2011年8月30日火曜日

MIE(みえ)起業道場が受講生を募集


 経済活性化には「イノベーション」が最も重要な役割を果たすことは、ほぼ関係者のコンセンサスになっていると思います。
 いうまでもなくイノベーションとは「技術革新」や「技術進歩」のことではありません。
 技術も一つの重要な要素には違いありませんが、新しい商品やサービス、市場や顧客を組み合わせて、まったく新しいビジネスの仕組みを創造していくことです。

 たとえば、YouTubeの動画はフラッシュと言われる技術であり、決して新規性のある動画技術ではありません。そうではなく、誰もが自由に自分で撮影した動画を投稿でき、共有でき、感想をコメントしあうことができるというビジネスモデルを作ったことがイノベーティブなのです。
 ものづくり神話にこだわり、いつまでも技術オリエンテッドな発想しか生まれない日本が世界的なイノベーションを生み出すことができないのも(残念なこととはいえ)、当然と言えば当然かもしれません。

 では、どうすればイノベーションは生まれるのか?

 一つの定説は「競争がイノベーションを促進する」ということです。起業や創業による新規参入が容易であればあるほど、既存の企業も生き残りのために必死で知恵を絞るようになります。
 イノベーションのきっかけは、多くの場合「ビジネス・インサイト」と呼ばれる暗黙知でもって現象の本質をとらえ、そこからビジネスのヒントを得たり、ビジネスモデルを肉付けしていくという連続的思考です。
 このことからも、新規創業や第2創業が非常に重要であること、そして、これらにチャレンジしやすい風土や環境をその地域が有していることが本質的に重要であることがわかります。

 しかし、これを実行に移す作業は、地味で、時間がかかります。何より、プレーヤーとなる起業家精神を持った起業家や経営者がたくさん生まれてこなくてはいけません。
 
 そのための取り組みの一つが、三重県が三重大学や百五経済研究所とタッグを組んで実施するMIE起業道場です。
 ホームページを見ると「入門生募集」などと物々しいのですが、要は創業や新事業展開(第2創業)に向けたビジネススキルや人脈づくりの講座だと言っていいようです。
 もっとも講座内容をよく見ると、商工会議所や商工会が行っている創業塾とは一味違っていて、ビジネスプランの作成実習と、それをもとにした徹底的な討論によるブラッシュアップがメインになっています。 
 その意味では、新規創業者以外に、2世として経営を引き継ぐ予定である若手後継者を鍛え上げるにもいい企画のような気がします。

 繰り返しますが、いくら政治家や行政機関が経済活性化を唱えても、経営者がおり、企業がなくてはビジネスは成り立ちません。

 地域経済活性化に関心がある方は、ぜひ身近にいる経営者や起業希望者に声をかけてください。そして一人でも多くの人がMIE起業道場で鍛えられるようにご協力ください。
 これが間違いなく、三重県の経済活性化につながります。このことは断言できます。

■MIE起業道場(三重県ホームページ)
  http://www.pref.mie.lg.jp/TOPICS/2011080393.htm

2011年8月29日月曜日

野田佳彦民主党新代表の発言要録

 次期首相への就任が確実な野田財務大臣。
 民主党代表選ではどのような発言をし、公約をしていたのでしょうか。
 
 まず、8月26日に日本記者クラブで行なわれた共同記者会見での発言要旨を毎日JPで見てみます。

◇成長と財政再建の両立--野田佳彦財務相
 原発問題と震災からの復旧・復興は言うまでもない。
 一番やらなければいけないことは(経済)成長と財政再建の両立だ。成長を考える上で一番の懸案 は円高だ。
 昨年9月、今年3月、8月4日、3回の市場介入を行った。これからも過度な変動など投機的な動きがある時は断固たる措置を取りたい。
 予備費の活 用、第3次補正予算など間断なく対策を講じていかなければ、次の成長戦略を語れない。
 一方で財政にも注意深い対応が必要だ。イギリスのエコノミスト誌が 「日本化する欧米」というびっくりする表題で、先送りしてきた政治を訴えていた。世界の目に気をつけながら、経済と財政の両立を図っていくことが基本的な 姿勢だ。

◇震災・原発対応
 --震災復興で何を重点に取り組むか。
 11年度第3次補正予算案を早急に作ることが、本格的な復興の第一歩。特区や一括交付金を大いに活用すべきだ。被災地で一番大事なのは雇用。雇用を作り出す制度設計をすべきだ。
 --原発事故への対応をどう考えるか。
 しっかりと賠償に万全を期す。除染については1次、2次補正で多少の手当てをしているが、それでも足りない。3次補正以降の予算措置にもしっかり対応したい。原発の冷温停止、廃炉に向けて国がしっかりイニシアチブをとり、工程を早める。
 --復興財源の確保はどうするか。
 (復興債の)償還の道筋を明らかにすることは与野党合意であり、その考え方から逸脱した話はできない。歳出削減など税制に頼らない部分でどれくらい確保できるか、その後はきちんと時限的な税制措置を取らざるを得ない。将来世代に先送りしないで、今生きている世代で負担を分かち合うことが基本方針だ。

◇経済政策
 --円高や株安への対応策は。
 企業への立地補助金や中小企業の金融支援など、あらゆる政策を間断なく実施する。予備費や3次補正の経済対策にして入れてもいい。日銀とは連携して対応しているが、政府はああしろ、こうしろとは言えない。金融政策を通じて日本経済を下支えするのは日銀だ。問題意識を共有するための情報交換は、しっかりやっていきたい。

◇税と社会保障
 --税と社会保障の一体改革では、将来の消費税率の引き上げが盛り込まれている。
 一体改革はどの政権も避けて通れない。まずやるべきは行政改革。加えて成長分野に投資して税収を上げることもやらなければならないが、歳入改革は避けて通れない。成案通りに環境整備を実現することが大事。苦しいが、国民に説明する政治を行うのが政権与党の役割だ。
 --首相任期中に消費税引き上げを法案化する意思はあるか。
 政府・与党案では来年の通常国会に法案を提出することになっている。これを守ることが責任ある態度だ。野党もその構えで待っているはずだ。

◇外交・安保
 --中国との向き合い方は。
 中国を含め、アジアとの関係はお互いにメリットのある関係でいくべきだ。ただ近隣の国の中では、経済成長とナショナリズムを求心力にしている傾向がある。指導層が代わる変革期に、ナショナリズムをあおるためにちょっかいを出される可能性もある。シミュレーションはしっかりしないといけない。

 次に、8月28日の代表選直前の民主両院議員総会での演説を、日経WEBから。
〈野田佳彦財務相〉
 政治に必要なのは夢、志、矜持、人情、血の通った政治だ。一人一人を大切にする政治をやり遂げたい。
 日本の宝の中小企業が円高、デフレで苦しんでいる。経済対策を講じるよう全力を尽くす。「国民の生活が第一」の方向性は間違っていない。行政刷新担当相を専任にして事業仕分けを進める。議員定数や公務員人件費の削減に全力で取り組み、それでも財源が足りない場合は国民に負担をお願いするかもしれない。
 好きな詩にドジョウが金魚のまねをしても仕方ないというのがある。ルックスはこうなので支持率は上がらないかもしれない。だから衆院解散はしない。ドジョウらしく泥臭く政治を前進させる。重い困難を背負って立つ覚悟だ。

 以上です。よく記憶しておきましょう。

 財務省の組織内候補などと悪口が叩かれる野田さんですが、発言を見ると財政再建にも留意しつつも、円高対策や成長戦略などといった効果の不明確な施策も行うようです。
 美名に名を借りたバラマキはただちにやめ、一刻も早くGDPの1.7倍にもなろうという天文学的な財政赤字を一刻も早く解消すべく、財政再建への道筋を示してほしいものです。
 子孫にわが祖国・日本を残すためにも。

2011年8月28日日曜日

三重県が「地域思いビジネス」事業者を募集中

 三重県では、「地域思いビジネス発表会」の開催にあたって、発表事業者とサポーターを募集しているとのことです。
 同県のホームページによれば
・「地域思いビジネス」とは、地域の課題解決などに取り組む社会性と、事業の自立・継続性確保のための収益性を兼ね備えた、地域のNPO や企業等による、地域を良くしたいという思いに基づくビジネスの取組
 
とのことです。
 おそらく具体的には、いわゆる「コミュニティビジネス」とか「ソーシャルビジネス」と呼ばれる、社会課題の解決をビジネスの手法で行う事業活動がメインになるのでしょう。(しかし、この地域思いビジネスの定義はあいまいな部分があるので、医療法人や社会福祉法人、学校法人など広義の非営利活動はどうなるのかとか、企業のCSR活動はどうなるのか、のような疑問も生じます。これは余談。)

 今、円高がきっかけとなって「産業空洞化」なる議論がある種の立場の人々から出ています。
 これは、今まで多くの雇用を吸収してきた製造業が海外に移転して国内雇用が減少することなどを危惧するものです。
 しかし、すでに我が国では第1次産業や第2次産業の少なくない現場で人材の空洞化、つまり非正規労働者依存や外国人労働者依存は完全に浸透・定着しておりは、その意味ですでに産業空洞化は完了しています。

 今の若い人が就きたいと考えている仕事は、金銭的な達成感よりも、社会のためになる、地域のためになる、という社会的使命の充足感がある仕事です。これは特に経営センスや事業センスがある優秀な人ほどそうであるような気がします。
 ここ数年で、NPOなど非営利セクターに就職したいとか、コミュニティビジネスに従事したいと希望する優秀な若者は目に見えて増加してくるでしょう。(なので、建設業、製造業などの人材難は残念ですが今後ますます進むことも確実です。)

 ただ問題なのは、先日のブログにも書いたような情報量の不足です。
 学生や若い就業希望者に、三重県内にはどのようなコミュニティビジネス事業者があって、どんな活動をしているか、どんな人が経営者か、また、今後どのような事業展望を持っているのか、といったようなエントリー情報が決定的に不足しており、門を叩こうにも、門がどこにあるかさえよく見えないという事実があることです。

 したがって、今回、県が「地域思い」という切り口でもって、事業者を公募し、優秀な者を顕彰しようというのは実に有意義なことだと言えます。
 また、地域思いビジネスの事業者だけでなく、地域思いビジネスサポーターを募集しているというのも、PRを重視しているという意味でいい着眼点だと思います。

 同時に、三重県はコミュニティビジネスを広い意味での公の機能を担う重要なパートナーと位置付けていることや、これからの経済を支える内需型サービス産業の一つのかたちとしてもコミュニティビジネスが重視されるべきものであるというスタンスも、より明確に情報発信すべきではないでしょうか。

■「地域思いビジネス発表会」開催にあたり、発表事業者とサポーターを募集します。
  三重県ホームページ リンクはこちら

■ 三重のCB 
 http://hanwashi.blogspot.com/2011/02/blog-post_16.html

2011年8月27日土曜日

PLUG,The New World

 今、いろいろな場で話題になっている日産の新キャラクター PLUGくん のアニメーションがYouTubeにアップされています。
 12分近くの大作ですが、なかなか面白いのです。
 それもそのはずで、この作品はコマ撮りアニメーションの世界的作家であり、NHKのどーも君の作者としても有名な、合田経郎氏の作品だそうです。



 次世代自動車の本命とされながら、まだ本格的なブームとはなっていない電気自動車ですが、このアニメのような洗練されたプロモーションによって消費者に新しい電気エネルギーのコミュニティを予感させることで普及を図ってい作戦なのでしょうか? まあ、あまりいぶかるのは止しにしましょう。

2011年8月25日木曜日

島田紳助氏と「組織の危ない症候群」

 人気司会者である島田紳助さんの芸能界引退が大きく伝えられました。わしは書画文物を愛する文化人なので「開運!なんでも鑑定団」をよく見るのですが、確かに紳助さんの話術とか仕切りは見事だなあと思うことがよくあります。

 一方で、おバカキャラで一大ブームを巻き起こしたクイズ番組とか、タレント弁護士を輩出させた法律?番組なんかは、人を見下した言動や態度が多く、もちろん面白おかしい演出ではあるのでしょうが、なんだか見ているのも不愉快に感じることもあったので、次第に見なくなってしまっていました。

 何より異様だったのは、小田嶋隆氏も言うように、共演している若手の芸能人(ひな壇芸人というそうです)が異様なまでに紳助さんに気を使い、平伏し、おべっかを使っているその様子でした。こういうのもシャレを超えていて嫌な感じしかしませんでした。まあ、わしもトシなのかもしれませんが。

 芸能界はほぼ実力社会なので成功者は絶対の存在、その他有象無象のタレントなど雑魚のようなものです。
 歴史とは常に勝者の歴史であり、勝者にとって不都合な真実はどんどん消され、神話が捏造されていきます。
 戦後最大のスターと言われ、昭和の終わりと共に亡くなった女性歌手は、今でも回顧番組が年に何回も放映されているほどの人気で、その見事な歌唱は戦後の社会世相も反映されて往時のファンの心を揺さぶっています。
 しかし、彼女とその母親が広域暴力団の組長と親密であり、関西に地盤を置くその暴力団の「表の顔」としての芸能興業によって東京進出の一翼を担ったことは、これらの番組では決して語られません。
 実弟が暴力団員で、傷害など何度もの逮捕歴があり、それゆえ彼女も市民ホールなどの公共施設の使用を軒並み断られ、NHKにも出演できなかった一時期があることもほとんど触れられることはありません。
 戦後の苦しい時代、みなが貧しかった。ふびんな弟を家族愛で守り抜いた。
 ある回顧番組では、そんなトンチンカンな美談にすり替えられていたので驚いた記憶があります。

 しかし紳助さんにしろ国民的歌手にしろ、問題の本質は言うまでもなく、健全な批判精神を失い、あるいは市民常識をなくして、視聴率至上主義、美談主義に陥ってしまうマスメディアです。
 人気があることは芸能界最大の勲章です。視聴率を稼げ、ひいてはビッグマネーをもたらすスターだからです。
 しかしそれゆえに小悪を見過ごし、横紙破りも大目に見ていたというなら、テレビ局や芸能会社という組織の「危ない症候群」だったということでしょう。

 紳助さんの「黒い交際」は一部では有名だったそうなので、マネージメント会社もリスク管理の観点から見切ったということかと思います。その意味では、まだ自浄作用はあるのかもしれません。 

2011年8月24日水曜日

田舎に戻る3パターン

 今月は、いわゆる「Uターン」とか「Iターン」について、三重県出身で他の地域で就職している方や、学生の方などとお話をする機会がいくつかありました。

 はんわしが思うに、田舎に戻ってくる(Iターン含む)には3つのパターンがあります。

その1 親の仕事を継いだ
 農家だったり、サービス業だったり、商店だったり、工場だったり、仕事は様々です。
 親が体調を崩したとか、子供を伸び伸びと育てたい、というようなきっかけがあって、見習いや専務や、とにかくいろいろな肩書で戻ってくるパターンです。
 当然ですが、このケースではIターンはほとんどありません。

その2 田舎で新たな就職先を見つけた
 「工場誘致」によって新たな雇用が生まれたとか、地元の会社が新事業を起こすので人を探していたなどのパターンです。
 これはIターンもアリで、尾鷲市のように漁師の後継者確保育成を事業として取り組んだ結果、その土地に特に縁故もなかったけど、こっちで就職した(漁師になった)ケースなんかもあります。
 最大の問題は、求人情報が都市部のようにリクナビといったメディアに流れることがほとんどなく、せっかく求人していても地域外ではなかなかそれを知りえないことです。

その3 起業した
 ICT企業を立ち上げた、熊野古道のプロガイドになった、干物屋を始めた、など、自ら経営者となって自分で働く場を作ったパターンです。
 この場合、地元出身であることが有利ではありますが、経営理念、経営計画、ビジネスモデル、商材がはっきりしており、最低限の資金があって、かつ田舎で最も大事な「人脈」が築きあげられる人なら、地域外の出身者でもそこそこ成功しているケースが多いようです。

 この3つのうち、雇用開拓の王道なのは長らく行政による「企業誘致」でした。
 しかし、田舎は都市部に比べて相対的に低賃金で済むが、その分、濃密なソーシャルキャピタルによって賃金格差を埋め合わせられる、というモデルは、田舎においてもコミュニティが弱体化している中で成り立ちにくくなっています。
 そもそも企業立地はグローバル競争になっているので、国内に(しかも田舎に)立地する優位性も、産廃施設など特殊なものを除いて成り立ちません。

 なので、最も順当なのは、起業や創業の促進です。
 これらは企業立地に比べて予算は少なくて済みますが、一方で創業希望者をハンズオン支援する伴走者と、ビジネスが軌道に乗るための一定の時間が必要です。

 最近は地方自治体も成果主義になって近視眼的な政策しか打てず、しかも「予算至上主義」は変わらないので予算が少額でインパクトが出しにくいソフト事業は政策化しにくくなっています。
 現実的には、無力な行政に代わるのが、企業、大学、金融機関など民間の起業支援アライアンスになるでしょう。
 これをどう構築するか、いかに早く構築するかが、今後2~3年の地域振興の課題になってくると思います。

2011年8月23日火曜日

一期一会のすっぽこジュース

 先週熊野市へ行ったときに大人買いしてきた地域産品の一つです。

 東紀州にはサマーフレッシュという素敵な名前のミカンがあるのですが、その100%ジュースで、すっぽこジュースと命名されています。
 熊野市木本町にある紀南ツアーデザインセンターで販売されていました。

 正直言ってネーミングはイマイチです。
 わしはサマーフレッシュのことを知っていたので手に取ってみましたが、知らない人ならおそらく「何これ?」という感じで見過ごされたでしょう。
 また、まるでイモ版のような素朴なラベルも好き嫌いあるでしょう。

 肝心の味ですが、サマーフレッシュのさわやかな酸味と甘味、そして独特の苦みがあって大変おいしかったです。
 確か一本400円くらい?したような気がしましたが、豊かなコクと香りが楽しめ、決して高くはありません。味も濃厚なので、炭酸水で割ったり、焼酎で割ったりでもOKだと思います。

 ただ、例によってインターネットで調べても、これほど美味しい、そして東紀州特産の柑橘を使った商品でありながら、ほぼ情報が皆無なのは返す返す残念です。作っている農家は(ビンに貼ってあるラベルによると)三重県御浜町の市川さん(市川農園)という方のようなのですが。
 おそらくもう二度と、このジュースと出会うことはできないのかもしれません。

2011年8月22日月曜日

奈良県はやる! せんとくん商品券

 近鉄電車に「せんとくんプレミアム商品券」の大きな広告が載っていました。
 せんとくんが225億円以上の経済波及効果を生み出したキャラクターなのは以前もこのブログに書きましたが、平城京遷都1300年のイベントが終わった後も、まだまだ活躍しているようです。

 せんとくんプレミアム商品券は奈良県が発行するもので、発行総額は34億5千万円。1冊は15%のプレミアムがついて11,500円。これが総数30万冊発行されます。
 使用は奈良県内だけに限られるとはいえ非常にお得なので購入は抽選制で、予約受付は9月1日(木)~9月30日(金)となっています。くわしくはこちらを。

 奈良県、特に人口が集中する県北部は完全に京阪神の通勤圏内であり、購買客も特に買回り品についてはかなりの数が大阪や京都に流出していると思われます。
 このような中で、消費による需要喚起策は一定の効果はあるのではないかと思います。

 昨年は大阪府は「ぎょうさん買(こ)うたろう商品券」福井県も商品券を発行していますが、本当のところ経済効果はどれくらいあったのでしょうか?

2011年8月20日土曜日

地域仕事づくりチャレンジ大賞東海大会

 岐阜市のNPO法人G-netが主催する「地域協働型インターンシップ事例報告会 チャレンジフォーラム」に行ってきました。

 地域仕事づくりチャレンジ大賞の東海予選として、東海三県で長期インターンシップを行った学生のプレゼンテーションがあったのですが、わしは大幅に遅刻しての途中参加だったので、三重県と東紀州観光まちづくり公社が取り組んでいる東紀州長期インターンシップ事業で、尾鷲市の夢古道おわせへ長期インターンした平井さんのプレゼンの、最後のほうだけちょろっと聞くことができました。
 全部で5人のプレゼンがあり、最優秀賞は岐阜県大垣市の大橋量器にインターンした学生さんが獲得しました。来月はチャレンジ大賞の全国大会なので、ぜひ頑張っていただきたいと思います。

 残念ながらわが平井さんは選外でしたが、彼女も手がけた100のありがとう風呂は、夢古道おわせから全国の温泉施設、温浴施設に波及しつつあり、温浴業界でのイノベーションになっています。
 その意味では彼女自身の成長も含め、大きな意義があったことが大変よく伝わってきました。

 チャレンジフォーラムの第二部は、小樽市職員、さらに内閣府と農水省で大臣官房企画官を経て現在地域活性学会理事をしておられる木村俊昭さんと、一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンス代表理事の木下斉さんによる「エコノミックガーデニングが地域を変える!!」と銘打ったパネルディスカッションでした。
 進行役はNPO法人アスクネットの毛受芳高さん。
 この3名の取り合わせは、おそらく行政主催のイベントでは絶対に実現しないパターンだと思います。

 ディスカッションのキーワードの一つが「部分最適から全体最適へ」というものでした。
 たとえば商店街活性化対策なら、目先の空き店舗対策としてテナントを探してくる、補助金を出す、といった対策では何ら根本的な解決にならない。それは部分最適だからです。
 問題の本質はそこではなく、「商店街の顧客は誰で、どれくらいの人数や購買力があり、商店街に何を望んでいるか。また、商店街で完結する業種は何で、不足しているテナントは何か。そのためにどのようなテナントミックスが望ましいのか。」というすべての問題を全体最適させることです。

 その全体最適を実現するにはどうすればよいのか。
 スケジュールの都合でディスカッションの時間が短めだったためもあってやや不完全燃焼ではあったのですが、貴重なヒントをいただくことができました。

2011年8月19日金曜日

産業空洞化とは?

 先日の「海外展開という悪夢」にいただいたコメントのように、「産業空洞化」という言葉の意味は、実はわかりにくいところがあります。
 
 平成14年度の経済財政白書には、「産業空洞化」懸念をどう捉えるか という章があるのですが、これによると産業空洞化の懸念とは以下のようなものです。

 具体的には「我が国の製造業の国際競争力が失われているのではないか」との認識を背景に、
①製造業が中国からの輸入急増の打撃を受けて縮小し、貿易・サービス収支が赤字化してしまうのではないか
②製造業が縮小することにより、雇用の受け皿がなくなってしまうのではないか
③これまで経済成長をけん引してきた製造業が縮小することによって、今後の経済成長の基盤が失われてしまうのではないか
 といった懸念をさしている。

 つまり、貿易収支の悪化、国内雇用の減少、経済成長の鈍化の3つが「産業空洞化」と呼ばれるものの主な要素です。

 これについて経済財政白書は、製造業のモジュール化を背景にした工程間の国際分業が進む中、対中国貿易においても部品などの中間財や資本財は日本から中国に輸出され、製品が反対に中国から日本へ輸出される構造になっている。つまり、中国からの輸入が増加することで、日本からの輸出も増加する関係になっていると説明します。
 なので日本にとっての問題の本質は、国際分業構造が大きく変化しつつある中、この変化に速やかに対応できる経済構造を早く確立する必要があるということです。

 また白書は、貿易・サービス収支が赤字化しても日本の所得収支は大幅な黒字であり、今後も所得収支のウエイトが高まっていくと予想した上で、このことは国際収支発展段階説における「未成熟の債権国」から「成熟した債権国」への変化であると説明します。 

 一方で、わしらのような地方にとって深刻なのは、労働集約型の工場が撤退してしまうことで雇用の受け皿が少なくなることです。
 これについて白書は、名目GDPでは製造業の生産や就業者は漸減傾向でありサービス産業など非製造業への転換が進んでいるものの、実質GDPで見るとそれほどシェアは低下していないことを指摘します。
 その理由は工業製品の相対価格の低下と、製造業の労働生産性が他産業に比べて高いことです。さらに製造業は厳しい国際競争にさらされ効率性を高めるインセンティブが非製造業に比べて高いことも一因です。
 しかし、サービス業など非製造業へのニーズが高まっていることは確かなので、日本の問題は非製造業の生産性をいかに高めるかということです。

 80年代のアメリカで顕著だった「経済サービス化」とは、輸入と競合して職を失った製造業の労働者がサービス業に移り、それによって労働は供給過剰になり、賃金が下がること(そのことによって企業は生き延びること)でした。
 日本でも、これからの成長分野と期待される環境やエネルギー、ICT産業は雇用吸収力が小さいので、労働集約型製造業の労働者は、産業構造の変化に伴う調整局面において、賃金が低いサービス業で働くか、雇用形態の不安定な派遣労働者等として製造業で働き続けるかのトレードオフは生まれてくるかもしれません。

2011年8月18日木曜日

神島ノート

 真夏のある日、神島に行く機会がありました。
 三重県鳥羽市に属し、伊勢湾の入り口にある神島は、鳥羽港から一日3往復の定期船が出ています。16kmの距離を40分ほどで結びます。


 次第に神島に近づくと、意外なほどの小ささに驚きます。
 急峻な斜面に家々がへばりつくように建ち並んでいます。


 以前、神島に来たときは小さな船でかなり揺れた記憶がありますが、数年前から双胴式の高速船が就航しており、快適に船旅が楽しめます。
 神島の船着き場は広々としており、郵便局や公衆トイレ、自動販売機、特産品の販売施設などがあるちょっとした「繁華街」です。
 神島散策はここからスタートです。地図は乗船地の鳥羽マリンターミナルか、この神島船着き場でもらうことができます。



 歩いて5分ほどの八代神社。ここから200段以上の石段を登ると本殿があります。


 八代神社から遊歩道をぶらぶらと20分ほど歩くと神島灯台に着きます。
 途中、対岸の伊良湖岬が眼下に広がり、無数の小さな漁船が波に揺られながら操業しているのが見えます。
 伊良湖水道をタンカーやLNG船、石鹼箱のように真四角な自動車運搬船などの超大型船がたくさん行き交っており、その意味では、神島は絶海の孤島という感じではなく、海上交通の要所のど真ん中にあることがよくわかります。

 灯台に行くと猫が一匹昼寝をしていました。
 ここは「恋人の聖地」だそうで、デザイナー桂由美さんのサインが入ったキンピカの銘盤が埋め込まれています。


 三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台となった監的廠(かんてきしょう)です。
 周囲はうっそうとした林で、ひたすら青い海と空が望める静かな場所。蝉しぐれしか聞こえません。
 戦時中の建物なのでもはや廃墟に近くなっており、この夏から周囲は立ち入り禁止になっています。


 船着き場 → 八代神社 → 神島灯台 → 監的廠 → ニワ浜 → 船着き場 と一周するコースは、途中で道草食いながら、かなりゆっくり歩いても2時間ほどで歩き終えてしまいます。


 わしは朝7時40分鳥羽佐田浜港(鳥羽マリンターミナル)発の船に乗り、8時20分に神島着。
 ぶらぶら歩き出して、10時30分ごろには一周して船着き場に戻ってきてしまったので、再び八代神社まで行き、ぼーっと海の景色を眺め、飽きたらもう一度船着き場へ下りてきて、そこで名産の「蛸めし」を食べて時間を潰しつつ11時35分神島発の船で戻ってきました。
 こんな感じで、のんびりするにはいい場所です。
 遊歩道も完備されていますが、さすがにハイヒールは無理です。また、途中にトイレとか自販機はないので、その点はご注意を。

 ■鳥羽市営定期船 http://www.city.toba.mie.jp/teikisen-kanri/unkou.html 

2011年8月17日水曜日

海外展開という悪夢

 最近、はんわしの評論家気取りの毎日の記事が長すぎて読むのが大変というご意見(クレーム?)をちょくちょくいただきます。
 なので今日は短めに。

 最近の円高が決定打となって企業の海外展開が止まりません。これはひとくくりに「産業空洞化」などという不思議な表現がされますが、必ずしも悪いことではもちろんありません。
 為替相場は世界経済のバランスで成り立っているので、大震災にも負けず貿易黒字を生んでいる凄い国、日本の通貨が高いからと言って、同情してくれる国など世界にありません。
 そうではなくて、輸出型の製造業が経済成長を一手に引き受けすぎていた(=選択と集中が過度に及んでいた)日本経済の産業構造を転換する潮時が今なのです。

 さて、中小企業支援業界では「中小企業も海外展開することが必要だ」という声がかまびすしくなっています。
 国内市場は成熟化し、規模の縮小と共に消費者の欲求もモノからサービスに移っているので、これに対応が難しい業態は海外の成長機会を取り込むことが生き残りのカギなのは確かです。

 しかし、先日のブログでも書いたように、日本人の安直志向というか、低き所に流れる民族性が「海外展開」に繋がるのでないことを祈っています。

 なぜ日本ではコンパクトシティが進まないか。
 権利関係が複雑な中心市街地の再開発は面倒なので、田畑や山林を切り開いてニュータウンや工業団地を作る「安易な」道を選ぶからです。
 なぜ日本の大学生はレベルが低いのか。
 大学がハイレベルな厳しい教学を競うと、学生や親から苦情が出て入学希望者がいなくなってしまい経営が成り立たなくなるからです。教職員も学生も親も「安易な道」を行きたいからです。
 つまり、問題や課題はわかっている。解決策もわかっている。
 しかしそれでもなお、何とか今のままでうまくいかないか、と流される民族性が「失われた20年」にもつながっている性(さが)なのです。

 海外展開もやや似ているところがあります。
 製造業企業がビジネスモデルを大企業の下請けという垂直型から水平型の横展開に変えてイノベーションを創発する努力、金融機関が自分の目で企業の技術力や成長可能性を目利きして融資する努力、さらには、医療や福祉など規制でがんじがらめになっている産業分野で政府から規制改革を勝ち取ろうとする努力。
 これらはみな、「厳しく、困難な道」です。
 多くの日本人は、こんな辛気臭いことが嫌いなのです。

 円高は困る。しかし産業構造は変えたくない。
 モノが売れない。でも今の作り方を改める気もない。
 お客が減っている。けれどビジネスモデルを変えるのはしんどい。

 だったら海外に活路を見出そう。

 もしこんなロジックだったら、海外展開とは悪夢なのではないでしょうか。

2011年8月16日火曜日

熊野市の「木花堂」に行ってみた

 明日、8月17日は熊野大花火です。

 熊野灘から荒波が寄せる漆黒の七里御浜から、無慮数万発の花火が息つく間もなく次々と打ち上げられるさまは雄大の一言です。
 大輪の花火が花開くわずかな間、ひしめき合う大観衆や、水平線の彼方、そして、すぐ近くに迫っている鬼ケ城や獅子岩のフォルムが光に照らされ、爆発音が海の彼方まで響き渡ります。

 まだ体感したことがない方は、ぜひ一度ご来場をおすすめします。
 しかし同時に、人口2万人の熊野市に20万人近くの見物客が押し寄せるので、浜辺はパニックとも呼ぶべき超異常な大混雑となります。落し物、スリ、迷子、衝突、転倒、熱中症には十分お気を付けください。国道は完全にマヒしますので、通勤ラッシュ並みの混雑ではあってもJR紀勢本線の利用をわしは勧めます。

 さて、その花火会場にほど近い、というかほぼ真ん前の国道42号沿いに、最近オープンした メイドイン熊野の量り売り 木花堂(きのはなどう)があります。

 量り売りとは懐かしい小売りスタイルですが、ここでは、やきやまふぁーむの干しシイタケとか、(株)八香苑の梅干しなんかを、グラムいくらという売り方で販売しています。
 醤油とかお塩、オレンジジュースなんかもあったかも。
 一見客には袋をくれますので、手ぶらでもOK。リピート客はビンや袋を持参していくと良いでしょう。
 
 










 店内には熊野らしいアイテムもさまざま展示・販売されています。
 木のお皿やカトラリー、ベンチやテーブルといった家具、熊野のシンボルである八咫烏のアクセサリー、三重県の伝統的工芸品である那智黒石、市木(いちぎ)もめんなどです。

 熊野市とその周辺の面白いところは、那智黒石をはじめ、木製家具や染色、陶磁器、ガラス、織物、藍染めなどの作家や職人が移り住んだりして、クリエイティブな作品を生み出している土地であることです。
 多くの場合、作家さんは地域に広く点在しているので、これだけ一堂にそろっている店は、熊野でも実はそれほど多くありません。

 店内は広くはないので、すべてのアイテムが完璧にそろっているわけではありません。
 しかし、見ているだけでも楽しいので、熊野で何か記念になるものをお探しの方はぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

 これら手仕事のアイテムは、作家・職人という個人事業主、あるいは家内制工業なので、大きな産業とは呼びえないかもしれません。
 しかし、交通不便地であり、過疎化高齢化が進む熊野において、付加価値の高い手仕事に対して適正な価格を転嫁し、販売することができれば、それは地域に根ざしたビジネスとして成立し得ることになります。

 問題なのは、職人は作る専門なので営業やマーケティングが弱いことです。木花堂が「商社」の役割を果たして、顧客と職人の間を取り持ちながら販路開拓ができれば、これは大きなチャンスになると思いました。

 ■木花堂ホームページ http://konohanado.jimdo.com/

 ■熊野大花火大会オフィシャルホームページ
    http://www.ztv.ne.jp/web/kumanoshi-kankoukyoukai/
 

2011年8月15日月曜日

大きな二つのお墓

 鳥羽の街は錦浦(二色浦とも)と呼ばれた鳥羽湾の入り江に広がり、周囲は山に囲まれています。漁業と共に、千石船など廻船の風待ち港としての立地を生かし、商業やサービス業で栄えていました。また、伊勢湾口に当たるため海上警備に鳥羽城が置かれており、藩統治の中心地でもありました。
 そのせいか旧市街地にはお寺が多く、しかもそのほとんどは山の斜面に沿って伽藍が建っています。その一つの小さなお寺に祖母の実家のお墓があります。

 わしが小学生のころだから、もう40年近くも昔のことです。祖母方のお盆の墓参りに一緒について行ったことがありました。
 そこで見たのは、田舎特有の、先祖代々からの小さな墓石がひしめき合って並んでいる墓地でしたが、ひときわ目立っていたのが墓碑銘の上部に星印が浮き彫りにされた、高さ3mほどの大きな2基の墓石でした。
 祖母には実兄が二人いましたが、共に戦死していたのでした。
 命日や享年などはもう詳しく覚えていませんが、比島ニテ戦死、というような文字が確かにあり、時期は一人が昭和19年の秋ごろ、もう一人は昭和20年の春ごろだった記憶があります。年齢は逆算すると20歳代後半だったはずです。
 小学生でもさすがに昭和20年の8月が終戦だったというくらいの知識はあったので、あと1年か半年生きながらえたら死ななくて済んだのになあ、と可哀そうに感じたことが記憶に残っています。

 昨日テレビを見ていたら池上彰さんが解説する、終戦秘話と戦後復興をテーマにした番組をやっていました。
 この番組に限りませんが、最近は「なぜ昭和18年ごろにはすでに敗色濃厚であった第二次大戦を止められなかったのか?」について取り上げられることが多いような気がします。

 セクト主義、縦割り、年功序列、精神論重視、合理的思考の排除、決断できない上層部、無責任の蔓延、強すぎる現場、などの旧軍隊の特徴は、多くが日本的な組織の特徴であり、今でもなお官僚や大企業、教育機関、各種団体などには多かれ少なかれこのような傾向が見られます。

 負けるとわかりきっていることを認めようとしない、失敗の責任を取らない、したがって、いったん戦争が始まれば、いくらコテンパンにやられて味方がどんどん死んでしまっても「敗戦」という終結方法のオプションはなく、敗戦を認めるくらいなら本土決戦で全員死のう、というようなファナティックな結論になる。
 この無茶苦茶ぶりは、残念ながら今の閉塞した政治状況や、放射能汚染という最悪の事象がオプションとしてそもそも存在していなかった電力会社や科学者たちを見ていると、ますます日本の伝統なのだと思えてきます。

 おそらく一兵卒に過ぎなかった二人の大叔父たちも、撤退を決断できなかった当時の戦争指導者たちの犠牲になったと言えなくもないでしょう。
 フィリピンは激戦だったと聞いています。戦死か、病死か、それとも餓死だったのか、いずれにしろ無残な最期だったに違いありません。

 祖母は生前、二人の兄のことをほとんど話してくれませんでした。
 わしが大人になり、サラリーマンになってしばらくしてから、老いのためか日常のことを次々と忘れていくようになり、最後には孫の顔も、世話をしてくれている夫や娘の顔も分からなくなってしまいました。
 今になって、もうちょっと戦争の時の話を聞いておいたらよかったなと思います。祖父が出征している間もたくさんの子供を抱え、さぞ不安な毎日だったことでしょう。

 祖母が亡くなった後、ずっと世話をしていた娘(わしの叔母)がぽつりと言いました。
 
 おばあさんはな、生みのお母さんがおばあさんを生んで何年か後に25歳くらいで亡くなるっとるんさ。
 お兄さんも二人とも戦死しとるで、ずっと身寄りがなかったんやわ。
 死んだら天国では年はとらへんて言うけど、80のおばあさんがあの世へ行って、25歳のお母さんや若いお兄さんらと会っても、むこうはすぐには気が付かへんのと違うやろか。
 死んだらみんな、どうなるんやろうなあ・・・
 

2011年8月14日日曜日

農業化する「製造業」

 時事通信社が、経済産業省が昨今の円高や東日本大震災などの影響により「産業空洞化」が進むのを防ぐため、国内に工場や研究所を新設する企業への補助制度を創設する方針を固 めたと報じています。(8月14日付け

 この制度は、(1)国内の1~2カ所の事業所でしか生産されていない部品の工場を、離れた地域に造る場合や、(2)ハイテク製品など、人件費が高い国内で生産しても採算が見込めるほど付加価値が高い商品を製造、開発する場合に、工場などの建設費用を、大企業には3分の1以内、中小企業には2分の1以内で補助するものだそうです。(補助上限は1件当たり100 億円超の見込みらしいので、下限額も億位単位になると思われます。そうすると実際には中小企業と言っても従業員百名以上くらいの中堅どころが主なターゲットになるのでしょう。)
 平成23年度第3次補正予算案に、総額で1000億円以上を計上する方向で財務省と調整しているとのことです。

 もちろん記事はダイジェストなので全貌は明らかではありませんが、残念ながら補助金で製造業企業の海外流出が食い止められないことは、昨年度の補正予算事業で、リチウムイオン電池などの環境産業分野の工場を国内に新設する場合に補助を行う「低炭素型雇用創出産業立地推進事業費」が、300億円以上予算措置されても目覚ましい効果は認められず、やはり海外流出は結果的に止まらなかったことで実証されています。(たとえばアサヒコム 平成23年9月23日付け

 企業は(当然ながら)経済合理的に行動するので、基本的に国内での雇用確保が重大な使命であるとはよくよく承知していても、これだけの円高で海外への進出は容易になり、海外からの部品調達もコストが下がるこのチャンスを逃すことは考えられません。

 わしは、製造業中小企業の経営者から話を聞く機会が多いのですが、米作農業のような、国からの「補助金漬け」は、農家のためにも農業のためにもよくない、という声を異口同音によく聞いたものです。
 そもそも、国が補助金のような手段を使うのは、よほど経済原理ではインセンティブが働かない部分の課題解決に限定されるべきであって、企業経営の根本的な戦略である研究部門や生産部門をどこに立地するかは、補助金のような「単発」の措置でなく、法人税の引き下げや規制改革によって、企業の活動環境を整え、パフォーマンスが上げられるような素地を国家的に作ることが大原則です。

 また、補助金は、交付先企業の選定が難しい ~行政官の恣意が働き、覚えのめでたい企業のみに交付される危険性、さらに、どの産業分野やどの企業が将来有望かを素人の行政官が選定できるはずがない~ ことや、国民や企業からいったん税金を徴収し(あるいは国債を発行して借金し)、それをさらに補助金で分配するという二重のコストがかかる意味でも、発展途上国型の産業政策ではないかと思います。

 日本では、なぜか、なぜだか、政府や地方自治体の仕事を減らし、役人も税金も減らして行政コストを下げ、その利益を広くあまねく国中に還元して、すべての企業が活動しやすい国に作り替える、という発想がありません。一方、役人はますます安泰で、むしろ増殖します。

 これ自体、トホホなお話です。

2011年8月13日土曜日

「駅ボラ」で鳥羽をガイドしてみた

 NPO法人 伊勢志摩バリアフリーツアーセンターが実施する、鳥羽駅ボランティアガイド(通称「駅ボラ」)に参加してきました。

 お盆休みの観光客でごった返す近鉄鳥羽駅で、道案内や観光施設情報のガイドをするボランティアです。

 ボランティアガイドと言っても、例えば熊野古道伊勢路の語り部のように専門的なガイドをするわけではありません。
 鳥羽を含めた伊勢志摩は有数の観光地であり、鳥羽水族館や海の博物館、ミキモト真珠島、イルカ島、鳥羽みなとまち文学館など多くの観光施設があります。
 さらに、周辺には伊勢神宮や夫婦岩、二見シーパラダイス相差の石神さん、志摩スペイン村といった観光地もあります。
 交通手段も、近鉄、JR、三重交通バス、鳥羽市営定期船、遊覧船の志摩マリンレジャーなどがあって運行ダイヤや乗り場も複雑です。

 これらの案内は、まあ特別な知識や教養は必要ないわけですが、それでも大量の観光客からの質問を受けてガイドするにはそれなりの対応人数が必要です。

 わしは、今日の午前中は近鉄鳥羽駅下、午後からは構内の改札口となりで、それぞれ数名のスタッフ(その人たちもすべてボランティア)と店番をしていました。
  自分の出身地であり、今も週1回は訪れている鳥羽駅周辺ですが、このようないろいろな質問を受けると、あらためて、鳥羽について知らないことが多いなあと思わされます。
 ボランティアメンバーには、数年前に、この「駅ボラ」が始まったころからいつも参加しているという方もいて、そのマニアックともいえる奥深い観光知識には驚嘆させられる場面が幾度もありました。

 伊勢志摩バリアフリーツアーセンターは、車椅子、視覚障害者、聴覚障害者、知的発達障害者、高齢者など様々な人たちが伊勢志摩地域で宿泊、観光、遊びができるようなバリアフリー情報を発信するとともに、宿泊施設や観光施設のバリアフリーアドバイスや啓発活動を通じてバリアフリー観光を推進し、 日本一のバリアフリー観光地づくりを目指して、観光事業者及び、障害者、高齢者をサポートするボランティア団体です。
 駅ボラでも、車いすとベビーカーの無料貸し出しを行っているのですが、たまたまわしが対応したお客さんには、それらを必要とする方はいませんでした。

 最も多かったのは、水族館や遊覧船乗り場への道順や、時間がどれくらいかかるのか、という質問でした。
 他にはバスや遊覧船の出発時刻、所要時間、料金などの問い合わせも多く、それなりにあたふとと対応したのでした。

 わしらは所詮、ボランティアのガイドなのでまだ気楽ですが、近鉄や旅行業者が発行する、何種類もあって複雑な企画乗車券に対応しなくてはいけない近鉄鳥羽駅の駅員さんや鳥羽市観光協会の職員さんは本当に大変だと思います。

 企画乗車券の典型が、近鉄が発行している「まわりゃんせ」という切符です。
 出発地から伊勢志摩までの往復電車代に加え、エリア内のバスや遊覧船などが無料で、しかも観光施設の割引も付いているというものなのですが、「これを有効に使って、午前は遊覧船に乗って鳥羽湾めぐりをし、午後は水族館と真珠島に行き、夕方は志摩スペイン村に行きたい。どんな乗り物に、何時に乗ったらいいのか?」みたいな質問はやっかいです。

 ほかにも手荷物預かりが無料という企画乗車券とか、スタンプラリーとかいろいろあって、よくこれほど多くの旅行企画が考えられ、かつ、実行されていると驚かざるを得ませんでした。

 写真は、スタンプラリー企画の一つ「ちょこ得クーポン」の引換景品であるとばーがー(鳥羽市特産品を使ったハンバーガー)のキャラクターステッカーです。なぜかOLさんのグループとかには異常に人気がありました。子供に絶大な人気があったのは「ポケモンスタンプラリーin鳥羽」でしょうか。

 とにかく、いろいろな観光客やスタッフさんと出会えた一日でした。暑くて大変でしたが貴重な体験だったと思います。

2011年8月12日金曜日

Uターンの決心はつきましたか?

 お盆です。
 ニュースでは何とかの一つ覚えみたいに「帰省ラッシュ」が報じられ、渋滞する高速道路や、混雑する駅頭風景が繰り返し流されています。
 田舎も数日間は賑やかになります。
 これは明るいニュースではあるのでしょう。

 しかし、いわゆる中山間地域のような交通不便地とか離島では、里帰りしてくる人数自体が次第に減ってきていると聞きます。
 代わって増えているのが、持ち主のいないまま放置される、家屋、農地、山林です。

 この本、田舎の家のたたみ方 コンタロウ、三星雅人著(メディアファクトリー新書)は、今や全国で深刻な問題となっている、空き家や放置田畑・山林の問題を取り上げています。

 物語仕立てで、主人公は大学進学のため兵庫県山間部にある実家を離れて上京。そのまま東京で就職し、結婚して家庭を持ち、今では中年となって会社でバリバリ活躍しています。
 母親が入院したため一時帰省したことをきっかけに、万が一の時、実家の家屋や土地はどう管理すれば(処分すれば)いいのか、さらに、自分は会社を辞めてUターンすべきか(できるか)で悩むという、まことに身につまされる話が展開します。

 田舎の家屋 ~往々にして大家族共同生活のための広大な屋敷~ は、造作が現代の生活様式にマッチしておらず、しかも都会の不動産と違って流動性がないため、ほとんど値段がつくことはない、すなわち、売ることができません
 当然ながら売買とは売り手と買い手の両方がいて成り立つので、中山間地の古い家屋を買いたいなどという人を探すことが極めて困難(というか事実上不可能)だからです。

 山林も、かつて木材が高値で売れた時代ならともかく、現在の日本では産業としての林業は成り立っていないので、これまた買い手を探すことは困難です。
 しかも山林の多くは隣地との境界が不明確で、売買しようとしたときの境界確定の手間ヒマや、測量費用が莫大にかかるという悪条件も付きます。

 農地も同様で、農地法の規制により原則として農業者以外に売買することができません。中山間地の農業は現状でも極めて厳しいので、これも売買は非常に困難です。

 ではどうするか。
 対策の一つが、市町村などが仲介する空き家バンクです。
 ごくまれに、田舎で農業をやって暮らしたいとか、趣味の陶芸に専念したいので窯を作りたい、などの理由で家屋敷を求めている人もいるからです。
 信用力のある行政が仲立ちになり、家主・地主と希望者をあっせんするわけですが、それは決して単純なものではありません。両者の希望を丁寧にマッチングさせていくことや、新しく田舎に来た人が地元になじめるかのフォローまでが必要となる大変な仕事です。
 しかも、そのように努力しても実際に売買や賃貸借の成約に至るケースはたいへん少なく、仮に売れたとしてもかなりの安値になることが避けられません。

 この主人公には、地元の市役所に就職し、空き家バンクも含めた定住促進の仕事をしている友人、そして、親を亡くし、しばらくは実家を空き家にしていたものの、それを処分する決心がついた友人、の二人も登場し、ストーリーが展開してゆきます。
 文章だけでなく、漫画がふんだんに入っているので大変読みやすく、田舎の不動産の相続問題について理解しやすくなっています。

 気が付くと自分も定年まであと10年ほど。
 親もだいぶ弱ってきた。子供たちはまもなく独立していくだろう。
 
 その時、故郷にUターンするという決心はつくでしょうか。
 
 田舎出身で、今は都会で働き、家庭を持っている全国のサラリーマンにぜひお読みいただきたい本です。

■関連記事
 JOINが空き家専用サイトを開設 (2010年8月31日)

2011年8月10日水曜日

伊賀産菜種油「七の花」を使ってみた

 三重県伊賀地域(伊賀忍者で有名な)でとれた菜種(なたね)を使った七の花(なのはな)という菜種油を買いました。
 もともとは、遊休農地や転作水田に菜の花を栽培して、農村景観の向上や、都市と農村の交流人口の増加を目指して、伊賀市が中心になって取り組んでいる「菜の花プロジェクト」という活動があり、その活動によって収穫された菜種を使って商品化されたものです。

 もうかなり前に、新聞か何かでこんな商品ができたというのは見たことがあったのですが、先日、伊賀焼陶器まつりに行った帰り、国道163号線長野峠経由で帰る途中に立ち寄った、旧大山田村にあるショッピングセンターアニーズで偶然見かけたので購入してみたのです。値段800円。

 この「七の花」は食用油で、昔ながらの焙煎、圧搾方式によって作られており、菜種本来の香りや色、栄養がそのまま残っているのが特徴だそうです。
(焙煎圧搾式とは別に、生搾りという方法で絞られた「七の花エクストラバージン」というタイプもあります。)

 まるでワインのような、しゃれた細長いデザインのビンに入った菜種油は意外に茶色っぽい色をしており、黄色みがかった透明のサラダオイルを見慣れている目からはかなり異質に感じます。

 正直言って、どのような料理に向いているのか、どうやって使ったらいいかはまるで分らなかったのですが、売り場にはきれいなPOPカードが置かれていて、そこにフレンチドレッシングの作り方が載っていたのが目に入ったので、このカードにきっとほかのレシピもいっぱい載っているのだろうと思って、カードももらってきました。

 しかし家に帰ってよく読むと、梅肉と醤油で和風ソース、とか、冷奴や焼きナスと一緒に、などと抽象的に書かれているだけで、結局、正確な分量とか作り方はよくわからないのでした。

 もちろん、インターネットとも連動しておらず、七の花の問い合わせ先と書かれている社団法人大山田農林業公社は、電話やFAX番号、そしてなぜか電子メールアドレスはあるものの、ホームページのアドレスがなく、「わからないことは電話してこい」という態度が見え隠れしています。

 地域特産品は、今回の伊賀地域や、このブログでわしがよく取り上げる東紀州地域(三重県南部の、尾鷲市、熊野市、紀北町、御浜町、紀宝町の2市3町からなる地域)のアイテムでも、一般的にプロモーションに戦略性がなく、チラシやポスター、メディアの記事や番組でまずは地ならしをし、関心を持った消費者に対して詳しいことはWEBで情報提供する、というようなメディアミックスがほとんど考えられていません。
 
 伊賀という一定の地域ブランド力があって、「菜の花プロジェクト」というネーミングもコンセプトもキャッチー、さらに七の花の商品力も高いという中で、このプロモーションは ? としか言いようがないのでした。

 つまり、本当にこの商品を売りたいのか、それとも売りたくないのかがよくわからないのです。

(補足)七の花とお酢、塩、こしょうで作ったドレッシングは確かに美味いです。
 天ぷらなんかにも菜種油は向いているようなので、今度作ってみたいと思います。 

 

2011年8月9日火曜日

鳥羽に「女子大生海女さん」がいた

 先日、鳥羽駅周辺のバリアフリー状況を見学する機会があり、関係者の方々と一緒に、鳥羽マリンターミナル、鳥羽バスターミナル、近鉄鳥羽駅、JR鳥羽駅とその周辺をフィールドワークしていました。

 大変暑い日で、ヘロヘロになりながら、JR鳥羽駅から赤福鳥羽支店方面の道路沿いにある、通称「サザエ通り」を歩いていました。
 ここは、サザエやヒオウギ貝(アッパッパ貝)、岩ガキ、伊勢エビなどをお土産として小売りしたり、焼き貝に調理して提供している店が数軒建ち並んでいます。

 その一軒をふと見ると、入り口に 女子大生海女推せん と書かれたポスターが貼られています。

 わしも全く知らなかったのですが、鳥羽市郊外の漁村で、今でも海女さんによる漁が盛んな相差(おうさつ)町に、現役女子大生であり、しかも現役(漁業者)の海女としても働いている女性がいるそうなのです。

 この海女さんの実家は民宿を営んでおり、おばあさんもお母さんも海女さんとして働いているとのこと。

 以前このブログで、美しすぎる(かわいすぎる)海女さんのことを書いたのですが、一説では彼女たちは観光PRも兼ねた海女さんだったので、海女さんらしいコスプレで潜っていたそうなのですが、この女子大生海女さんは漁業者なので、実際の海女さんがそうしているようにウエットスーツを着用して漁に出ているそうです。

 サザエ通りのこの店で、その海女さんに会えるのかどうかは、わかりません。

■鳥羽市観光協会 http://www.toba.gr.jp/

■女の願いを一つだけ叶えてくれるという鳥羽の石神さんに行ってみた2010年11月21日付け)

2011年8月8日月曜日

次のステップがほしいなあ、と思う

 紀南新聞によると、8月7日、三重県紀宝町浅里地区の活性化に向けた、三重大学の学生と地区住民らによる意見交換会が開催されたそうです。
 浅里地区からは区長など住民11人が、大学側は人文学部の石阪督規准教授と 学生16人が参加し、地域資源を生かした活性化対策について話し合っ たとのことです。(8月9日付け 紀南新聞online

 実は三重県東紀州(三重県南部の、尾鷲市、熊野市、紀北町、御浜町、紀宝町の2市3町からなる地域)では、わりとこのような大学と地域との交流が持たれています。これは、過疎化、高齢化が非常に深刻で、一部の人口密集地区を除いてコミュニティの維持すら難しい地区が多いこの地が、間もなくやってくる日本社会の未来図であることの証左とも言えます。

 東紀州でゼミ合宿やフィールドワークを行う大学生の多くが、圧倒的に豊かな東紀州の自然環境に感動し、ここに住む人々の温かさ、素朴さに感激します。
 同時に、ビジネス化できる資源や可能性はありながら、それに取り組めない現状についてもよくわかっていただきます。

 ビジネス化には、ビジネスモデルとかアイデアはもちろんですが、資金や人材が不可欠です。若者の着眼点や発想は東紀州で得難いものですが、せっかくの気づきや提言も、それがブラッシュアップされ、実現可能なビジネスプランとなって、実際に実行されなくては意味がありません。

 それを、大学生に求めるのはもちろん酷です。
 しかしながら、せっかくこのような機会があり、意見ももらっているのに、それが一過性のイベントにとどまり、実現されない(というか、実現に至るための検討すらされない)のは残念なことです。

 一つの解決策として、地方自治体と大学とがタイアップし、実際にここでビジネスをしたり、起業したりする人材を育成することが考えられます。
 市町村や大学は、地域にとって最大のシンクタンクです。多くのノウハウを持っていますしネットワークもあります。
 今、大学生の就職難が叫ばれていますが、そもそも現状に受け身の大学生、就職予備校としての大学教育なら、それは自業自得で、あまり共感は覚えません。
 今の閉塞した日本に本当に必要なのは、仕事を「創ること」なのです。すなわち田舎での「起業」であり「新ビジネス展開」です。アイデアや提言から新たな事業化のステージに進む、次へのステップです。
 仕事を創ることにテーマに目的を絞ったアライアンスを、ぜひ三重県で作りたい。そんなふうに思います。

2011年8月7日日曜日

自動車大手 従業員集めに苦慮

 8月6日付けの日経新聞によると自動車メーカーなどが国内工場の従業員確保に苦戦しているという記事が載っていました。

 自動車は東日本大震災で生産が急激に落ち込みましたが、関係者の努力により9月以降は復興需要に対応するためもあって増産体制に入ることになっています。

 アメリカやヨーロッパ経済の先行き不透明感と、それに起因する円高傾向の定着により、日本の輸出型製造業は6重苦にあえいでいると言われます。

 合理的に考えるとコストの安い海外で生産するほうが利益は出るのでしょうが、国内の雇用を維持することが企業の使命であるとの高い倫理観や使命感を持っている経営者は多いですし、それに共感できるからこそ地方自治体も地元製造業を支援しています。

 しかし、そのような熱意とは裏腹に、特に若い人々の間では、働く先としての製造業の魅力は失われてしまっているのかもしれません。
 もちろんこの記事の指摘のように、長期スパンではいつかはこの特需も終了するはずなので、雇止めのような将来の不安を先回りしての反応という面はあると思いますが。

 良くも悪くも、一つの産業が主役の座を降りる時には、このような自壊現象が現れてくるということなのでしょう。このことは正面から受けとめなければならないと思います。

2011年8月6日土曜日

北勢線の旅

 今日は野暮用で桑名に行っておりました。
 ちょうど、年1度、真夏に桑名が燃える伝統の奇祭「石取祭」が開催されている日であったためか、中心市街地のいたるところに法被姿の老若男女がおり、山車の鉦や太鼓の音が聞こえていました。

 何年振りかで、三岐鉄道北勢線に乗ってみました。
 正直言えば、なぜかこの電車に乗りたくなったことが桑名に行った理由の一つだったのですが。


 始発の西桑名駅は、JR・近鉄桑名駅から徒歩5分ほどの場所。通常のJRの線路幅が1067mmなのに対し、北勢線は762mmという狭軌であり、こうして見ると何となく線路幅が狭いることが見てとれま。
 電車も小さく、車内はこんな感じです。


 終点の阿下喜まで約55分。片道460円。
 員弁川(いなべがわ)を上流にさかのぼっていく形で、桑名市街から東員町、いなべ市と、山手のほうに進んでいきます。
 途中、国道と並走している区間では、クルマにどんどん抜かれていきます。時速は50~60kmくらいでしょうか。

 最初は遠くにかすんで見えた鈴鹿山脈の藤原岳や御池岳が目の前に迫ってきて、眼下に桑名方面と思われる街並みが見下ろせるようになった頃、終点の阿下喜駅に到着します。
 駅前には軽便鉄道博物館とか、近くには温泉もあるようですが、桑名行は1時間に一本しかないので長居もできず、すぐに折り返しの電車で戻ってきました。

 先日、北勢線沿線にある自治体の一つである東員町が、平成15年度から周辺市町村と共同で拠出していた運営資金を、平成25年度以降は負担しない方針を明らかにしました。(8月4日付け伊勢新聞
 もともとこの北勢線は近畿日本鉄道が運営しており、経営難で廃線にする方針を打ち出したところ、高校生や高齢者などの貴重な交通手段であるということで、周辺自治体が財政支援をするスキームを組み、三岐鉄道に運行を委託して存続しているものです。
 
 データを探すことはできなかったのですが、おそらく北勢線も、他のローカル鉄道と同様、利用者は減少傾向だと思われます。個人的には貴重な鉄路を存続させてほしいとは願います。しかし、これも地元市町の判断、ひいては地元住民と利用者の意思にかかっています。今後の成り行きに注目したいと思います。

 ■ 三岐鉄道 http://www.sangirail.co.jp/

 ■ 北勢線対策室 http://www5.ocn.ne.jp/~tetsudou/

2011年8月5日金曜日

そのうち食べるものがなくなる・・・?

 東海テレビ(本社名古屋市、フジテレビ系列)が番組内で、岩手県の農畜産業者を揶揄するごときテロップ(字幕)を誤って流し、そのまま放映してしまうという事故が発生しました。
 本日、同社の浅野社長が謝罪し、この番組については当分の間、放送を休止すると発表しました。

 このこと自体はもちろんとんでもないことですし、同社も言うように「本来は風評被害を食い止めるべく、細心の注意を払わなければならない」マスコミが、あたかも岩手県産のお米が安全ではないような誤解を招きかねない放送をしたことは重大なことで、原因をしっかりと検証し、二度とこのようなことが起こらないようにすべきです。

 しかし、このような不祥事が出てくる背景というか、時代思潮には注意が必要でしょう。

 それは、福島原発の事故が原因の食品、飲料水の汚染が、まさしく底なしの泥沼状態で広がり、深まっていて、解決への展望がまるで見えないことです。

 消費者はこのことに大変不安を感じていますし、どれだけの線量ならば危険なのか、危険でないのかについてもはっきりと示せない、政府、自治体、電力会社、科学者などに対して、苛立ちにも似た感情を抱いています。
 このままでは、東北・関東はおろか、日本中から安全な農畜産物、水産物は生産できなくなってしまうのではないかとさえ感じます。怖いと思っていた中国産の加工食品や、アメリカ産の牛肉のほうがまだ安心感があるのは、本当に皮肉で、かつ悲しい現象です。

 話は変わりますが、ここ数日、県内の中小企業を訪問し、経営者とお話をする機会があります。
 最もタイムリーな話題は「円高」であり、その影響は気になるところですが、実は多くの経営者は「原発問題」のほうが大きな課題であると言います。
 特に、加工食品や農産物、工業製品などを輸出している中小企業は、原発事故による放射能汚染が世界中に報道されてから、残留放射線のチェックが求められたり、相手国での通関に異常に時間がかかったりで、大変難儀している事例が多いようです。
 三重県でも工業製品について残留放射線の無料測定は行っていますが、外国人にとっては福島という局所も日本全体の事象と捉えられがちなので、三重県産の産品に対しても、完全に風評被害が消えて、安心感が再生するまでに何年もかかるのではないか・・・という感想は、異口同音に経営者から聞きました。

 中小企業にとって、中国やインドなど新興国の成長の機会を取り込むことはとても重要です。その芽を摘みとっておいて、政府や東電はどう対処するつもりなのでしょうか。
 
 食品も安全も不透明、産業の先行きも不透明では、日本の将来に捨て鉢になり、無関心になったり、根拠のない楽観主義や自虐主義に陥ることも、一般庶民にとっては避けられないのではないでしょうか?

2011年8月4日木曜日

地域活性化に必読の書 「高校生レストランの奇跡」

 高校生レストランの奇跡 岸川政之著(伊勢新聞社)を読了しました。

 著者の岸川政之さんは三重県多気町役場の職員で、現在は まちの宝創造特命監 なる役職についておられます。

 しかし、一番分かりやすいのは、NTV系のドラマ「高校生レストラン」のモデルになった三重県立相可高校食物調理科とタイアップした「まごの店」の仕掛け人が、この岸川さんだということです。
 ドラマでは伊藤英明さんが岸川さんを演じていました。この本のタイトルも、おそらくその線を狙ってのネーミングだと思います。

 そのせいで、この本の導入部は 高校生レストラン「まごの店」はこうして生まれた という話から始まります。

 これはこれで非常に興味深く、面白いものなのですが、はんわし的には岸川さんが大学時代を過ごしていた京都でのエピソードや、人生の現実的な(消極的なというべきか)選択からひょんなことで多気町役場の職員となり、税務課、教育委員会、総務課、農林商工課と人事異動するうちに、多気町を元気にするための数多くのアイデアを出し、仲間の輪を作り、役場や地域団体や企業などさまざまな団体も巻き込んでそのアイデアを実現していくという、公務員半生の自伝ともいえる部分が楽しめました。
 
 本の内容自体は、このようにエッセイ風につづられており、さらさらと読み進めますので、ここで個別のエピソードなど詳しい内容は書くべきではないでしょう。ぜひ実際にこの本を手に取って読んでみてください。

 わしは岸川さんとは何年か前に、何かの会合で、ほんのわずかな時間だけ言葉を交わしたことがある程度です。おそらく先方はわしのことなど覚えていないでしょう。
 しかし、その短時間の出会いでも、言葉の端々に、さまざまな物事への好奇心が満ち溢れている感じを受けましたし、何より独特の包容力というか、優しげなオーラを出していたことがとてもとても強く印象に残っています。
 なるほど、人をまとめて引っ張っていく人はこういう人なのか、と思いました。
 最近、リーダーシップよりもフォロワーシップがより重要であると言われ始めていますが、そのことを強く意識できた瞬間でもありました。
 
 わし的にこの本で印象に残ったのは、最終章の まちの宝創造特命監の仕事 において岸川さんが掲げているまちおこしの4つのポイントです。
 その1つに、「ビジネスを意識して仕掛ける」というものがありました。
 これは、住民によるまちおこしを最初は行政も助けてくれるが、運営まで補助してはくれない。だから、最初から、その取り組みの中で運営費が回っていく仕組みを考えておかなくてはいけない、ということであり、岸川さんは社会的課題をビジネスの手法で解決していこうとする「ソーシャル・ビジネス」の視点が重要だと指摘しています。
 このことは岸川さんの長い経験と成功実例から導き出されたもので、大変説得力がありました。

 余談ですが、多気町には某大手液晶メーカーの大工場があって、「工業都市」化を目指している側面もあるのですが、よそから工場を誘致して地域を活性化しようなどとはしょせん底が浅いことを見抜いているせいか、本書には全くコメントがないのも小気味よく思いました。

 地域活性化や地域おこしを目指し、実践している方には必読の書であると断言できます。
 

2011年8月3日水曜日

水戸市長の気持ちはわかる

 Yomiuri Onlineによれば、TBS系列で昭和44年から放映されている時代劇「水戸黄門」が年内で打ち切りなることに対して、地元の首長たちが放送の継続を要望したそうです。

 TBS系の人気時代劇ドラマ「水戸黄門」の年内終了が決まったことに対し、主人公の水戸藩2代藩主・徳川光圀(1628~1700年)にゆかりのある茨城県の水戸、常陸太田、那珂3市の市長らが2日、東京・赤坂のTBSテレビを訪れ、番組継続を要望した。

 要望書では「水戸黄門の終了は、3市を訪れるファンやお迎えする私達にとっても残念。地域の観光資源に大きな影響が及 ぶ」としている。これに対しTBS側からは、「重要な番組だからこそ、視聴率が下がっての打ち切りという形でなく、惜しまれつつ終了したい」と説明があっ たという。
(8月3日付け)

 この気持ちは痛いほどわかります
 茨城県は知らなくとも、納豆や黄門様で有名な水戸は知っているという人は多いでしょう。
 水戸黄門ほどの長寿ドラマともなれば、そのPR効果は何憶円に換算されるか想像もつきません。このような「地域資源」がない市町村にとっては、うらやましいの一言だからです。

 水戸黄門こと徳川光圀は、徳川将軍家の御三家といわれた分家の一つですが、名古屋、和歌山と違って江戸定府(江戸に常駐していることが義務付けられていた)の家柄でした。
 しかし光圀は江戸から頻繁に国元に帰り、領内をくまなく視察するなどして民百姓に親しまれていた領主だったようです。その意味では一風変わっていた(もちろん、自分が徳川家康の孫にあたるという血筋に大変プライドを持っていたことは間違いないでしょうが)殿様でした。
 
 光圀人気を決定的にしたのは、生類憐みの令といった極端な政策をとって庶民いじめと評判が悪かった徳川綱吉に対して、犬の毛皮を送った(綱吉は自分が戌年だったため、ことに犬を大切にしたと言われています。現在多い、見境のない愛犬家の先駆けのような人です)という「世直し的」な行為によってです。
 繰り返しますが、これも素朴な反骨精神と同時に、徳川将軍とて自分には手が出せないという血筋の良さを意識してのことだったと思います。

 よく知られるように光圀自身は大日本史という皇国史観に基づいた歴史書の編纂を命じた学究肌の人物であり、能をよくし、外国の文化にも関心が高かった教養人でした。
 領民と共にありたいという気持ちは強かったでしょうが、御三家の一つ水戸藩主の自分が数百年後、助さん格さんその他、氏素性も知れぬ子分を引き連れて、町人の姿で諸国を漫遊し、徳川家直轄地の(悪)代官ならまだしも、水戸家にとっても完全に治外法権のはずの(悪)大名まで処断してしまうという、奇想天外なジュブナイルの主人公になっていることに、本人は忸怩たる思いを抱いているに違いありません。

 それはさておき。

 水戸、常陸太田、那珂の市長さんたちの思いとは別に、はんわし的には、水戸黄門の終了が日本人の世代を超えたバックボーンを一つ、失ってしまうであろうことは心配です。

 あれは水戸黄門の印籠やなあ。あれ出されたら、へへーって言わなしゃあないわ・・・

 といったような日常の慣用句が、これから将来の日本人にはまったく通じなくなってしまうかもしれないのです! 

2011年8月2日火曜日

三重ブランドアカデミーが参加者を募集!

 三重県は、いい地域資源はあるのに、「知名度」が低いので、なかなか商業的に成功しない、と言われます。

 しかし、よく考えるとこれは三重県だけに当てはまる特殊な事情ではありません。
 栃木県にしろ、鳥取県にしろ、佐賀県にしろ、それが日本のどこにあって、代表的な都市や観光地にはどんなところがあるかとか、ましてやその地の特産品や土産品は何か、などということは、よほどそのようなことに関心があるか、知的レベルが高い教養のある人しか知らないのが普通です。
 つまり平均的な日本人には知られていないのが当たり前というのが、三重県に限らず日本の「地域」の実態なのです。

 ですから、三重県の産品を売り出すためには、三重県を地域ブランドとして売り出すことが理想形ではありますが、これは砂漠に水を撒くようなものでキリがありません。(ある意味、マーケターやブランドコンサルタントのいいカモになってしまう可能性さえあります。)

 やはり、王道は、商品力を高めること。
 具体的には品質を高めるとともに、機能やデザインなどで差別化し、商品の付加価値を高め、優位性を獲得していく以外にありません。
 そのうえで、はじめて地域ブランドを付加する意味が出てきます。

 三重ブランドアカデミーは、その意味で(はんわし的には)一定の限界も感じはするのですが、「三重県というブランド」をフィクションだと割り切れば、内容的には非常に有用な講座が組まれており、これから県内の農林水産物を活用した商品を開発したい、ブラッシュアップしたい、という農林水産業者や食品製造業者、飲食業者などにとってはたいへん有意義なものになると思います。

 実際に、ブランドアカデミーの卒業生を見ると、一定レベルの商品開発に取り組み、拡販ルートに乗り始めている事業者も見られます。
 関心がある方は参加を検討されてはいかがでしょうか?

■三重ブランドアカデミー研修課程の参加者募集(三重県ホームページ)
   http://www.pref.mie.lg.jp/TOPICS/2011070491.htm
 

2011年8月1日月曜日

「エネルギー論争の盲点」を読む

 福島原発事故をきっかけとしたエネルギー論争に関しての、入門編の良書として話題が集まっている石井彰著「エネルギー論争の盲点」(NHK出版新書)を読みました。

 わしはエネルギーとかのジャンルにはからっきし無知で、こういう類の本もほぼ初めて読んだのですが、著者の石井さんが新聞記者の経験もあるためか、文章が非常に読みやすかったので皆様にもぜひお勧めします。

 今現在、世間で展開されている「脱原発~再生可能エネルギーへの転換」か、「電力の安定供給のため原発継続やむなし」かという論争は、黒か白かのいわばイデオロギー的な論争で、出口のない不毛なものだと石井さんは言います。

 矛盾を解決する魔法のような秘策はないにしても、当面はいくぶんベターな現実的な選択肢をもってマドリングスルーしていく方法を探るしかありません。
 そのカギになるのは、本書のサブタイトルにもあるような「天然ガスの活用」と、「エネルギー源の分散化、多様化」なのです。

 そのうえで、一般国民(消費者)がよく誤解しがちな事実が例示されます。
  エネルギーの問題、というと、すぐにエアコンや照明を節電したり、マイカーを自粛したりという動きになりがちです。
 しかし家庭でのエネルギー消費は、日本全体のエネルギー消費の1割を占める程度 です。エネルギーには石油、石炭、天然ガスなどさまざまなものがありますが、電力消費に関しても家庭分の電気は全体の3割未満です。声高に叫ばれている家電製品の省エネなどは、な んら本質的な解決にはならないと石井さんは言います。

 また、エネルギー問題に注目が集まると必ず、もうすぐ石油が枯渇するという説が流れます。石井さんによるとこれも誤りで、石油、ガス、石炭といった化石燃料全体では、あと数百年は持つことは確実だそうです。
  さらに、風力や太陽光などの再生可能エネルギーについては、そもそも天候など自然条件に発電量が左右され、安定供給が難しく、発電コストも高いことから、 化石燃料や原子力といった主役をカバーする補助的な役割しか期待できない。つまり夢のエネルギーはしょせん夢だということだそうです。

 ではどうすればよいか。
 石井さんによれば、問題の所在は、日本は先進諸国に比べての発電のロスが多いことです。現在の日本の火力発電所は化石燃料が本来持っているエネルギー量の25%程度しか電気に変換できません。「省エネ」よりも、この発電効率を上げていくことのほうがよほど現実的です。
 また、世界全体でみると趨勢は天然ガスに移ってきており、ヨーロッパ、アメリカはもちろん、韓国や中国でも天然ガスへのシフトが進んでいます。
 これは、地下数千メートルのシェール層という地層に膨大な天然ガスが存在することが明らかになり、生産が本格化すれば一気にエネルギーの主役に躍り出るという「シェールガス革命」によってさらに促進します。

 もうひとつ、エネルギーの分散化に関しては「コージェネ」の導入により、大型発電所で多量に放出されている廃熱から、さらにエネルギーを取り出す(天然ガス・コンバインドサイクル発電など)と、供給元と需要先の距離が近い「分散型発電システム」を提唱します。

 詳しくはぜひ本書をお読みいただきたいのですが、キーワードは、エネルギーにとって重要なのは「多様化」だということです。
 石油だけでなく、石炭、天然ガス、原子力、さらに再生可能エネルギーなど種類を多様にすること。また、調達先もアラブ依存でなく、世界各地からのルートを確立すること。これがエネルギー安全保障の要諦であって、いたずらに感情に流され、短絡的な議論に陥らないように気をつけよう、と言うのが最大のメッセージであると感じました。

 そういえば、三重県熊野灘沖の太平洋に大量に埋蔵されているというメタンハイドレートはどうなるのだろう・・・・・?