店舗改装もあり、RE→BORN(リボーン)、つまり新しく生まれ変わったと銘打っています。

 20年前の開店当時とは、ここを取り巻く商業環境は大きく変わっています。桑名市内や近隣都市にも大型ショッピングモールがいくつも生まれました。消費者の購買行動も変化しており、いわゆる総合スーパー(GMS)は魅力が低下しているとも言われています。
 イオンモール桑名は、いったいどのように生まれ変わったのでしょうか?

2015年4月17日金曜日

意外におカネはかけない

  大垣共立銀行のシンクタンクである共立総合研究所(共立総研)が、「主婦の消費行動に関するアンケート(「健康」について)」の結果を公表しました。
 昨年11月に同行を来訪した主婦798名を対象にアンケート調査し、有効回答率は97.2%。この調査でいう「主婦」とは、既婚の女性で、子どもの有無や就業形態は問いません。

 近年、健康志向が高まる一方、政府や健康保険組合もメタボ対策、生活習慣病予防などに取り組み、多くの人が食事や普段の生活で健康を意識することが増えてきました。このような中、主婦は健康に関してどのような消費行動をしているのかについて調査したものです。

 結果の要約としては、「健康維持への関心は高いものの、その取組についてはきるだけお金をかけずに済まそうとする主婦の消費行動がうかがえた。」というもので、これは家計収入があまり増えない一方で、消費税増税や円安による輸入価格の上昇など物価上昇もあり、家計支出は増加していることが一因と考えられます。

2015年4月16日木曜日

大塚家具の騒動はどう見るべきだったのか

 日経の「私の履歴書」の似鳥昭雄氏があまりに面白いので、やや皆の記憶から薄れつつある大塚家具ですが、一連の「父娘の対立」が話題を呼んだことで、わしみたいに近鉄電車の広告でiDC大塚家具という名前は知っていたものの行ったことはなかったタイプの人間が、実際に一度足を運んで見ようかという気になり ~完全な興味本位ではあったものの~、行ってみると何だか高級そうなお店で、家具には値段が明示されておらず、目を凝らしていると店員さんがどこかからやってきてセールストークを始める、みたいな、要はやっぱりちょっと自分が買えるような店じゃないのかも・・・と自覚させてくれるような体験をされた方は多かったのではないでしょうか。

 元社長で創業者の父親は、自分が築き上げた「高級路線」「丁寧な接客」を突き詰めようとし、立派な学歴を持つ愛娘は、それを時代に合わぬものとして否定しにかかる。このわかりやすい対立について、実にさまざまな立場から、多くの批評、論評がなされました。
 しかし、今月の「商業界」で、サトーカメラの佐藤勝人専務が書いていたコラム ニッポン勝人塾「大塚家具の親娘ゲンカから学ぶこと」が、実に的を射た内容だったので紹介してみたいと思います。(ただし、今その号が手元にないので、わしの記憶に不確かな部分があるかもしれません。あらかじめ謝っときます。)

2015年4月15日水曜日

【読感】 京都<千年の都>の歴史

 日本は2000年以上にもわたる長い歴史を持つ国です。しかし最近の「高齢化」とか「人口減少」は、わが祖国の歴史始まって以来の初めての事象だと言われています。なので、われわれ現代人は過去をお手本にすることはできないのだと。

 しかしこの本、京都<千年の都>の歴史 高橋昌明著(岩波新書)を読むと、当たり前といえば当たり前ですが、794年(延暦13年)の遷都から今に至る間に、京都は時代によって大きく変遷し、さまざまな困難に直面しながらも、常にそれを乗り越えてきたことがわかります。

 政治のあり方も、平安時代初期の天皇親政から、摂関政治へ、さらに院政へと変化し、平清盛の登場により武士が権力中枢を占めるようになります。
 武家政治はそれから数百年間、江戸時代まで続くことになりますが、時の武家政権(幕府)と京都(天皇)との距離感や序列関係は微妙に変化しており、織豊政権期とか徳川政権末期(幕末)などのように、日本の社会システムが大きく変革する時には、京都は必ず歴史の表舞台に出てきます。

 停滞と復興を繰り返す京都の歴史は、わしたちにとっても大変参考になるべきものと思います。

2015年4月14日火曜日

【読感】沖縄の不都合な真実

 わしは,、実は沖縄に行ったことが一度もありません。なので、今話題の普天間基地だの、辺野古だのといった場所もテレビで見たことしかありません。
 しかし、そのテレビで何年か前に見た番組は強く印象に残っています。

 アメリカ軍が普天間飛行場を建設したのは、住民にも多くの犠牲者を出した沖縄戦が終結したばかりの昭和20年でした。
 このころ飛行場の周辺は、もちろん多くの人家もあったものの、大部分はサトウキビ畑などの農地でした。基地周辺に人家が密集し出したのは、戦後になってからのことです。

 基地騒音に子供たちが悩まされている絵がよく放映される宜野湾市立普天間第二小学校も、建設されたのは何と昭和44年になってから。基地きわきわの場所にわざわざ小学校を建てたのには、もちろん何か事情があったのでしょうが、しかしそれにしても、よく報道されるように「沖縄県民全体が米軍基地に反対しており、県民全員が一刻も早く基地などなくなってしまえばよいと考えている」とばかりも思っていないのではないかという小さな疑問というか、わだかまりを感じたのでした。
 そして、最近になってますます混迷してきた辺野古基地建設問題を報道で見つつ、この本、沖縄の不都合な真実 大久保潤 篠原章著(新潮新書)を読むと、いっそう一連の沖縄の基地問題の複雑さを強く再認識せざるを得ないのです。
 

2015年4月13日月曜日

外宮奉納市に「伊勢おやき」が!

 4月11日・12日の両日、伊勢神宮・外宮(げくう)の北御門広場で、恒例の外宮奉納市が開催されていました。
 外宮奉納市とは、外宮(豊受大神宮)の祭神が食と産業を司る豊受大神であり、古来より外宮は農林漁業者や商工業者の篤い崇敬を集めてきたことから、全国の志ある生産者による食品・農水産品等を外宮へ奉納して「正直なものづくり」を誓うとともに、これらの産品を展示販売するイベントのことであり、平成23年ごろから定期的に開催されているものです。


 伊勢の桜もそろそろ終わりになってきたこの日、わしも散歩がてら外宮奉納市に立ち寄ってみました。
 ひときわ人だかりの多いブースがあったのでそばへ行って見ると、ユニバーサル就労の店 伊勢おやき本舗 が「伊勢おやき」を販売していたのでした。