2009年11月30日月曜日

ちょぴりエコ生活

 今日は11月30日。今年も押し迫ってきたという感慨よりも、30日はジャスコお客様感謝デーだということのほうが気になっていたはんわしでした。
 5%オフの日に、前々から、もう1年以上も前からチャンスがあれば購入しようと思っていた、トップバリュの充電式電池セットを思い切って購入することにしていたからです。

 はんわしが尾鷲時代、LOHASビジネスの提唱者である大和田順子先生をセミナー講師にお招きしたことがあったのですが、その時「イオン(ジャスコ)のPBの充電式電池は、三洋電機のエネループのOEMなので、品質も良いし、1300回再生できるからオトクですよ。」という話を聞いていたのです。
 余談ですが、大和田さんの東京のお住まいの近くにはイオンがないので、セミナー終了後、ご本人のたっての希望でご案内したのは「ジャスコ尾鷲店」でした。鮮魚売り場の豊富な地魚と、雑貨売り場でトップバリュの充電式電池をご覧なり、ものすごく感激しておられました。


 話を戻して。
 この電池が優れモノなのは、ベースになっているのは単三電池で、単一とか単二としても使えるような「アダプター」が付いており、単一サイズのプラスチック製のケースに単三電池を差し込むと、単一電池として使えるようになっていることです。

 我が家は、各部屋にポータブルラジオと時計があるので、なんやかんやでけっこう乾電池を使います。いつも捨てるのはもったいないなーと思ってたので、ちょっぴりですがエコ生活を始められそうです。

2009年11月29日日曜日

2011年 新聞・テレビ消滅


 2011年というから、もう再来年に迫っています。
 毎日毎日、アホなバラエティー番組を垂れ流し、決して本質を突かないピントはずれな報道番組で視聴者を愚弄しているテレビ局が消滅するというのです。テレビ局を資本関係で支配している新聞社も、ついでになくなってしまうというのです。
 なんとハッピーで、胸のすくタイトルでしょうか!

 しかし、同時に恐くなります。
 一種の「フィクション」であるとはいえ、一応は「マスコミは客観的で公平な立場」なのがタテマエです。記者は正義感を持って仕事をしており、能力も高いと考えられています。
 新聞代は月3000円ほど、NHKの受信料も1000円くらいのはずで、政治、大企業、宗教、暴力団といった権力を監視し、自由な報道を確保する費用と考えれば、めちゃくちゃに高価なわけではありません。
 しかし、新聞社もテレビも会社としての収益は年々減少しており、アメリカでは新聞社の倒産が続出しています。
 日本でもそうなった時、言論の自由は確保できるのでしょうか?

 マスコミが衰退してきた原因として一般的に言われるのは、新聞社、放送局とも政府に過度に保護されてきたことがあげられます。新聞は再販制度があり、放送局は免許制度で、ライバルの新規参入はありません。
 同業者だけでぬくぬくとビジネスを続けてきた結果、もはや読者や視聴者が求めていないような、過度の情緒主義、反知性主義、権力へのすりよりなどがはびこり、国民からもスポンサーからも見放されてしまった、というものです。はんわしもそう思っていました。

 しかし、著者は、マスコミ衰退の原因の根はもっと深いところにあると言います。
 新聞やテレビのビジネスモデル、つまり「一般大衆」に「一方的」にニュースや情報を送り届ける、というスタイルが成立しなくなっていることが原因なのだと指摘するのです。

 その理由は大きく二つあって、
1.マスメディア(新聞・テレビ)が対象としている、マス(大衆)が消滅し始めていること。
2.メディアのプラットフォーム化が進んでいること。
 と著者は書きます。

 1つ目の大衆の消滅については、すでに多くの有識者が指摘しています。以前にもこのブログに書きました。もはや不特定多数の消費者に向けた、大量生産・大量消費が日本では成り立たなくなるのは時間の問題です。この時流に乗れなければ、消滅するばかりでしょう。

 2つ目は少し説明が必要ですが、「IT化」と密接に関連する問題です。著者はプラットフォーム化の考え方について、グーグルの及川卓也氏の説を使って、「コンテンツ」、「コンテナ」、「コンベア」の3つの流れで説明します。
 今までの新聞社のビジネスは、
  ・コンテンツ(内容のこと、つまり、新聞記事の中身)
  ・コンテナ(コンテンツを入れる入れ物、つまり、印刷された新聞そのもの)
  ・コンベア(顧客に届けるシステム、つまり、戸別配達や駅売りなどのシステム)
 の3つが垂直統合になっていました。
自社の新聞記者が取材して記事を書き、新聞に印刷して、専売店を通じて読者に配達する、という具合です。
 しかし、IT化の進展により、これが以下のように変わってしまいます
  ・コンテンツ(新聞記事)
  ・コンテナ(ヤフーニュース、グーグルニュース、どこかの検索エンジンかとブログとか)
  ・コンベア(インターネット)

 新聞社は、コンテンツ、コンテナ、コンベアをすべて自社で握っていたので大きな利益を生んでいたのが、IT化によってさまざまなコンテナの形が生まれ、利益を生み出す部分をヤフーやグーグルなどに奪われてしまったのです。これが、新聞社の影響力が低下し、したがって広告も集まらず、読者も減っていく原因です。

 これを立て直すのは容易ではありません。新聞社も自社のニュースサイトで有料サービスを始めていますが、ビジネスとして成功している例はあまりありません。一方で、コンテナやコンベアに関するイノベーションはどんどん新しく生まれてきます。著者は、これは必然であって、マスコミが昔に戻ることは決してないと断言します。

 くわしくはぜひ本書をお読み下さい。新聞もテレビもなくなった後、我々を待っているのはどういう世界なのか? マスコミに代わる公的な言論の仕組みを新しくどう構築していくべきなのか? 論点は尽きません。

 余談ですが、「マーケットとなる大衆」の消滅とか、生産から流通までを「コンテンツ」「コンテナ」「コンベヤ」のレイヤーで捉える考え方は、ビジネスや行政サービス全般にも応用できる考え方だと思います。IT化の波から逃れられる人は誰もおらず、イノベーションと、それによる新しいビジネスモデルを創造する意外に、時代の変化に適応するための方法はない、ということも再認識できます。

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2009年11月28日土曜日

「地域力連携拠点事業」が事業仕分けで・・・



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 世間を賑わせていた事業仕分けが終了しました。毀誉褒貶、さまざまな意見がありましたが、基本的には国の予算査定の過程がオープンになったことに対して、肯定的な声が多かったようです。

 中小企業振興に関する経済産業省の事業仕分けは26日に行なわれていたのですが、ここで「地域力連携拠点事業」について、来年度の予算計上は見送りという仕分け結果となりました。今日はこのテーマを書きたいと思います。

 ご存知でない方のためにおさらいすると、地域力連携拠点事業とは、簡単に説明すると、地域の中小企業、特に小規模企業や個人事業主、これから起業しようとする人を元気にしていくための支援事業です。
 中小企業とひとくちに言っても、経営課題は実にさまざまなものがあります。そこで、経営コンサルタントや、法律や税務などのそれぞれの専門家、技術指導ができる大学や研究機関、それに金融機関など、それぞれの強みを持つ支援者が相互に連携する仕組み(連携体)を地域ごとに作って、きめ細かく多様な支援活動を行なおうという内容です。

 連携体の中心となる機関が「地域力連携拠点」と呼ばれますが、これは、自ら拠点になることを希望する団体が手を挙げて、本当に実行力があると認められた団体が、国から「地域力連携拠点」としてのお墨付きをもらって運営します。運営費は国が負担します。
 三重県内には、三重県商工会連合会や、四日市商工会議所、尾鷲商工会議所など5つの団体が認定を受けており、昨年度から活動を始めています。

 はんわしが見るところ、国が昨年にこの「地域力連携拠点」制度を作ったのは、以下の3つ理由があると思います。
 その1は、先に書いたように、中小企業支援は複雑化・高度化しており、さまざまな課題を総合に支援できるスキームを作る必要があったこと。
 その2は、市町村合併が進み、市町村の区域と既存の会議所、商工会の区域が不一致になっている例が出てきているなど、会議所や商工会が広域的に支援活動に取り組める準備段階とする意図があったこと。
 その3は、一部の県で補助金返還事件となった「カラ巡回指導事件」のような、既存の会議所・商工会の事業の「形骸化」、組織の「官僚化」への対策の必要性です。これは会議所や商工会が地域内で独占的に中小企業支援を行っていたために起こった事態であり、地域力連携拠点事業は、やる気のある機関を国が「公募」することで、商工団体以外の機関、たとえば金融機関や大学なども拠点になれる制度設計となっており、人為的にライバルを作るようにした意図が読み取れます。

 以上のように、はんわしは、基本的な意味づけでは地域力連携拠点の考え方は間違っていないと思います。しかし具体的な事業の内容が、「応援コーディネーター」と呼ばれる専門家を雇用し、無料で派遣相談を行なうなどマンパワーが中心であったため、きめ細かい施策である反面、厖大な数にのぼる中小企業の数に対し、実際に支援ができる数が限られていることや、派遣サービスを無料で行なうことが中小企業に甘えを生むなどの問題点もありました。

 ただ、事業仕分けによって全国の連携拠点が来年度閉鎖されることになると、その影響は少なからず生じることになります。来年度の予算策定の中で、「事業仕分け」の結果がどう位置づけられるのかはまだまだ不透明な部分がありますが、中小企業支援に関わる方はぜひ関心を持っていただきたいと思います。

2010年3月27日追記
 中小企業庁が平成22年度新規事業である「中小企業応援センター」の採択を発表しました。
 この件に関するブログはこちらをご覧ください。中小企業の方、支援機関関係者の方のご意見をぜひいただきたいです。

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2009年11月27日金曜日

今日は業務連絡

 議会待機で帰りが遅くなり、ブログを書く気力が残っていましぇん。
 というわけで、業務連絡。

 このブログをご覧になっている皆さんから、コメントでなく、直接メールをいただくことがあるのですが、非常に有益なご意見やご感想が多く、せっかくですのでなるべく公開の場で意見交換したほうがいいのではないかといつも思っています。

 そこで、一部の方には不評だった、コメント時にパスワード入力をお願いしていた(スパム防止の目的だったのです)のを止めることにしました。

 比較的簡単にコメントいただけるようになると思いますので、お気軽にお寄せください。

2009年11月26日木曜日

IT化の先頭を走る中小企業になろう

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 今日は(財)三重県産業支援センター主催による、商工会や行政職員など支援者向けの中小企業IT化セミナーが開催されました。これは経済産業省の事業である「IT経営応援隊」事業の一環として実施されたものです。
 非常に有益なものでしたので内容をご紹介します。

 中小企業にとって販路の開拓は常に重要な問題です。経営資源が限られている中、どうしても固定客との取引関係に重点が置かれてしまいますし、顧客との接点もルートセールスという形が中心なので、新しい商品の紹介や、顧客が求めている課題の解決を提供できないというきらいがあります。これを何とかしなくてはいけません。
 同時に、新規の顧客開拓も必要です。ではどうしたらいいのでしょうか。

 一つの明確な回答は、IT化です。
 自社の商品やサービスのデータベース化、顧客リストのデータベース化により、現在の取引関係を深く分析し、新たに食い込む余地がないかの検討を行うことがIT化の眼目の一つ。
 もう一つはインターネット活用による顧客開拓です。具体的にはマッチングサイトの活用により、物理的な制約を越えて、従来なら出会えなかったような遠距離、他業種の取引先を開拓することです。

 ネットによるマッチングにはさまざまなものがあります。Yahoo!や楽天もビジネスサイトをやっていますし、製造業に特化したもの、食品に特化したもの、行政が運営しているものなど実にたくさんありますが、反面、どのサービスを選んだらよいのか、費用対効果や信用面も含めて気になるところです。

 今日のセミナーはまさにそこがポイントでした。
 まず取り上げられたのは、ザ・ビジネスモールです。これは、全国の商工会議所、商工会が共同運営している企業情報サイトで、30万の事業所が登録しており、アクセス数は月250万に上っています。BtoBを支援するものであり、ザ・ビジネスモールに登録した企業は、自社のデータベース(簡易ホームページのようなもの)が公開されるほか、具体的な商談情報も提供され、全国で多彩な出会い・商談が生まれているそうです。
 最も魅力的なのは、このモールはあくまで商工会議所などの会員向けサービスとして運営されているため費用が無料なことです。ただし、条件が二つあって、一つは、中小企業が所属している商工会議所や商工会が、ザ・ビジネスモールに協賛し、「登録団体」として運営に協力していることです。ちなみに、登録団体となっているのは、今のところ、津、伊勢、桑名、鈴鹿の4会議所と菰野町商工会の計5団体です。もう一つの条件は、会員になろうとする中小企業は、これら登録団体となっている「会議所などの会員であること」です。

 ザ・ビジネスモールの会員になるとSEO上も非常に有利です。モールの会員データベース(簡易ホームページ)上に自社のURLがリンクされるため、検索エンジンの上位に押し上げられる効果があります。実際に会員になった後、アクセス数が5倍になった企業もあるそうです。
 何度も言いますが、このサービスは無料なので、本気でネット活用に取り組みたい事業者の方で、もし県内5団体以外の会議所会員、商工会会員の方は、さっそく会議所に掛け合って、ザ・ビジネスモールの登録団体になってくれ!と要求しましょう。

 ■ザ・ビジネスモール  http://www.b-mall.ne.jp/index.aspx

 セミナーのもう一つのテーマは、(株)インフォマートが提供するFOODS Info Martについてでした。このシステムは、食品業界に特化し、農畜産物、水産物、加工食品などの食材などの売り手と買い手がマッチングできる会員制サービスです。
 こちらは使用料として月2万円程度が必要ですが、自社の商材を、写真とデータ、セールスポイントなどの項目別に整理したデータベースの作成と、そのDBを活用して商談に使えるカタログなどにすぐに加工できるシステムとなっており、商談成立に非常に効果的とのことです。

 もう一つ、同社がユニークなのはプロ同士の取り引きであるBtoBとは言え、顔の見えないネット取り引きでは代金回収に不安を持つ会員企業も多いことから、インフォマートが与信審査のうえ、販売先への代金回収を行う「決済代行システム」を行っていることです。まさにネットの特性をよく理解されていると実感します。もしご関心のある方は同社のサイトをご覧になってみてはいかがでしょうか。

 ■ FOODS Info Mart   http://www.infomart.co.jp/


 

2009年11月25日水曜日

滑稽な学者たち

 当たり前のことですが、いくら野球が大好きで上手であったとしても、誰でもがプロ野球選手になれるわけではありません。阪神タイガースや中日ドラゴンズに入団できるわけではありません。
 プロ野球選手は、そもそも身体のつくりがしっかりしていて健康なのが大前提で、優れた素質が土台としてあり、さらに小学校、中学校、高校と野球部で地道な努力・鍛錬を重ね、素質を磨くことで能力が開花したものだと思います。これは凡人とはまったく違う世界にいる、一種のエリートであり、だからこそファンから応援もされるし、スター選手は巨額の報酬を手にすることができるのでしょう。

 しかし、です。
 ならば、日本のプロ野球選手が世界の「超一流」かというと、決してそうではありません
 情報化社会で、アメリカのメジャーリーグも見、ワールドベースボールで世界の強豪国のプレーも目の当たりにできる我々は、すでに「日本のプロ野球は、(表現は悪いですが)メジャーリーグに行けないクラスの選手たちがプレーするリーグである」ということを知っています。
 もちろん、日本のプロ選手を卑下するわけではありません。いたずらに日本だけを買いかぶるのでなく、世界は広いし、さまざまな活躍のステージがある、ということを理解すべきだと言っているのです。繰り返しますが、誰もがプロ野球選手になれるわけでは決してないのですから。

 日本の、いわゆる一流大学と呼ばれる9大学の学長が、民主党の事業仕分けで科学技術関連の事業予算が大幅にカットされたことなどに対して抗議の声明を発表しています。

 【共同声明】大学の研究力と学術の未来を憂う -国力基盤衰退の轍を踏まないために-
  → 東京大学のHP http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_211124_j.html

 しかし、一部のブログで指摘があるように、この声明の内容が世間で通用するとはとても思えません。アタマの体操になりますから一度読んでみて下さい。
 
 誰も大学の研究費用がムダだとは言わないでしょう。一流大学の学者先生が難しそうなことを一生懸命に研究しているのだから、いずれ何かの役に立つのだろう、と漠然と思っていると思います。つまり、大学での研究や科学技術
の費用がムダだと明確に断言できるほどの知識を多くの人は持ち合わせていないということではないかと思います。

 この件については、以前にもこのブログで書きましたが、もっとも大きな問題は、大学の研究者が天文学的に巨額の、莫大な税金が投入されている科学技術の研究開発に対する説明責任を、ほとんど負っていないことです。
   由らしむべし、知らしむべからず。
   素人は黙っていろ。
 そんな風潮が大学を覆っているのが問題なのです。
 その結果、自由に議論する空気が失われ、学閥や情実が横行する閉鎖的な空間になる。コスト意識がなく、ほとんど成果の見込めない研究にジャブジャブとカネをつぎ込む。結果責任は負わないのですから、要は研究費を使って研究することが、そのことだけが自己目的となる。
 このような日本の大学に対する批判は、今までも多くなされてきましたが、ほとんど改善されないようです。その結果、研究予算は利権となり、日本の大学にはメジャーリーグに行けないクラスの研究者がゴロゴロしている、というのが残念ながら国際的な常識なのです。(もちろん、立派な研究者もたくさんいらっしゃいますが。)

 科学技術費や大学の研究費の予算確保については民主党内でも既得権者の巻き返しが始まったようですが、一切のタブーを排する事業仕分けが、大学にとっては皮肉なことに鳩山内閣の支持率を押し上げています。国民もバカではない、ということなのでしょう。

 

2009年11月24日火曜日

産業政策でNPOを支援する理由

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*産業支援に従事する立場以外の方は読み飛ばしてください*


 11月22日付けの日経新聞に、政府が検討している雇用対策の概要が明らかになった、という記事が載っていました。「地域雇用創造マネージャー」なる役職を新設し、介護や保育などの企業やNPOの創業者、いわゆる社会起業家を育てることにより、1万人程度の雇用を新たに創出することを目指す、というものです。

 わかっている人にはわかっているが、わからない人には全然わからないことの一つに、「産業政策として、なぜNPOを育成しなくてはいけないのか」ということがあります。
 行政機関でもこのことがわからない職員はいて、数年前に、はんわしがコミュニティビジネスの振興施策として「コミュニティビジネス相談窓口の設置」や、「中間支援組織(インターミディアリー)育成のための人材養成講座」の事業化のために予算書を作って上司に提案したら「我々がやるのは産業政策や。NPOの育成は他の部署の担当やないか。なんでそんなことを商工部がやらなあかんのや。」と怒鳴られた経験があります。
 このような思い込みは、「地方自治体である‘県’が、なぜ産業政策(特に商工業の振興策)を行うのか」ということが正しく理解できていないからです。

 言うまでもなく、県が産業政策として中小企業などに支援を行うのは、主に2つの理由からです。すなわち
・産業を活発化することで、事業者の設備投資や利益を増大させ、税収を増やすこと。
・同じく、事業活動が広範に行われることで地域の雇用が増大し、完全雇用が達成されること。
 の2つです。(※)

 1番目については非常にわかりやすいのですが、これは課税対象となる「利益」を生み出すことを目的とする、会社や事業協同組合などの営利組織が主役とならざるを得ません。その意味では、特定非営利活動法人(いわゆるNPO法人)をはじめ、社会福祉法人、医療法人、学校法人などの非営利組織(広義のNPO)は主役になれない部分があります。(これには重大な例外もあるので後述します。)

 しかし、不景気になり失業率が上がってくると、地域で雇用を確保するという2番目の役割が非常に重要になってきます。特に、ご近所付き合いの減少などの地域コミュニティの弱体化に対応するためには職住接近型のコミュニティ構築が重要であり、その意味では、営利組織であろうが、非営利組織であろうが雇用を作り出すのであれば、その形態はどのような形でもかまわないことになります。

 したがって、産業政策としての非営利組織(NPO)に対する支援策は論理的に何ら矛盾しないし、むしろ地方財政の逼迫により公共サービスの選別化が進まざるを得なくなったり、少子高齢化など社会環境が変化していく中で、国や自治体に代わって公共的なサービスを担うセクター(三重県風に言えば「新しい時代の公」)が生まれざるを得なくなるとすれば、これらのセクターのマネジメントを円滑にし、売り上げを向上させ、収益を増やすための支援は、どうしても必要になってきます。

 ここでポイントになるのは、NPOの「非営利性」についてです。NPO法人を例にとると、NPO法人は収益活動を行うことが禁じられているわけではありませんし、収益を上げることが禁じられているわけではありません。ただ、事業によって得た儲け(収益)を、役員で分配してはいけない、という規定があるだけのことです。
 株式会社の場合は、収益は株主(社員)に分配することが原則です。これに対してNPOは利益を分配してはいけないので、必然的に積み立てるか、事業に再投資することになります。
 製造業の企業などでは、収益の一定額を新たな研究開発に再投資する企業を「研究開発型企業」などと呼びますが、NPOの場合もこれと同じで、活発に収益を上げ、事業に再投資すれば、それはいわば「再投資促進型組織」とでも呼ぶことが可能です。
 つまり、「新しい公」の分野(それは国が言うような介護や保育もあるでしょうし、医療、教育、環境、防災、治安、異文化共生など無数のテーマがあります)を充実させるために民間の再投資が活発化し、これらの課題の早期解決に資する可能性すら生まれてくるのです。
 これは、地方自治体による産業政策の1つ目の理由、すなわち税収の再分配による地域課題解決以上に、低コストで能率的に行えることにつながるかもしれません。

 いずれにしろ、国が社会起業家の存在価値を認めるようになり、その創業促進に一定の支援を行おうとするのは大きな前進です。
 地方自治体にとってスタンダードな産業政策であった企業誘致や、製造業に対する技術開発支援など従来の手法も陳腐化していくのかもしれません。頭の切り替えが必要なのでしょう。

※県が産業政策を行う3つめの理由として、他の地域との競争に勝つためという競争政策があります。企業誘致などは他の府県との競争が激化しているので、それに勝ち抜いていかに優位性を保つかという問題も重要になっていますが、これについてはまたの機会にさせていただきます。
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2009年11月23日月曜日

30年ぶりくらいに旧鳥羽小学校校舎へ

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 平成20年に閉校した鳥羽市立鳥羽小学校の校舎は、昭和4年(1929年)に建築されたものです。当時、三重県内でも非常に珍しかった鉄筋コンクリート3階建ての建物で、正面には3連のアーチを配しており、室内の装飾にも欧風様式が多用されている非常にハイカラな建物でした。建築費は当時の金額で25万円。鳥羽市(当時は志摩郡鳥羽町)の財政だけでまかなうことはできず、御木本幸吉など地元篤志者から多額の寄付もあったようです。保守的な鳥羽の人々が、よくこんな高額な建物を建てる決断ができたものだと、あらためてこの英断には感心させられます。

 実ははんわし、30年近く前にここを卒業したOBです。鳥羽小は城山と呼ばれる市街地にそびえる小高い山の頂上にあって、鳥羽城跡の城郭をそのまま利用した配置になっています。子供の足で坂道を通学するのが大変でしたが、その当時(昭和40年代後半)は鳥羽の市街地も賑やかであり、子供もたくさんいて、教室の窓から青い海にたくさんの船が行き交うのを見下ろすのが楽しかった思い出があります。
 しかし、その当時から「古い建物だなあ」とは子供心に思っていました。はんわしの在校中にはすでに建築から50年近く経っていたわけで、雨漏りもあったし、何しろ夕方はかなり薄暗くなるので廊下が怖かった思い出があります。

 しかし、少子化の波には勝てず、平成に入ると児童数が激減し、ついに他地域の小学校と統合され、郊外に移転しました。
 小学校は、まちがいなく地域の象徴的な存在であり、賑やかにはしゃぎまわる子供の声が地域から消えてしまったことで、衰退する鳥羽市の中心市街地に拍車がかかったような気がするのが残念です。
 しかし、これは地元住民が議論を重ねた上での結論ですし、鳥羽市役所や地元有志による保存・活用の活動も活発に行われていて、まだ将来的に活路が見出せるのが希望といえば言えるのかもしれません。

 今日はここで、「さよなら旧鳥羽小学校展」というイベントが開かれたので行ってきました。
 風は強かったものの晴れ渡った温かい一日。懐かしい卒業生の写真展やステージイベントなどがあり、OB,OGの皆さんを中心に多くの鳥羽市民が来ていました。

                               はんわしも30年ぶりくらいで校舎の中に足を踏み入れました。
 もっとも、はんわしは就職してからも10年近く鳥羽市の実家に住んでいたので、外観は毎日のように見ていましたし、時々は散歩に校庭を歩いたりしていましたから、懐かしくて泣き出すほどの感動でもなかったのですが。

 しかし、このときの感慨は、どういったら言いのでしょうか。
 はるか遠くの過去ではなく、しかし、大人になってあらためて「廊下の狭さ」や「教室の小ささ」を見ると、自分が児童だった時代はやはり昔に押し流されてしまっている。そしてその時代には絶対に戻れない。
 その事実をあらためて発見したような、不思議な感慨でした。

 自分が今こうして、校舎の中に足を踏み入れていることなど、子供の時には想像すらできないことでした。
 同級生や先生はみんな元気だろうか。
 お蔭様でワシも元気でやっております。

 ■旧鳥羽小学校(城山)校舎の保全活用を考える会
   http://toba.in/s/pc.html
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2009年11月22日日曜日

津市に「ゆるキャラ」が大集合・・・しかしイタい


このブログで時おり誹謗中傷している、津市の中心市街地である大門商店街(だいたてアーケード)で、「津観音開創1300年記念イベント」が開催されているというので行ってきました。

津観音とは恵日山観音寺というお寺であり、現在の津の市街地はこのお寺と、藤堂高虎が築城した津城を中心に発達したものです。大門(だいもん)という商店街の名前も、津観音の寺門の門前町から由来しているものと思われます。

しかし、津市民にとって大門は、衰退した中心市街地の典型的実例として認識されているといっても過言ではないかと思います。 
県庁所在地として、メガバンクや一流企業の三重支店はほとんどが津市に立地しており、本来なら金融業や流通業、サービス業などで県内他都市をリードできる立場に十分ありながら、自他共に認める「地味」なまち、言い換えれば、あふれ出てくる活気がなく、どこか醒めているようなまち(決して冷たいという意味ではないのですが。)という印象が強い津市。その商業面での象徴が大門商店街です。

しかし、有志による活性化事業も活発に行われており、今回のイベントもご当地B級グルメとして全国展開を目指している「津ぎょうざ」VS「四日市トンテキ」の試食対決である「うなとん対決」なるものも企画されていたりして、それなりに興味深い内容となっています。

残念ながら、はんわしは午後2時くらいに会場に来たので、とんてきはすでにソールドアウト。メインステージでは数十名の家族連れを相手にローカルヒーローのショーが行われていました。

センターパレスのほうへ薄暗いアーケード内を歩いていくと、ご当地ゆるキャラパレードがゲリラ的に行われており(つまり、意味もなくぞろぞろと連れ立って歩いている)、こういう被り物には本能的に反応してしまう幼児が駆け寄ってくるのに愛想を振りまき、親が我が子の記念写真を撮ろうとケータイを出すと、進んでポーズを決めるなど、魅力を最大限アピールしていました。

 よくわけがわからなかったのは、3枚目のドレスを着ている岐阜柳ケ瀬商店街の「やなな」なる女性キャラです。1枚目の津市のシロモチくんが藤堂高虎に由来しており、2枚目の小入道くんが大四日市祭りのメインキャラであることは、ゆるキャラへの昇華はそれなりの合理性を有しているのでしょうが、「やなな」は頭部がダンボールというキュービックな外観。首から下は生身の若い女性というもので、美川憲一の柳ケ瀬ブルースに代表される、ウエットでオトナの夜の柳ケ瀬と「やなな」は、ひょっとすると強い関連性があるのかもしれません。わかりませんけど。
しかも、はんわしがカメラを向けた途端、やななは手に持ったカバンからごそごそと何かを探し出すという挙に出るなど行動も不可解でした。

それにしても、時間的にピークを過ぎていたせいもあるのでしょうが、イベント自体、観客よりもスタッフのほうが人数が多いという「店じまい」状態になってしまっており、キャラクターショーのえいっ、とか、とうっ、とかの台詞やチープな効果音、BGMがアーケード内には響き渡り、ゆるキャラパレードからは異次元的なイタさが漂ってきていました

 津観音1300年のイベントだというのに、午後2時でこの人出、この状態。四日市から来た小入道も、岐阜から来たやななも衝撃を受けたことでしょう。

 しかし、このダメさ加減が「だいたてアーケード」への愛着に転化し、この商店街には決してたくさんの買い物客など押し寄せてほしくない、永遠に自分だけのプライベート商店街であってほしい、というレベルまで倒錯すれば、それがすなわち「ダメな子」津市に対して本当の愛情が芽生えたことになるのです。
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2009年11月21日土曜日

外宮さんにちなんだ「どんぶり」を創ろうプロジェクト


 伊勢商工会議所が、平成21年度の地域資源∞全国展開プロジェクトで取り組んでいた「外宮(げくう)さんにちなんだどんぶりを創ろうプロジェクト」の成果として、「御饌丼(みけどん)」なるご当地メニューを開発した、というニュースは、何ヶ月か前に読んだ記憶がありました。(たとえば、伊勢志摩経済新聞の10月16日付けの記事

 御饌(みけ)というのは神様に供える食事のことで、伊勢神宮の外宮は、内宮(ないくう)の主祭神である天照大神に食事を提供する、豊受大神が祭神であり、古から農業の神、食料の神として崇敬を集めていることにちなんだ着想と思います。

 そして、今日、この御饌丼を提供している伊勢市内のレストランの一つであるい~菜に行ってきました。10月オープンしたばかりという店内は、やや狭い感じはしますが明るく清潔な感じで、ボサノバのBGMが流れています。

 はんわしは、鈴鹿医療科学大学と産学連携で開発したという「風邪予防丼」というのを食べてみました。

 大紀町の名産である七保鶏(ななほどり)のレバーを甘辛く煮付けたものがあしらわれた丼で、他に小鉢やスープ、デザートが付いて800円ほどでした。

 店員さんのお話では、丼の主原料であるレバーとほうれん草にはビタミンAが豊富に含まれており、風邪やインフルエンザの予防に効果があるのではないかということです。もちろん、あくまでも気持ちの問題、シャレだとは思うのですが、いわゆる薬膳料理のような堅苦しさ、薬くささはなく、カジュアルな感じで、味もとても良かったです。

 ■レストラン い~菜のサイトはこちら
         http://don.e-na-world.com/

 ややマニアックな話になりますが、日本商工会議所や、全国商工会連合会が経済産業省の委託を受けて行っている地域資源∞全国展開プロジェクトは、地域の商工会議所などが主体となって、特産品の開発や、観光資源を活用した観光プラグラムなどの開発を行い、それを地域だけでなく全国に展開していこうという趣旨の事業で、毎年、全国で200件近くの取り組みが行われています。

 しかし、この事業により特産品などが開発され、試作されても、それらのうち実際に全国的な市場へ出て販売されるものは、(厳しい言い方をすれば)ほとんどないのが現状ではないかと思われます。
 その理由として、
・個々の地域ではイチオシの地域資源であっても、全国レベルでは特に珍しくもなく、ありふれている素材が多いこと。
・それを使って開発される特産品やご当地メニュー、観光プランなども独創性がなく、どこかで見たようなどんぐりの背比べ的なものが多いこと。
・仮に特産品などが市場に流通しそうな可能性があっても、実際に試作品を作っている製造業者の規模が零細で、大量の発注や、厳しい納期に対応できないこと。
 などさまざまな理由があります。

 特に、伊勢の御饌丼のようなご当地メニューものは、コンビニとタイアップした弁当化(以前このブログでも紹介した津ぎょうざのように)などの手法以外は、地道に地域の飲食店やレストランの定番メニューとして浸透させていき、地元のファンを増やしながら知名度を上げていくという息の長い取り組みが必要になります。おそらく、「赤福」にような地域ブランドの代名詞になるには数十年かかるのでしょう。
 オシャレ気なカジュアルレストラン、い~菜での取り組みに期待したいと思います。
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2009年11月20日金曜日

誰が必要とされ、誰が必要とされていないのか?

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 今日も三重県内の何社かの中小企業を訪問していました。
 最初に訪問した金属加工メーカーは、金型製造と特殊プレス加工を得意としており、昨今の不況にもかかわらず比較的安定した業績を確保しているとのことでした。来春の新卒者採用の見通しを聞いたところ、社長が言うには「現在の経済情勢では、例年なら大企業に流れてしまう優秀な学生を中小企業も獲得できるチャンスだと思う。しかし、まだまだ経済の先行きは不透明で、今はまだ新卒採用には踏み切れない。」とのことでした。
 その言葉の端々に、中小企業にとって今年は稀有な人材獲得のチャンスであることはわかっているのに、みすみすチャンスを取り逃がしてしまうことへの悔しさのようなものがにじみ出ているのを感じました。

 次に訪問した水産業者も、高い加工技術を持ち、新しい商品開発に取り組んでいます。しかし、開発計画を立てたのは昨年で、それから準備を重ね、実際の試作に取り掛かった今年、リーマンショックの波がこの業界にもやってきて本業は青息吐息とのことです。社長は「現状を何とか乗り切るためには、社運のかかるこの開発計画の実行を急がなければ」とおっしゃっていました。また、ここも、若い人手は欲しいが、新卒者採用はリスクが高いと判断しているようです。

 朝日新聞によると、三重県は来春卒業予定の高校生の就職内定率は57.7%で日本一高くなっていますが、数字そのものは不況の影響で前年同期比は14・1ポイントもの大幅減となっており、下げ幅は過去10年で最大。高校やハローワークなどが就職支援に乗り出しているとのことです。(朝日コムより)

 以前にこのブログでも書きましたが、こと就職に関して、日本社会は不思議なほど若者に冷淡です。
 職が見つからない高校や大学の新卒者は、春からアルバイトで当座をしのぐことになるのでしょう。以前なら派遣社員という道もありましたが、今はそれも考えられなくなっています。
 一方で、すでに正社員になっている人、特に大企業社員や公務員は終身雇用が保証されています。恐ろしいことに、終身雇用は年功序列とセットなので、社員の能力の有無、仕事の出来不出来に関わりなく給与は毎年増えていきます。
 そして、このエスカレーターの上に、4月時点になっても職が見つからない新卒者が乗り込める可能性はほぼありません。

 この問題は深刻です。
 今日のトップニュースは、菅副総理兼経済財政担当相が、現在の日本経済はデフレ状態にあることを正式に認めたことですが、消費、雇用など、次世代に向けての社会的な再生産が不可能な状態にまで落ち込んでいるということなのです。

 若者には職がなく、従って収入もない。
 当然、クルマも家電も買わない(買えない)。
 生活できないから、結婚し家庭を持つ人も限られてくる。
 その結果、ますます少子化が進み、経済が落ち込む。
 このスパイラルです。

 若者が経済活動からスポイルされるので、物理的に、新しい感性や挑戦的なパワーが発揮される機会も少なくなり、日本にイノベーションが起こりにくくなります。これも経済の沈滞に影響していきます。能力とやる気のある若者は、見切りをつけてどんどん外国に出て行くことでしょう。

 この事態を打開する方法ははっきりしています。年功序列的な賃上げは廃止し、50歳代の勧奨退職を進め、定年延長や定年退職者の再雇用も抑制し、世代交代と人件費の抑制のため若者の雇用を増やすことです。一定の若者雇用率に達しない企業や事業主にはペナルティを課すこともやむを得ません。
 では、高齢者はどうするか。今までの知恵と経験を生かしてベンチャーを起こすもよし、地域課題解決のためのコミュニティビジネスを起業するもよし。つまりは新しいソーシャルキャピタルを作り上げていくための先兵になっていただくほかはありません

 いつまでも若者を踏みつけ、高齢者だけが「我なき後に洪水は来たれ」とばかりにエゴをむき出しにして決して自分たちの地位は譲らず、「石の上にも三年」式の時代錯誤の価値観を押し付けている間に、本当の意味でわが祖国は滅んでしまうことでしょう。
 

2009年11月19日木曜日

手を汚さない人々

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 日本中が話題沸騰の「事業仕分け」は、鳩山首相による肯定的な評価もあって、24日からは第2弾が始まることになるようです。はんわしは、あるジャーナリストのメールマガジンを定期受信しているのですが、彼によると、仕分け会場は都心にしては交通不便な場所(市ヶ谷駅から徒歩20分の場所とか)にもかかわらず、1000人を越える聴衆が押し寄せている(しかも大多数が中年以上の男性)とのこと。ボディチェックもわりと簡単で、分厚い資料はくれるは、どのワーキンググループも見放題だわで、けっこうな時間つぶしになるようです。ネット配信も一日2万人が見ているそうです。

 しかし、一昨日ごろから、「切られた側」の巻き返しも本格化してきました。
 特に、けちょんけちょんに斬られまくった科学技術関係のプロテストは、毛利衛さんのようなスターもいるためか、テレビ露出が増えてきている感じです。
 知らなかったなあ「日本科学未来館」なんて。科学技術版の「私のしごと館」みたいなものなのでしょうか。行ったことないけど。
 スーパーコンピュータも笑えます。建物は神戸にあって、ほとんど完成しているのですね。次に中身になるスーパーコンピュータを作る計画なのだとか。仕分け人に切られた研究者たちが徒党を組んで「スパコン開発が中止されると、日本の科学技術は世界ナンバーワンの座から落ちてしまう」みたいなことを言って凄んでいますが、この方たちはいったい今まで何をしていた人たちなのか、という疑問も多いわけで。

 さて、ここからが本題です。
 はんわしの仕事も、どちらかというと「仕分ける側」「切る側」ではなく、「仕分けられる側」「切られる側」に当てはまります。国の有様を冷ややかに見ているけど、明日はわが身。神ならぬ立場ですから、そして何よりも、「大きな政府」であることは他ならぬ主権者である国民がかなり強く望んでいることなのですから、経済学の「公共財」の定義や、政治学の「補完性」原則には決して当てはまらない事業は、現実にゴマンとあります。というか、そんな事業が90%以上を占めているのが現実の地方行政の姿です。
 
 三重県に関して言うと、年末くらいから来年度予算の事業部署に関する査定が行われるのですが、これがまた、「無知」と「無理」をダンゴにしたような無茶苦茶な「査定」なのです。国の仕分け人も、テレビで見ていると結構強引ですが、まだ公開しているだけマシです。県の予算査定は完全な密室であり、しかも、予算する側とされる側の情報非対称がはなはだしいので、ほとんど思いつきのような勝手な理由でどんどん事業予算が切り込まれ、削り取られてしまいます。一切の反論は許されません。(もし機会があれば、たぶん今年もお目にかかれるであろう「お馬鹿査定」の実例をぜひブログでも公開したいと思っています。もちろん守秘義務があるので無理かもしれませんが。)

 予算を査定する側(切る側)は、予算を使って何かの事業をする立場ではありません。つまり、住民と向かい合う立場ではありません。役所の中で、役所の職員だけを相手にし、お金の勘定を合わせるだけが仕事です。
 無駄遣いはもちろんいけませんが、予算を切られることで、現実にどのような影響があるのかに思いを致すことはありません。事業を期待していた住民に怒られたり、嘆かれたりすることもありません。つまり、決して手を汚さない人々です。

 繰り返しますが、一国民としては事業仕分けは、予算査定の「見える化」であり、勉強にもなるし、面白い政治ショーでもあります。拍手を送りたくなる場面も多々あります。
 しかし、「ムダ」と決め付けられ、仕分けられ、切りまくられた事業が死屍累々と積み重なるのを見て、空恐ろしくなるのも事実です。本当に、これが正しい姿なのでしょうか。
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2009年11月18日水曜日

ガラパゴス化を実感「複雑すぎるテレビ」

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 やっと時流に乗って、我が家も薄型テレビを買い替える話が急浮上してきました。消費不況が言われていますが、伊勢郊外では先週末に、ある大型電気店が開店しました。そのオープン記念セールに対抗して、周辺の大型電気店数店も、すべて特売価格を前面に出して迎え撃っており、ちょっとした家電安売り戦争状態でした。

 そこで、ショップシッピングというのか、ライバル大型電気店何店かで下見も兼ね、価格調査も兼ねて色々なメーカーの薄型テレビを見てまわりました。普段ならぶらぶらと冷やかしてみる程度ですが、かなり買う気になって、本気モードで売り場を見て歩いていると、実にたくさんの種類のテレビがあり、ほとんど比較不可能な状態です。
 まずメーカーが、シャープ、パナソニック、ソニー、東芝、日立と5社くらいあります。安いものでは何だかあんまり聞いたことがないメーカーのもあります。
 そのそれぞれに、37型、40型、42型、47型などいろいろなサイズがあります。さらにさらに、その大きさそれぞれに品番があります。あるものは録画用ハードディスク内臓。あるものは高輝度・動きが滑らかで目が疲れない。あるものはLFDバックライト。あるものは省エネ性能ナンバーワン・・・
 結局、どこかどう違うのか。

 店員さんが親切で、聞いてみると色々と教えてくれます。聞けば聞くほど、それぞれが一長一短あって、結局は、こちらの予算額で機種を決定せざるを得ません。ついでに言うと、テレビを置ける部屋の大きさ、CMに出てくるタレントのキャラクターの好き嫌い、それぐらいの要素しか、事実上の判断材料がありません。

 よく日本の電化製品はガラパゴス化していると言われます。
 良いものを安く、という哲学を一貫して追い求め、それで世界競争を勝ち抜いてきた日本の家電メーカーは、基本的な性能の良さは当たり前。故障しないのも当たり前。
 そでに、より多くの新しい機能を持たせることで製品の差別化を図ってきました。
 消費者側も、それを素晴らしいことと受け止め、何か新しい機能、優れた機能が付けば、その新商品を争って買い求めました。

 しかし、日本人の生活も豊かになり、電化製品の性能も向上し、高止まりすると、ベーシックな性能には各メーカともほとんど差はなくなり、あとは、極めてニッチな、マニア向けの機能のあるなしに競争の争点が移ってきました。
 そして、はんわしのようなやや機械オンチなものの、わりと平均的な消費者にとっては、それらの機能など、「わけのわからない差」であり、ほとんど「どうでもいいような差」に過ぎなくなります。
 成熟した消費者が、一斉に「やーめた」と言って、新しいものに飛びつかなくなったら、いったいどうなってしまうのでしょうか?

 実は、この消費者の成熟が、日本の経済構造を変える大きな要素になる気がします。
 以前もブログに書いた「無印ニッポン」のように、消費者は新しいものに魅力を感じるのでなく、身の丈にあったもの、自分が満足度を感じるものに魅力を感じるようになってきています。
 ここが非常に難しいところです。「消費者にとってニーズは潜在化しており、消費者自身も気づかないウォンツを発掘し、提供することがメーカーのつとめである」というのは最近の定説でしたが、もはや、はんわしレベルの疲れた消費者には、ウォンツさえもなく、何にもなく、ただ普通のテレビ、最低限のNHKと民放が映る機能があるだけのテレビ、で満足。というところが本音なのではないかと思います。
 探すのも疲れる、選ぶのも疲れる。ただ「普通」のものがほしい。そんな感じではないでしょうか。商品化する側にとっては夢がない話かもしれませんが・・・
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2009年11月17日火曜日

あなたには「仮説」があるか

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 昨日今日、丸二日間、会議室にカンヅメでした。詳細は書けないのですが、ある事業の審査にオブザーバーとして立ち会っていたのです。申請者の審査自体は専門家や有識者が当たるので、行政の立場から補足質問をしたり、確認したりという立場でしたが、事業者の方、経営者の方と直接接する機会が減っているので、現在の景気状況や、それに立ち向かうために考えていることなどをまじかでお聞きでき、しかも立場が違う人たちが同じ目的(事業化の成功や、商品化の実現)に向けてディスカッションする機会に立ちあえたことは、最近では貴重な経験でした。

 自戒の念もこめて感じたことを書くと・・・

 行政の支援には限界があります。
 補助金にしろ、認証制度にしろ、融資にしろ、異業種交流にしろ・・・
 いろいろ美辞麗句はありますが、結局のところ、自分の事業について一番心配してくれる人は、当の自分をおいて他にありません。他人である行政職員が親身になるはずがないのです。身もふたもないですが、この冷徹な事実は前提条件として踏まえておかなくてはいけません。

 しかし、行政はそれなりに広い視野を持っています。多くの例外はあるにしろ、将来的な目利きもある程度はききます。さまざまなネットワークも持っているので、人、もの、カネなど自社にない新しい経営資源に出会えるキッカケに、行政の支援がなるケースも少なくはありません。社会一般に対して、それなりのPR効果も期待できます。
 つまり、マイナス面と、プラス面、両方を考慮したうえで行政支援は活用すべきです。

 同時に、行政支援の大きな限界の一つは、支援メニューの一つ一つには、それぞれの行政目的があって、支援対象となる事業や経費の内容が決まっています。スケジュールも決まっています。なので、これを効率的に活用しようとする場合、経営者は、補助を受けようとする事業活動の内容に、一定の「熟度」を持っていることが必要です。
 熟度とは色々なケースがありうるとは思いますが、、例えば、ものづくりなら試作品があること、サービス業ならビジネスモデルが確立していることなどでしょう。「タイミング」と言い換えてもいいかもしれません。 
 そして、「この事業を実施するにあたってはAのような課題が考えられる。これはBのような理由(原因)があるからで、その解決にはCが必要である。この補助金では、Cを解決するためにDという研究に取り組む。」というストーリー~仮説と言うべきか~があることが、決定的に重要になります。

 あらかじめ経営者が立てた仮説の検証というピンポイントに絞って努力を集中するのと、仮説もなく、行き当たりばったりにあれこれ試行錯誤しているのでは、同じ経営資源、同じ時間を費やしていても結果は大違いだからです。窮屈で融通が利かない行政の支援制度だからこそ、この差は決定的に開きます。

 ぜひ「自分には仮説があるか。その仮説を検証するための準備があるか。」を常に心がけたいと思います。もちろん、仮説がデタラメなものであっては意味は半減するのですが、それにしても仮説すら心もとないケースが現実社会に多いのは、民間でも行政でも同じなのではないでしょうか?

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2009年11月16日月曜日

現職はなぜ落選する?

 はんわしが聞いていた下馬評を覆して、昨日の伊勢市長選挙では現職を破って、33歳の新人候補が当選しました。
 今回の市長選の最大の争点は、前市長が中部国際空港セントレアから伊勢への航路を新設するための船着場(会場ターミナル)を6億4500万円の費用をかけて整備した、その是非についてでした。

 セントレア開港時、伊勢湾をはさんだ対岸に位置する三重県には海上アクセスが次々整備され、四日市、津、松阪、鳥羽の4カ所に航路が開通しました。そのころ、名古屋は円安バブルで輸出型製造業が好景気であり、日本一元気な街などと呼ばれ、運送需要も旺盛だったので、そこへ伊勢航路も参戦する計画だったのです。
 しかし、やがて起こった原油高騰などの影響で鳥羽、四日市の2航路は廃止され、ほぼ同じ頃、伊勢航路に就航する予定だった船会社も景気後退などを理由に急遽不参入を決定したため、伊勢には海上ターミナルだけが整備され、肝心の定期航路は就航していない(つまり、まったく利用されておらず空き家になっている)という異常事態になっていました。

 このことが市長選の最大の焦点であるべきことは間違いありません。現在の経済情勢では新規に参入しそうな船会社などそうそう見つかるとは思えません。かといってこのまま放置すれば建設にかかった費用を国に返さなければならず、撤去するにも新たに莫大な費用がかかる。これは本当に市民にとって大問題です。
 
 しかし、結局、市長選挙では、この海上アクセスだけ、このことだけが各候補者で争われ、その他の重要な問題、地域医療の再生、下水道整備問題、観光政策、商工業政策、福祉の充実、などには抽象的なスローガンが示されるだけで、いわゆる「マニュフェスト選挙」のレベルですらない戦いでした。

 その結果、市民は33歳の青年を市長に選びました。
 確かに伊勢でも変化は起こっているのでしょう。伊勢神宮を抱える伊勢市は保守的で、かつてならこのような選択は決して考えられなかったからです。
 しかし、それと同時に、海上アクセス以外の問題には手腕が未知数なリーダーを選んだことに、市民は責任を負わなくてはなりません。
 観光客の誘致がメインである海上アクセスよりも、むしろ市民生活に直結するよほど深刻な問題は、これからいったいどうなっていくのか、誰にもまったくわからない状況です。
 これを「新しい時代の胎動」としておもしろく、ワクワクする事態と捉えるべきなのでしょうか。戦国時代などは今から思うと内乱状態、無政府状態で民百姓は大変だったと思うのですが、旧来の社会秩序が崩壊して新しく再編された結果、近世の新しい社会につながりました。
 伊勢に限らず、市町の首長選挙で現職が落選する例が過去に比べても増えているように感じるのは、今までどおりで変化がない市民の選択から、新時代に一歩踏み出したと見るべきなのでしょうか。

■参考新聞記事
 朝日新聞 http://mytown.asahi.com/mie/news.php?k_id=25000000911160001
 伊勢新聞 http://www.isenp.co.jp/news/20091116/news01.htm
 中日新聞 http://www.chunichi.co.jp/article/mie/20091116/CK2009111602000146.html
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2009年11月15日日曜日

地域資源ビジネスをリードする高知県

*東紀州地域の産業振興関係者以外の方は読み飛ばしていただきたく

 平成19年度、20年度の東紀州は、今思えば地域ビジネスを勉強できる宝庫でした。ひものや柑橘など地域産品の製造や販売に従事している、そして自分の生まれ故郷を愛している、たくさんの熱い経営者にお会いできました。
 尾鷲市などの行政や、紀北町商工会のような商工団体も、たくさんの講演会やセミナー、相談会を行っていました。(ただ、市町、団体によって相当な温度差はありましたが。)
 自分自身も、東紀州観光まちづくり公社で、そのような方々を結びつけるコーディネーター役の真似事をつとめることができました。
 はんわし自身が寄与できた分はほとんどないにしろ、経営者のやる気や、行政や商工会議所、商工会のサポートの結果、明らかに一昨年度より昨年のほうが、そして昨年より今年のほうが、地域ビジネスの取り組みは大きなうねりになってきていると感じます。これは、まず一つ念頭に置いておきたいポイントです。

 消費者、特に大きなマーケットである都市部の消費者(都市生活者)に受け入れらる魅力のある「商品づくり(ものづくり)」と、東紀州の豊かな自然、文化、風土を生かした「ストーリー発信(ものがたり)」には不断の努力が必要であり、これには決して終わりはないのでしょうが、さらにステップアップするためには、各市町レベルでのスケールの小さな競争ではなく、東紀州(もしくは紀州でも熊野でもよい)全体での統一的な売込みを図っていかないと、東京や大阪といった一大マーケットへの訴求力を考えるとジリ貧になってしまう可能性があります。

 そこで、喫緊の課題として、東紀州5市町の物産振興の、エリアを越えた広域連携を真剣に考えていかなくてはなりません。もちろん、これは、そのような組織を作る、といった入れ物とか器の話ではなく、経営者同士の(緩やかであっても)連携、連帯によって、統一的な戦略のもとにビジネスを行っていく仕組みづくりのことです。
 ここでは、基本的に行政の出る幕はありません。ビジネスなのですから、カネがからむシビアな世界です。また、そうでなくては広域連携も広域連帯も永久に成就しないでしょう。

 冒頭の話に戻ると、東紀州でいろいろ勉強させてもらった中で、一番印象に残るのは、高知県の事例です。ごっくん馬路村の松崎さんにしろ、四万十ドラマの畦地さんにしろ、たいへんにバイタリティがあるカリスマ的な人物であると同時に、高知県内で勝手連的にどんどん仲間を増やして、ダメ元をいとわないでたくさんのアイデアを集め、試作品を作り、テスト販売してマーケティングしてみる、という努力を不断に仕掛けています。このような地域横断的なアクティブさが、そろそろ東紀州で生まれてきてもいいタイミングのような気がしてならないのです。

 今日見た日経ビジネスオンラインの「高知のおいしいもので作った『高知アイス』、名物からブランドへ」という記事はまことに興味深い、そして、すべての東紀州の経営者に見ていただきたい内容です。
 
 高知県は明らかに地域資源ビジネスの全国競争を一歩リードしています。ここを参考に、東紀州各地で頑張っておられる経営者を、納豆の糸のねばねばのように「東紀州」という地域ブランドで一つにまとめて、一体化して全国に売り出す。そのような仕組みづくりの先頭に走り出す経営者が現れるのは、もう、あと、ほんの少しのところまで迫ってきているのではないかという予感がします。

 ■日経ビジネスオンライン  http://business.nikkeibp.co.jp/
 登録が必要ですが、購読は無料です。東紀州の経営者は(失礼ながら)り業界紙を呼んで勉強しておられる方が意外に少なくて驚かされます。日経MJは必読で、これを読まない人はハナからビジネスなど問題外だと思っていますが、どうしても無理な人はせめて日経ビジネスオンラインは読みましょう。徒手空拳で戦争するのはムリです。
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2009年11月14日土曜日

津松菱の「大北海道物産展」

 津市で唯一のデパートである(そして、津市以南の三重県全体でも唯一のデパートの)津松菱で開催されている北海道物産展に行ってきました。
 ウソかホントかはよくわりませんが、百貨店業界ではこの「北海道展」と「京都展」とが最強の二大催事らしく、集客力が抜群なので全国から引く手あまただそうです。
 松菱の北海道展は決して規模が大きいものではなく、20業者くらいの出展しかなかったのですが、それでも土曜日ということもあってかなりの人手でした。お昼ごろにはラーメン店とカレー店のイートインコーナーは長蛇の列。花畑牧場の生キャラメルといった目玉商品は早々と完売していました。


 東紀州で物産振興に係わった立場からすると、やはり「北海道」という地名はすごいブランドです。売り場にどーんと積み上げてある紅鮭にしろ、数の子にしろ、カニにしろ、ハッキリ言って地下の食品売り場に行けばそれなりのものは入手可能です。しかし、あの場に一同に集合していると雰囲気が盛り上がり、ついつい購入してしまう(値段は決して安くはなかったにもかかわらず)という魅力を持っているようで、実にうらやましい限りです。また、販売業者の方も、自分たちの北海道ブランドの価値をよく理解されており、それを最大限活用するビジネスモデルが確立しているように思えます。

 三重県の地名ブランドについては「伊勢志摩」がAクラスとすると、「東紀州」については、同じ三重県内でも「伊賀」とか「松阪」のような、超有名とまではいかないが、知っている人も全国的には少なくないという、いわばBクラスの地名ブランドに比べても、かなり押し出しは弱く、単体ではなかなか勝負できません。
 これが「紀州」とか「熊野」になると、AとかBクラスになるのですが、これらは三重県ではなく、まず最初に和歌山が強くイメージされる地名ブランドです。また、現実問題として、三重、和歌山、奈良の3県にまたがる広範囲な地域なので、アピールのポイントが絞りにくい面もあるように感じます。

 ちょうど、南三重地域活性化事業推進協議会では名古屋市の藤が丘中央商店街とタイアップして「南三重ふれあい市場」をオープンさせています。これはこれで大きな意味があることですが、やはり本質的には3県でタイアップして、「紀州」「熊野」の統一的なイメージで売り込むことが必要で、そのためには県境を越えた協力体制や運営組織づくりが求められているのではないかと思います。
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2009年11月13日金曜日

三重県熊野沖のフェリー事故

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 今日のはんわし的トップニュースは、三重県熊野市の熊野灘で走行中にフェリーが荷崩れを起こし、沈没寸前となって走行不能となったという事件です。幸いにもけが人はなかったようで何よりです。

 実は今日、職場の人間が尾鷲に出張しており、ちょうどお昼ごろ尾鷲海上保安部の巡視船が帰港してきた時間に尾鷲港の近くお通りかかったらかなりのマスコミの数だったそうです。やはり、尾鷲でもちょっとしたニュースだったようです。



 先日から、3人の方が奇跡的に助かった八丈島近海での漁船遭難事故、関門海峡での自衛艦とコンテナ船の衝突事故など、大きな海難事故が続いています。海に囲まれた日本は、当たり前ですが物流や漁業など、多くの船舶や、海運業、漁業で働く方々によって支えられています。
 あらためて、そのことに感謝したいと思います。
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2009年11月12日木曜日

必殺仕分け人への賛否両論

 国のムダな事業をばっさばっさと斬っていく必殺仕分け人たち。
 久しぶりの派手な政治ショーに、現状に不満がある多数の国民と、それにおもねるマスコミは熱狂し、反対に、少数の醒めた人たちは「あれはしょせん財務省主導だ」とか「人民裁判だ」とかの批判を浴びせています。

 まず前提として、官僚も、政治家も、決して一枚岩の同質的な集団ではないことを理解しておかないと本質は見えません。
 よく、日本の政治は官僚主導だ、などといわれますが、名目的にしろ官僚を支配しているのは国民が選んだ政治家をおいて他にはないので、仮に官僚主導の部分があるとすれば、それを政治家も許容しているのに違いないという推論は容易に成り立ちます。もし本当に政治主導にしようとすれば、政治家はその権限を有しているからです。現実には持ちつ持たれつの関係なので、政治家は官僚に対して権限を行使しないだけなのです。
 また、同じ官僚というくくりではあっても、反目しあい敵対している、「予算をドンドン使って事業をやりたい国土交通省や農林水産省といった事業官庁」と、「財政を切り詰めて収支バランスを取りたい(その結果、国民がどれほど困ったとしても意に介さない)財務省」の代理戦争といった側面があることは否めません。
 それを踏まえて一連の事業仕分けを見直してみると、いろいろな発見があります。

 しかし、はんわしは、それでもやはり今回の事業仕分けは意義はあると感じます。

 1つめは、予算査定という、ともすれば専門的で小難しい議論が白日の下にさらされたこと。
 1事業あたりの審議時間が短いという声も聞きますが、ごく普通の社会常識に従えば、一つの議題(事業)に対して議論の時間が1時間もあれば、それで充分のはずです。
 仮に、民間企業や役所で、重要な議題について関係者で1時間かけて話し合っても論点が出尽くさないようなところがもしあれば、それは出席者が全員アホか、会議が機能不全に陥っているかのどちらかで、いずれにしてもその組織は倒産か崩壊の危機に直面しているに違いありません。

 逆に言うと、事業仕分けが本職であるはずの国会の予算委員会などは、議員が雁首そろえて何日も審議して、いったい何をやっているところなのか、となります。そもそも国会など、数人の有識者で十分なのかもしれません。

 2つ目は、仕分けの結果、廃止とされる事業はたくさん出ていますが、それと同時に「国でやる必要がない事業」として地方への移管とういう結論となった事業も少なくないことです。
 つまり、事業そのものは決してムダではない。ただ、それを全国一律の基準で国がやることは非効率だ、という結論だということです。
 実は、このような事業はものすごくたくさんあります。よく言われるように、本来、国でないとやれない仕事とは、通貨発行、国防、入国審査くらいのもので、あとは基本的に地方自治体で十分に実施は可能(なはず)です。今回のことをきっかけに、いつまでも国任せ、国頼みでなく、自らに必要な事業は自らが取り組むという、地方分権の議論が進むことを強く期待したいと思います。


 

2009年11月11日水曜日

商品ネーミングの前に注意すること

 今から20年近く前、竹下内閣のときに「究極のバブル政策」と今では呼ばれる、ふるさと創生1億円事業というものが実施されました。約3200あった全国の市町村に、国が一律に1億円を交付し、地域の活性化の目的なら、どんな用途に使っても良い、という事業です。
 現実には、この1億円を使って何かの事業をする際、不足する事業費などに充当する起債制度なども作られ、全国各地に公園とか、温泉とか、音楽ホールなどが雨後のタケノコのように建設されたり、金塊を買って住民に触らせる町村があったりして、バブリーなニュースになっていたことをご記憶の方も多いと思います。

 その時に問題になったのが、公共施設のネーミングでした。
 たとえば、「湯~とぴあ」、などというどこにでもあるような、いかにも田舎の役場が好みそうな、センスのない名前が(時にはダミーで「住民公募」のような形をとって)命名されましたが、実はこれ、ある民間企業が商標権を取っており、命名した地方自治体が商標法違反として損害賠償請求されるという事件が複数あったやに聞きます。

 民間企業にとって、商品やサービス、店舗や施設などにつけるネーミングには、その企業の命運がかかっているわけですから、立派な「知的財産」として商標法により保護されます。(特許や実用新案と同様、発案者が特許庁に申請し、認められることが必要ですが。)

 それを知らないか、知っていても軽視して多寡をくくっていた市役所や役場が絶好の餌食になったわけです。知的財産は、このように知らないうちに他人の権利を侵害することがあり、それと同時に、侵害してしまった人が、いわば不意打ちのような形で正当な権利者から権利主張され、思わぬトラブルになることがあるので注意が必要です。

 もちろん、この商標権については、施設や店舗だけでなく、商品やサービスのネーミングでも全く同様の問題が起こる可能性があります。
 今、全国で地域資源活用、農商工連携などの手法で特産品開発や観光資源の開発が行われていますが、はんわしから見ると、あきらかに先行者がすでに商標権を取っていると思われるようなネーミングやロゴで、堂々とプロトタイプを作っている事業者さんがいたりして、びっくりすることがあります。

 反対に、せっかくオリジナルで商標を発案しても、商標権を取っておかないと、後発の他人にパクられ放題ということも起こりえます。

 三重県では、三重県知的所有権センターによる巡回相談などが行われていますが、電子特許図書館の簡易検索でいいので、事前に少しは調べておくことをお勧めします。
 もちろん、実際の商品化に当たっては、弁理士などの専門家からアドバイスをもらうにこしたことはありません。

 ■電子特許図書館  http://www.inpit.go.jp/info/ipdl/service/

 ■三重県知的所有権センター  http://www.mpstpc.pref.mie.jp/tizai/

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2009年11月10日火曜日

‘選択と集中’の神話

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 子母澤寛の「新撰組物語」の中に、近藤勇の小姓を勤め、昭和まで存命だった池田七三郎の聞き書きが収録されています。このとき池田は81歳。ところどころ記憶も薄くなっており、史実と照らして明らかな事実誤認もあるようですが、幕末期の新撰組の様子が生き生きと語られています。

 興味深いのは、剣客ぞろいの新撰組隊士の中でも一二を争う遣い手であった斉藤一(はじめ)から、斬り合いの極意を直接聞いたという場面です。抜粋してみます。

 あなたは刃と刃を合わせた斬り合いをしたことはないそうだが、実際刀を抜き合って、
「さァ来い」
となると、敵が、こう来たからこう避けて、こう斬る、なんてうまい事が出来るもんじゃない、ただ夢中で斬ったり突いたりする、敵がばったり倒れて、はじめて
「まァよかった」
と思うくらいのものである。剣術なんてものは要するに、刀を早く振廻すことさえ知っていればいいので、そういう時は、ただ早いとこ勝負だから。
 天満屋の一件でも、私は、相手のどこをどう斬ったのか突いたのか一切わからない。第一相手が何人くらいいたのかさえわからなかった。

 斉藤ほどの剣の名手でも、血で血を洗う修羅場では、一か八かの度胸勝負だと述べているのです。もっとも、彼は剣道の充分な基礎と才能があってのことでしょうから、誰にでも当てはまる話ではないかもしれませんが。

 この話を思い出したのは、「選択と集中」なる神話が、またぞろ地方政治の場面で鎌首をもたげ、一種の既成事実として蔓延しだしているからです。
 地方財政は厳しい。かつてのように、あれも、これも、と住民が望んでも、それを叶えることは出来ない。これからの時代は、あれか、これか、を住民自身が選ぶ「選択と集中」の時代だ、というわけです。

 もちろん、世の中の森羅万象、どれかには、この選択と集中の考え方が当てはまる場合もあるでしょう。パイが縮小していくのですから、いかに分配に知恵を絞ったとしても取り分は減っていくだけです。思い切って配分方法そのものを見直せば、最適な再分配も構築できるのかもしれません。

 しかし、たとえば、産業政策のように、「これからの成長産業」なるものにターゲットを選択し、投資を集中していく、という方法が21世紀の今、果たして本当に成り立つのでしょうか。
 よく言われることですが、キャッチアップが最大の目標だった貧しい時代は、鉄鋼や造船に資源を傾斜配分する必要がありました。繊維のような軽工業から、石油化学のような重工業に集中していく方法も有効でした。
 しかし、今、将来、この分野が間違いなく成長する、という明確な産業があるでしょうか?
 環境産業? 医療産業? 
 もちろん、可能性はあります。
 しかし、環境も、医療も、産業という括りではエリアが広すぎて、総論としてはともかく、環境の中の具体的にどの分野が有望なのか、どの業種が伸びるのか、ということは誰にもわかりません。
 マーケットもわからないし、研究者もわかりません。ましてや政府や地方自治体が、雑駁な方向性はともかく、この分野が成長する、などと言えるはずがないのです。

 そんな状態で無理に選択と集中すればもし、選択し、集中した分野が失敗したら目も当てられません。
 ましてや行政は失敗の責任を絶対に負いません。
 失敗のツケは、まわりまわって、住民にすべて行ってしまうのです。

 唯一の現実的な方策は、「何が成長分野かは誰にもわからない」という前提で、特定の産業分野や業種・業態に偏るのでなく、いかなる分野であっても、アントレプレナーシップやイノベーションを尊重すること。
 これらの起業家やイノベーターの活動を行政は妨げず、ニュートラルな位置で、スムーズな資金調達や販路開拓を支援すること。
 これに尽きます。当たるも八卦、当たらぬも八卦。現代の成長産業とは所詮はこのように予期せぬ形で生まれてくるので、どれが当たっても迅速に対応できるような支援体制をとっておくことです。
 選択と集中など、絶対にしてはイケナイのです。
 
今こそ、冷静で合理的な議論が、官民の双方から盛り上がってくることを期待したいと思います。
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2009年11月9日月曜日

遷宮と「政府の役割」

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 「お伊勢さんニュース 宇治橋渡始式記念号1」(伊勢神宮式年遷宮広報本部発行)によると、平成17年から平成25年まで続く第62回神宮式年遷宮の総予算額は550億円ということです。
 事業の内容は、もちろん社殿の建て替えや宇治橋の造営などの土木事業が中心だと思われますが、神様に供える装束や神宝をすべて古式どおりに新調する費用や、各種のお祭りやイベントなど数え切れないほどのソフト事業もあります。
 ちなみに伊勢市の平成21年度一般会計当初予算額が409億円ですから、式年遷宮はまさに一大事業だということがわかります。

 憲法による政教分離原則により、当然ですが式年遷宮には政府からの補助金などは出ていません。すべて伊勢神宮の自己財源でまかなわれます。歴史的な沿革を見ると、伊勢神宮は皇室の祖先神として国家の安泰を祈願する場所ですから、原則として天皇など時の権力者が費用を負担していました。明治になってからは国家神道として政府に引き継がれ、これが敗戦時まで続いたのはご承知の通りです。
 そのせいか、日本の伝統的かつ代表的な祭礼に対して、何らの公的支援がない現状はおかしいといった意見を今でも時々耳にします。
 しかし、伊勢神宮は宗教法人として非課税措置を受けており、法人税や事業税、固定資産税などは免除されているはずです。膨大な数の参詣者の志納や、広大な神域での森林経営などを考えると、実質的に国家が一定の支援をしていると言っても差し支えないのではないかと思います。

 これは、いったん国民から集めた税金を、補助金として再分配する形ではなく、もとから税金として徴収しないという、一種の「消極的」な支援策ではありますが、神宮の自主性を重んじ、かつ、民間からの自由な寄付や善意が寄せられやすいという意味では、ある種の望ましい形の一つと言えるのではないでしょうか。

 現在、国も地方も財政難が叫ばれていますが、原点に返って考えてみると、この「伊勢神宮方式」というべきか、つまり、税金という形で半強制的に行政の再分配システムに組み入れないことも、経済の活性化や地域振興に非常に重要なのではないかと思います。
 名古屋市の河村市長ではないですが、市民税を減税する(つまり、再分配政策でなく、もとから税金を取らない)ことは、閉塞している社会をリセットする手法としては世界的にも最もスタンダードで、有効な手法ではないでしょうか。

 河村市長は「まず税金を減税することが先で、減らした分はどの支出をカットするかは後で考えればいい。民間企業は全部そうしている。」という持論のようですが、これは全くこの通りで、カネがないのだから知恵を出そう、というのは、現実にそのように追い込まれないとなかなか本気にならないものです。
 これをアドホックと批判するのは簡単ですが、どの事業を削るか、どの予算を減らすか、をゴタゴタと議論百出で評定しているうちに、財政状況の悪化が致命傷レベルにまで至ってしまう可能性がないとはいえません。

 伊勢神宮は、補助金なんてもらわなくても減税だけで立派にやっています。この発想は、もっと見直されてもいいと思います。

2009年11月8日日曜日

「海のミルク」って何だかヘン

 ここ数日、昼間は初秋に戻ったような暖かさです。しかし、朝夕はずいぶん寒く感じるようになりました。スーパーをのぞいても、白菜や大根といった冬野菜や、鮮魚コーナーではカキなんかが出回るようになり、鍋物の季節到来です。

 今日は昼食にサガミに行ったのですが、季節のカキメニューというのがオススメだそうで、店員さんから渡されたメニューを見ると、出た! カキは海のミルク


 世の中には多数の定型的言い回しがあります。俗に紋切り型表現と言われるものです。お約束表現と言ってもいいでしょう。
 ある特定のシュチュエーションでは必ずこのように表現されるという、条件反射的なマンネリ表現のことです。ちなみに、NHKのニュースで多用されます。

●くやしさに唇をかんでいた。
 悔しい思いではいっぱいあるし、実際に他人が悔しがっている場面にも多く遭遇しましたが、自分で悔しさのあまり唇をかんだことも、かんでいる人を見たことも一度もありません。
●目を丸くしていた。
 同上。
●思い出が走馬灯のようによみがえる。
 よく考えてみると、そもそも走馬灯って何なのでしょうか。幻灯機のことでもなさそうだし、お盆のときの廻り灯篭みたいなものなのでしょうか。
●公共工事は不況へのカンフル剤だ。
 実際に医者に聞いてみてください。カンフル剤って知りませんから。ずいぶん昔、数十年前に使われていた強心作用のある薬剤のようですが、現代は高性能の点滴薬とか人工呼吸装置とかがあるので、紋切り型表現の中だけで生き残っている不思議な薬がカンフル剤らしいです。
 
 以上のような紋切り表現の中でも「カキは海のミルク」というのは断トツで堂々の第一位のズレ方ではないかと思います。
 カキって、生食用の剥き身10粒入りのパックでも400円くらいしませんか? 三重県ブランドの的矢カキとか浦村カキなんかなら700円はします。貝殻つきの、いわゆるセルガキは、もっと高価です。紀北町の特産品、渡利ガキも1箱5ヶ入りで1000円くらいしたはずです。
 一方で、牛乳は物価の優等生です。コールドチェーンのなかった昔ならいざ知らず、今なら1リットルの牛乳でも、普通のものなら200円くらいのはずです。

 栄養価は同じようなものだとしても、はんわしのイメージでは牛乳は安い庶民の飲み物で、カキは高価な大人のごちそう、という感じです。つまり両者には全く何らの関連性も見出せないような気がしていて、子どもの時から「カキは海のミルク」という表現にはずーっと違和感を持っていました。牛乳より、カキのほうがよっぽど高いし、食べるのにも手間がかかる。「ミルクは陸のカキ」、というならまだわかるけど、逆はないだろう、という感じでした。

 よく似た表現に「ピーナッツは畑の牛肉」というものもありますが、まだ、それでも、こちらはほんの少し許せる気がします。(なぜだかは説明できませんが。)
 とにかく、海の近くで育ったはんわしには、ミルクとカキが並列に例えられるというのが、どうしても、どうやっても納得できません。

 サガミでは海老天おろしそばを食べたのですが、季節のカキメニューの「カキ天そば」のことがずっと頭から離れないのでした。ミルクそばとか、食べますか?ふつう。

 

2009年11月7日土曜日

伊那食品工業 塚越会長の講演

 今日は、三重大学などの主催により津市で地域活性化講演会が開催されました。講師は、長野県にある伊那食品工業株式会社の代表取締役会長 塚越寛さんです。伊那食品工業は「かんてんぱぱ」というブランド名で寒天やお菓子の材料など商品がたくさん販売されていますので、そちらの名前のほうが有名かもしれません。

 昨日のリーディング産業展での経営品質セミナーで講師をお願いした万協製薬 松浦社長も、塚越会長の三重来県にはご尽力されたようで、セミナーの来場者にも強く参加を勧めていましたし、実際、塚越さんは、急成長しない代わりにリストラもしない、常に一定のスピードでじわじわと、しかし確実に成長を続けていく「年輪経営」を提唱している卓越した経営者として有名です。
 今日も会場には、ざっと見たところ200名以上の参加者がありました。


 お話は非常に示唆に富む内容で、とてもブログで書き表すことはできませんが、概要を書くと・・・

 伊那食品工業は48期連続で増収増益を続けてきた。しかし、会社が何を目指しているかというと、売り上げの拡大でも収益の増加でもない。会社を取り巻くすべての人々が、日常会話の中で「伊那食品工業はいい会社だ」と言ってくれるような会社を目指している。

 そもそも人間のすべて営みは、一人ひとりが幸福に、より快適に生活できることを目指して始まったはず。すべての経済活動もそうだし、会社経営もそう。しかし、自己保身や私利私欲が出て来て本来の目的をそれてしまうようになってくることが多い。目標を見失わないためには、常に原点に戻って、本来あるべき姿は何なのかを考えることが必要である。

 では、会社の目的とは何か。安定成長することである。ただし、成長とは利益とイコールではない。従業員の雇用を守り、会社がある地域に貢献し続けることである。
 数年前に「寒天ブーム」が起こり、寒天業界はバブル状態になった。しかし、ブームは1年で去り、市場が一挙に萎んだ。ブームはしょせん他力本願。自分の実力ではない。自分の実力で成長し続けることが大事。これを、木が年輪を刻んで成長していくことになぞらえて「年輪経営」と言っている。

 では、どうしたら成長できるか。一つは社員のモチベーションを上げること。社員のやる気を引き出せば、それが最も生産性の向上に役立つ。もう一つは価格競争に巻き込まれないこと。価格以外のファクター、たとえば商品の品質や、会社のイメージなどで勝負しなくてはいけない。

 最近気がかりなのは、日本社会の価値観が混乱し、本来あるべき姿を誰もが見失ってしまっていること。よく「コンプライアンス経営」などといわれるが、法律を守るのは当たり前ではないか。戦後の教育が自由や権利を強調しすぎ、これらと同時に、人には負うべき責任や、果たすべき義務があることを伝えてこなかったことも大きな原因ではなかったか。

 伊那食品工業では、就業前に全社員が工場や事務所、その敷地(非常に広大である)を自ら掃除する。敷地の中にはゴミひとつ、雑草一本生えていない。
 「掃除」こそはすべての気づきの原点である。ぜひ皆さんも気づきのための体験として実践してみてほしい。知識は学校で得られるが、知識は体験と結びついて「知恵」にならないと世の中の役に立たない。これからも知恵を持つ社員をどんどん育てて行きたい。


 というようなお話でした。

 正直言って、やや精神論めいた話もあったのですが、塚越会長は結核で3年間絶対安静の療養生活を送られた体験を持ち、「病室からだと、歩いている人を見ているだけでうらやましかった。健康は失ってみて初めてその価値がわかる。だから、退院して働くようになってからは、働けることがうれしくて仕方がなかった。」と感じていたそうです。
 そして50年ほど前、21歳で伊那食品工業の再建をまかされ、日本を代表するビジョナリーカンパニーに育ててきた方。その方の言葉だけに、説得力、ブレない力強さ、そして温かさを感じました。

 最後の質疑応答で、会場からの質問に面白い答えをされていました。
 日本の製造業がこれから中国やインドに勝つことはほぼできない。日本は「ものづくり大国」から、新興国の富裕層を受け入れる「観光立国」に変わっていくほかない。製造業の企業は研究開発型に転換していく必要があるが、同時に、スイスのように高付加価値でブランド力を背景に高く売っていけるような商品作りが必要である。
 よく勘違いされるが、日本の自動車や家電は世界中に知られている「有名品」ではあるが「ブランド品」ではない。ブランド品とはお客から決して安く値切られることなく、定価で販売できる商品のこと。日本の製造業は真のブランド力を高めていかなくてはいけない。


(文責は、はんわしにあります。)

2009年11月6日金曜日

高校生と中小企業のものづくりシンポジウム

 今日と明日の二日間、四日市市の四日市ドームにおいて「リーディング産業展2009」が開催されます。県内の主要な企業や大学、研究機関などが出展する展示会ですが、会場内では多くのセミナーも同時開催されています。
 その一つではんわしが関わったのが、「高校生と中小企業のものづくりシンポジウム」です。
 ご承知のように世界同時不況の影響で、高校卒業予定者の就職内定率が記録的に低迷しています。三重県は57.7%で全国で一番良い数字なのですが、それでも昨年に比べると14%もの大幅な減少であり、昨年度の卒業生と、今年度の卒業生、就職に関してはまさに天国と地獄ほどの差が生まれていると言っても過言ではありません。

 一方で、高校生たちも就職を考える上で、ともすれば大企業に目が向いてしまいがちであったり、製造業に対しては漠然と3K的なイメージを抱いている場合が多いことから、高校生たちが中小企業の経営者と直接意見交換できる機会を設け、ものづくり中小企業にも関心を向けてもらおうとするのがこのシンポジウムの趣旨です。


経営者側からは
 ・万協製薬株式会社(多気町) 松浦社長  外用薬専門の製薬メーカー
 ・株式会社光機械製作所(津市) 西岡社長  工作機械メーカー
 ・新日本工業株式会社(桑名市) 後藤専務  ファクトリーオートメーション
 の3名に出演をお願いしました。
 また、参加した高校生は、四日市中央工業高校の電気科の1年生40名でした。実はあと二つの高校から合計100名の生徒に参加してもらう予定だったのですが、新型インフルエンザの流行で学年閉鎖などがあり、急遽四中工だけになってしまったのです。
 
 さらに、もう一人、強力な助っ人をお願いしました。高校生たちはこのような場にも慣れていないだろうし、意見交換といっても口ごもってしまうだろうということで、武田経営研究所の武田秀一さんにコーディネーターになっていただいたのです。短時間ではあったのですが、武田さんの司会進行により、結果的にスムーズかつ有意義なシンポジウムになったと思います。

 高校生たちはまだ1年生なので、あまり就職に関して切迫した感じはなかったのですが、「就職にはどんな資格を持っていると有利なのか」とか、「社会人になるのに重要なのはどんな能力か」といった、意外に(?)まじめな質問が多く出されました。
 経営者は3人とも論客ですので、高校生との会話を楽しんでいたようでした。

 はんわしが東紀州観光まちづくり公社にいた昨年度も、東紀州で高校生と経営者の出会いバスツアーを行ないました。自分のことを振り返ってもそうですが、進路を決めるときに相談する大人は、せいぜい親と先生くらいです。それだけの判断で進路を決めてしまうのはいかにももったいない。せっかくなら経営者のような熱いオトナ、頑張っているオトナに会って、話を聞いてからでも遅くない。だからその機会を作ろう、というのが目的でした。
 その時も、生徒、先生、そして経営者のいずれからも好評いただきました。今回も3者にとって有意義であったものと主催者として自負しています。
 もちろん、実際にシンポジウムの準備と段取りをしてくれたのはスタッフです。彼らの裏方の努力に深く感謝したいと思います。
 

2009年11月5日木曜日

「新過疎法」の懲りない人々

 
 三重県大紀町滝原の国道42号沿いに、今は閉館され廃墟となっている「大宮昆虫館」がありました。

 15年ほど前、大紀町に合併する前の旧大宮町が、伊勢神宮の別宮として地元の崇敬を集める瀧原宮の周辺一帯を地域活性化の一大集客ゾーンにしようと、道の駅木つつ木館や、カリヨンフラワーパークなどと併せて建設したものです。
 地元出身で日本有数の昆虫標本コレクターの篤志をいただき、数千点に及ぶ貴重な昆虫標本が寄託され、展示されていました。
 館内は、楽しみながら昆虫を学べる工夫がふんだんにこらされており、昆虫採集教室といったイベントの頻繁に開催されていて、大紀町や大台町などのいわゆる奥伊勢地域において有数の集客数を誇っていました。

 しかし、名物だった女性館長が退職すると(そのせいかどうかは知りませんが)、途端に昆虫館に「勢い」のようなものが感じられなくなりました。何が何でも集客するというサービス精神というか、執念が見られなくなり、何となく「荒れてきた」ような印象を持ちました。これが3年位前のことです。
 そして、今年8月、大宮昆虫館は閉館しました。来場者の減少や、貴重な昆虫標本の維持費用がかさみ町営では耐え切れなくなったためと言われています。

 このことを思い出したのは、懸案だった過疎法の期間延長問題が決着し、「新過疎法」として期限を3年間延長する方針を政府が固めた模様という報道がなされたからです。
 表現は悪いのですが、「懲りない」とはこのことではないかと思います。
 
 過疎法とは、簡単に言えば、基準年に比べて一定割合人口が減少している市町村を国が過疎地域に認定します。すると、過疎市町村が何かの事業を起こそうとする場合 ~例えば道路の建設とか、昆虫館の建設のような~ に、財源を借金するにあたって、大変な優遇措置が受けられるというものです。事業費に対して借金で充当できる割合が高いうえに、利率は低利で償還期間も長い。しかも、市町村が返済する金額のうち一定の金額を、国が交付税でバックしてくれるという、ほとんど国が丸抱えで面倒を見てくれる借金の仕組みです。このほかにも税制の優遇など、いろいろ有利な点があります。

 これは過疎市町村にとっては打ち出の小槌です。自分の持ち金は少ないのに、国のレバレッジによって何倍もの借金が可能になるからです。しかも返済まで肩代わりしてくれるのです。
 全国で、道路や公園や防災施設が作られました。地域活性化の「起爆剤」として集客施設や観光施設もせっせと建設されました。そして、みなさんご承知のように、そのほとんどはうまくいっていません

 株式会社方式のような運営形態だと(第三セクターなどと呼ばれます)財務諸表によって決算状況は明確になります。しかし、市町村が直営していると、特別会計にしている場合は別として、事実上赤字を垂れ流していても、それが数字の上で明らかになることはありません。いまや、このような不良債権は巨額に累積しており、もし洗いざらい明らかになると、全国各地で財政上いかなる緊急事態が起こるか想像もできない状態です。

 これが、すべて過疎法のせいではありません。
 しかし、国が「かわいそうな過疎地域を支援してあげなくては」と善意で考えたとしても、結果的にそれが財政上のモラルハザードを生み出してしまうのです。市町村民にとっては自分が払った税金でなく、東京やどこかの大都会の住民や会社が払った税金なのですから、焼こうが煮ようが過疎地域の勝手だ、と思ってしまいがちです。
 むしろ、過疎地域は都会が発展していくための踏み台にされた、みたいな被害者意識を強く持っています。じゃんじゃん使ってしまえ、となります。ならないはずがありません。

 その結果、死屍累々。
 過疎対策事業で過疎地域から脱出できた地域など今まで本当にあったのでしょうか。成功例は数少ないはずですし、その原因が厳密に検証されることもありません。

 そしてまたぞろ、まったく同じ話を繰り返そうとしているのです。
 過疎地域の方には悪いのですが、落とし穴に落ちるに決まっている道を、どうしてまた選んでしまうのか、そのことが不思議に思えてなりません。


 

2009年11月4日水曜日

トヨタの本当にすごいところ

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 トヨタが今年限りでF1から撤退することが大きなニュースになっています。昨日はブリヂズトンがF1へのタイヤ供給から撤退することが報じられましたから、いよいよ自動車文化の大転換が誰の目にも明らかになってきました。
 もっとも、ヨーロッパの自動車メーカーからはあまり撤退を聞きませんから、よく言われるように馬車から続く四輪文化がヨーロッパには伝統として強く残っており、現在の不況によるコスト削減以上の価値をカーレースに見出しているのが新興の日本メーカーとの違いなのかもしれませんが。

 それはさておき、はんわしがトヨタという会社の底知れぬ実力を垣間見る思いがするのは、まさにこのような「撤退の潔さ」と「決断の早さ」を発揮するときです。
 トヨタにとってF1参戦は長年の悲願であり、富士スピードウェイの改修などの周辺準備も含めて参入には多額の費用と人材が投入されてきたはずです。それを、さっさと見切りをつけて撤退する。これは、是非はともかく驚嘆せざるを得ません。

 振り返って行政の現場を見てみます。
 多くの場合、「お役所仕事」とは大企業病(大組織病)であって、行政という仕事に由来するよりも、組織が大きくなりすぎて部内連携が図れなくなるとか、権限と責任が一致せず非効率が蔓延するということに原因があります。
 しかし、こと「撤退の決断」に関しては、間接民主主義という究極のリスク分散システムで成り立っている行政のガバナンスでは、非常に時間がかかり、迷走し、場合によっては消滅あるいは腰砕けに終わってしまいます。
 これから低成長時代に向かって、行政において「撤退」の業務が大きなウエイトを占めるようになることは間違いありません。
 その時、トヨタのこの決断の素早さはリーダーシップのあり方も含めて大いに参考になるものであるように感じました。
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2009年11月3日火曜日

あらためて「規制緩和」が迫られる!

 今日の朝刊各紙に、三重県松阪市にある大手電機メーカーの子会社である産業用モーター製造工場が来年3月で閉鎖され、製造拠点が中国に集約されることになった、とのニュースが載っています。経済のグローバル化が確実に進む中、このような現象はある程度予測されていたこととはいえ、実際に職を失うこととなる92名の従業員の方のご多幸を祈らずにおられません。(報道によると全員グループ企業内で再雇用する方針とのことですが。)

 70年代から80年代にかけての日本とアメリカの関係とほぼ同じように、低価格を武器にした、いわゆる大量生産型の製造業が、中国やインドなどの国々に対して優位性を保つことはもはや困難になっています。もちろん、大量生産型の製造業が国内から消滅するわけではありません。しかし、国内に残ったとしてもコスト削減は至上命題になるので、結局は人員削減によって固定費を減らす戦略とならざるを得ず、かつてのように地域の製造業企業(工場)が正社員、パートを含めた大量の雇用を生み出すことも考えにくくなります。

 製造業の生き残りのもう一つの方法として、研究開発を進めて他と差別化できる製品や技術を持つことがありますが、このような研究開発型の企業は大量生産型の企業と異なり大きな雇用吸収力はありません。ビジネスモデル(収益を上げる仕組み)は、多品種少量の製品を、発注元の要望に応じてスピーディーに開発し、試作して提供する形になるので、大規模な生産設備を持つことはむしろ足かせとなりかねないからです。

 したがって、「成長戦略」を、国民の雇用が吸収できるような産業分野の進展と定義すると、鳩山首相の所信表明演説にもあったように、研究開発型の先端産業と同時に、「暮らしの安心を支える医療や介護、未来への投資である子育てや教育、地域を支える農業、林業、観光などの分野で、しっかりとした産業を育て、新しい雇用と需要を生み出す」ことが強く意識される必要があります。

 この場合、特に重要になるのは規制緩和です。
 規制は行政が行うものばかりではありません。現実には民民規制と呼ばれるような、既得権者による新規参入者の排除(新規参入者に異常にハードルが高い業界内の申し合わせなど。ホリエモンが一躍有名にしたプロ野球への新規参入障壁などが好例です。)とか競争制限は、あちこちの産業分野で見られ、がんじがらめになっています。
 経産省が数年前に公表した新産業成長戦略でも、国際競争力のある製造業(外需)と、地域資源を活用した産業や農商工連携など(内需)を「成長の双発エンジン」と表現していましたが、現実には農林水産業や、医療・福祉・運輸などのサービス業は行政規制、民民規制で硬直化しており、これを取り払って内需産業に新規参入を増やしたり、新たなビジネスモデルを生み出すことには結果的にほとんど成功しませんでした。

 この期に及んで、医療や介護、子育てや教育、農林・観光業の成長が今まで以上に強く求められることになってきたわけですが、これには切ると血が出るような既得権の再配分(かなりの高い確率で、既得権の消滅)が不可欠になっています。政府はこれに向かって先頭を切って規制緩和に突き進んでいけるのか、また、日和っている地方自治体も本気になるのか、国民も本当に支持するのか、ということが大きな鍵になります。

 さしあたって地方自治体では、現在提供している行政サービスの「市場化テスト」を全面的に拡大することは避けられないでしょう。これによって官業を民間に開放し、新たな市場を作って、そこで産業として育成する(たとえば地域課題解決ビジネスであるコミュニティビジネスのような)という明確なビジョンが必要です。
 よく巷間、世界不況の影響もあってこれから数年後に日本社会は大変化することが避けられない、などとよく言われます。100年に一度の危機だ、ともよく言われました。
 これはお題目ではありません。
 規制緩和は、国内からは良く見えない海外市場でトヨタやソニーが戦っていた「外地での戦争」でなく、自分たち自身も含めた地域の既得権が大変革する「内地での戦争」なのです。

* 経済活動を「戦争」に喩えたことの当否はしばらく措くことにします。

宇治橋に行ってきた

 今朝は全国的に寒かったようです。伊勢もおそらく今年一番の寒さ。
 とは言え、気温は8度くらいだし、息も白くならない、北国や雪国の人から見たらチョロイ程度の寒さに過ぎないのでしょうが。

 今日は伊勢神宮内宮(ないくう)の宇治橋の架け替え工事が竣工し、渡始式が行なわれます。
 20年に一度の式年遷宮における一大イベントでもあり、本番には多数の参詣者や観光客が押し寄せて大混雑になるのは確実なので、人が少ない朝一番にちらっと様子を見てきました。

 ちょうど太陽が昇ってきて、いい具合に写真が撮れました。(ベストのシーズンは、宇治橋鳥居の中央から陽が昇ってくる冬至の日です。)


 そしたらすでに人がいるわいるわ。
 朝から行事がびっしりと行なわれるようで、礼服やスーツを着込んだ人がたくさん記念撮影しているわ歩き回るわ、神職や神宮の職員が忙しそうに立ち働くわで、ただならない雰囲気が漂っていました。
 架け替えられた宇治橋は朝日を浴びてピカピカで、そばに寄るとヒノキの香りがします。




 もちろん、この写真を撮影した時点ではまだ渡ることはできません。
 この後の神事で、矢印の、まだ白布がかかった欄干に、万度麻(まんどぬさ)とともに擬宝珠(ぎぼし。和風の橋によくある栗饅頭みたいなもの)が取り付けられ、完全な完成となります。

 

 伊勢市内はこのあと、かなり交通規制もされるようですので、お参りされる方はお気をつけてお越し下さい。

 ■伊勢神宮 式年遷宮広報本部 公式ホームページ http://www.sengu.info/index.html

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2009年11月2日月曜日

たばこ増税はやむを得ない

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 少なくともはんわしが高校生ぐらいのときから、世界先進国の水準に比べて日本のタバコの販売価格は安すぎる、というような議論があったと記憶します。

 思い起こしてみると、そのころはタバコを吸っている高校生をよく見かけました。はんわしは電車通学だったので、伊勢市内の高校に遠距離通学している志摩郡とか度会のどっかの田舎出身の学生が、乗り換え時間(地方の公共交通機関のことで本数が大変少なく、一本乗り遅れると1時間待たなくてはならないことなどザラなので)に駅のホームやらバス停やらで吸っているのは日常茶飯事でした。おそらく、田舎のほうは親も大らかだったのだと思います。

 あれから30年、学校で禁煙教育が徹底されているせいもあって、今は駅で不良高校性がタバコを吸っていることなどほとんど見かけません。一般喫煙者のポイ捨てなどもすごく少なくなり、マナーの向上と、何より健康問題などで喫煙者自体が減っていることを実感します。

 そして、昨日、長妻厚生労働大臣がテレビ番組の中で、厚労省が来年度の税制改正要望で増税を盛り込んでいるたばこ税について「健康の問題もあり、欧州並みの金額にする必要がある」と述べ、増税の必要性を改めて強調したそうです。(Yahoo!ニュースによる)
 大臣自身は「健康の問題もあるので」という趣旨だったようですが、このほか、当然に厳しい国の財政状況をたばこ税の増税で多少なりとも改善させたいという意図もあるはずです。肺がん患者の減少などで医療費が抑制されるという効果もあるでしょう。
 
 世間でも賛成反対いろいろ意見はあるようですが、基本的に1箱1000円程度にするのは世界の趨勢から見てもやむを得ないのではないでしょうか。
 ヤフーの特集ページには、これに関するさまざまなリンクが張られていて、ひとつひとつ見ていくと色々勉強になるのですが、タバコ農家やタバコ販売業者の組合などの利害関係者が反対するのは当然だとしても、京大大学院経済学研究科の依田教授による「たばこ1000円の経済学 税収の大幅な増加には疑問」というレポートは興味深いものです。
 これによると、仮にたばこが一箱1000円になった場合、喫煙者全体の97%は禁煙をしようと考えるそうです。ただし、そう考えても実際に成功する意志の強い人は54%程度なので、仮にその禁煙者の割合のまま1000円になると、たばこ税の税収は2.8兆円の増税になると試算されます。くわしくはこちら(PDFファイルです)を。

 ただ、タスポのときも、導入によって実際に禁煙した人は意外に少ないようなので、喫煙者の7割は事実上のニコチン依存症である現状を見ると、1000円だろうが2000円だろうが喫煙者は払い続ける(払い続けざるを得ない)ことにはなるのではないかと思います。
 一種の弱みに付け込むやり方ですが、もうそろそろ「禁煙社会」の確立に向けて、国も断固とした姿勢を示すべきではないかと思います。