2011年10月31日月曜日

今さらですが「伊勢の和紅茶」

 三重県松阪産の茶葉を100%使用した 熟成 伊勢の和紅茶を買ってみました。
 すでに商品化されてから2年以上はたっていると思うので、今さらながらなのですが、実ははんわし、紅茶を飲む習慣があまりない人間なので、買ったことがなかったのです。

 松阪市は言わずと知れた松阪牛の有名どころですが、旧飯南町や旧飯高町などの山間部はお茶の一大産地でもあります。
 近年のヘルシー志向でお茶自体の消費量は横ばい傾向であるものの、ペットボトルのお茶が一般的となり、手間がかかる茶葉で急須を使って入れるスタイルは徐々に減少傾向にあるとのこと。

 そこで、地元の松阪西部商工会が、国の地域資源∞全国展開事業を活用し、二番茶を利用して熟成させた和紅茶を開発したものです。
 そして、この和紅茶プロジェクトは、わしが知る限り三重県内の商工会が数多く取り組み、その結果死屍累々となっている全国展開事業のうち、比較的成功している稀有な例の一つです。

 売り文句としては、熟成しているので従来の紅茶より甘く、砂糖なしで飲める、ということのようです。
 確かに、和紅茶はほのかな自然の甘みがあり、ストレートで十分楽しめます。また、紅茶にありがちなえぐみ(好きな人はこれがいいのかもしれないけど)もほとんど感じません。その意味では和テイストで、おすすめです。
 香りはやや弱いような気がしたのですが、これはわしの淹れ方に問題があったのかもしれません。
 
 伊勢の和紅茶は茶農家による協議会が生産しており、販売は商工会が設立した松阪マルシェなる会社が行っています。
 写真はティーパックで、40g(ティーパック1個2g×20個)。税込480円です。最近はペットボトル入りも発売されています。
 
 わしは、この和紅茶を明和町にあるアンテナショップ あざふるさとで購入したのですが、そのほかどんな店で売っているのかはよくわかりません。多分スーパーにはないと思います。欲しい方は道の駅のような特産品を扱っている店で購入するか、通販になるようです。

■伊勢の和紅茶(松阪マルシェ)ホームページ  http://www.m-marche.com/
  

2011年10月30日日曜日

市場の成熟化と中小企業の経営革新

 昨日、鳥羽市の海の博物館に行くためにパールロードを通りました。その時、沿線の様子で、数年前と比べても大きく変わったことに3つ気がつきました。

 1つめは、観光バスの通行が顕著に減少したことです。走っている光景をほとんど見かけませんでした。
 もちろん、時間帯(わしが走ったのは土曜日のお昼過ぎだった)にもよるのでしょうし、高速道路の延伸など交通事情の変化もあるのでしょうが、これはやはり団体旅行の減少、逆に言えば、観光の形態が家族旅行や少人数旅行にシフトしていることを示しています。

 2つめは、「オートバイ」が圧倒的に減少し、数年前はまれだった「自転車」の通行量が非常に増えていることです。パールロードはアップダウンが激しくカーブも多い道ですが、眼下に伊勢湾、熊野灘の雄大な水平線が眺められますので、自分の脚力だけでチャレンジし、楽しみたい、という新しい客層が生まれているのでしょう。

 3つめは、パールロード沿線の特産である、養殖カキの直売施設や食堂が林立していることです。ほとんどは地元の養殖漁家や水産加工業者が経営しているもので、これもここ数年来で急に増えてきて、店によっては多くのドライブ客がつめかけています。


 この3つのポイントをつなぐキーワード、それは「市場の成熟化」です。

 将来人口の減少によって市場規模が縮小することは、マクロ的な観点からは確かに事実ですが、地域経済や中小企業という視点で見れば、「国内市場が縮小するから海外市場に出て行こう」という戦略が必ずしも現実的なわけではありません。大量生産型の下請け製造業者などは別として、中小企業にとっては、まだまだ国内販路を掘り起こす余地は大きいし、国内マーケットで十分に事業が成り立つのです。
 数の上では圧倒的に多い小規模で零細な事業者は、商品やサービスの種類とか数量が限られており、販路も、経営資源も限られています。
 そのような前提で事業を継続する(=負けない経営を続ける)ためには、「市場の成熟化」に対応する経営革新(イノベーション)への取り組みが本質的に重要です。

 現実に、行程を観光会社が決めるお仕着せの団体旅行でないからこそ、旅行客が気軽にカキの直売施設に立ち寄ることができ、漁家はそれぞれ独自のサービスで競い合うことができる。これはビジネスチャンスです。
 また、健康や環境に関心が高まっているからこそ自転車のライダーが増えるのですが、たとえば観光案内や地図、標識なども今は自動車対応のものばかりです。自転車客向けのサービスニーズも潜在的にはあるはずで、これを事業化することも新しいビジネスになるでしょう。

 円高だの市場の縮小だのと危機感をあおるマスコミや行政は、しょせんはビジネスなど何も知らない素人です。経営者は、流行り言葉やムードに惑わされることなく、市場の成熟化を見据え、しっかりとした現状分析と経営戦略により、新しい発想と機動力で、我々消費者に質の高い生活や時間を提供していただきたいと願います。

2011年10月29日土曜日

伊勢・鳥羽・志摩が世界に誇る海女文化

 鳥羽市浦村町にある 海の博物館に行ってきました。
 海女文化をテーマとした文化フォーラムが、三重大学と鳥羽市、そして海の博物館の共催により開催されたので参加したのでした。
 

 言うまでもなく、海女は海に潜って魚介類を採取してくるという、おそらく人類史上において最も古くから存在していた職業です。そのことは、鳥羽市をはじめ志摩半島全域で、縄文時代の史跡からアワビやサザエの貝殻、さらに海女用の漁具が多数見つかっていることからも明らかです。
 このように有史以来、連綿と続く海女文化を、将来にわたってどう活用していくかがフォーラムのテーマでした。
 中でも、三重大学人文学部の塚本明先生の「都びとの憧れ―歴史に見る“観光海女”」という講演は大変興味深いものでしたので少し紹介したいと思います。


 万葉集でも「伊勢の海女」をテーマに作られた和歌がいくつかあるそうです。これも歴史の古さの証左ですが、正確には海女がいるのは伊勢国ではなく志摩国であり、都人による伊勢と志摩の混同は、都からはるか遠く、実際には見る機会もなかった「海」に対する漠然とした憧れがあったことをあらわしているとのことです。
 また、海底(深海)と地上を行き来し、真珠のような秘宝を探す能力を持つ海女にも、ある種の異界性を感じていたようです。
 そのせいか、江戸時代には伊勢参宮の案内書などに伊勢志摩の風俗として海女が紹介されれるようになり、浮世絵の題材としても盛んに取り上げられるようになります。


 しかし、伊勢志摩の海女が全国的に有名になったのは、明治に各地に起こった「博覧会ブーム」で海女パビリオンのショーとして海女の実演が大衆に紹介されるようになってからです。海女の「観光的」な役割の始まりです。(中には一種の見世物として、海女の裸体を強調したいかがわしいショーも多かったようですが。)
 また、御木本幸吉が、自らが事業化した養殖真珠のプロモーションとして、海女や海女の実演を積極的に利用したという側面もあったようです。
 実際の海女はアワビや海藻の採取がもっぱらでしたが、次第に「海女と真珠」がセットになった、伊勢志摩の地域イメージが形成されていきます。
 大正になって鉄道旅行が一般的になると、観光客向けの観光案内書やポスター、土産物、絵葉書などに海女と真珠のモチーフやイラストが大量に使われるようになります。


 時代は下って、平成。
 伊勢志摩のイメージは、グルメとか、パワースポットとか、テーマパークのようなものに変わってきており、もはや海女が特別な象徴性を持たなくなってきています。
 現実問題として、海女は絶対数の減少と高齢化が深刻であり、三重県でも海女の数はこの40年間で三分の一に激減しており、次代への伝承すら危機的な状況です。

 塚本先生の結論としては、志摩の海女が全国で認知度を高めたのは、異界性や裸の女性というある種のエログロ要素が全くないとは言えないものの、簡素な道具(アワビをとるノミや水中メガネ、白衣、桶といった)だけで自然界から食料を採取するという原始的な形の漁業として、生命の実感や潜水の躍動感が伝わってくる魅力が海女にはあるからではないか、ということでした。

 わしら一般住民も、プロ漁師としての海女の尊厳を守りつつ、漁業や海の魅力、さらにはそれを育む伊勢志摩の魅力を体現する存在として、もっと海女の文化を学び、将来に生かしていくべきなのかもしれません。大変勉強になった一日でした。

■海の博物館 http://www.umihaku.com/

(関連バックナンバー)
 美しすぎる海女さんが、海女を辞めていた(2010年8月23日)

 女の願いを一つだけ叶えてくれるという鳥羽の石神さんに行ってみた (2010年11月21日)

2011年10月28日金曜日

伊勢ヨイ夜ナ2011

 今日と明日、伊勢神宮内宮前のおはらい町と五十鈴川周辺で、伊勢ヨイ夜ナ(いせ・よいやな)2011が開催されています。
 紙コップを逆さまにしたような大きさの白色のフードの中にろうそくが入っており、この明かりを5000個、おはらい町の道路沿いや広場、五十鈴川の堤防や河原などに並べた、明かりのイベントです。

 
 早いもので、もう10月も終わりです。
 日中は暖かいものの、日が暮れると五十鈴川の近くを吹く風はさすがに肌寒く感じます。

 昼間は大変なにぎわいを見せるおはらい町ですが、夕方5時になるとほとんどの店は閉店してしまうので、夜は猫の子一匹いない閑散とした状態になります。
 年に何回かは、夜でも人が集えるようにしよう、ということで、この「伊勢ヨイ夜ナ」を有志が始めたのが、確か5年くらい前からだったと思います。

 
 ろうそくを道に並べたり、着火したり、イベント後に撤収したり、という膨大な作業はボランティアによって行われています。(はんわしも、第1回目と第2回目と2年続けて参加したことがあります。)
 最初の年は、ヨイ夜ナは5日間くらいに渡る毎夜連続のイベントでしたが、実際にやってみるとそれほどの集客力はなかったのか、今年はわずか二日間の開催です。 


 今日は第一日目というせいか、思ったより多くの人が出ていました。
 おかげ横丁や赤福本店も営業しており、明かりが煌々と輝いているのはお祭りめいて、なんだか嬉しくなる光景です。
 この種の明かりのイベントは、地元住民による手作り感いっぱいのものも含めて、けっこう各地で開催されているのですが、このヨイ夜ナは、食事や買い物でお客がお金を使う(地元にお金を落とす)仕組みができています。
 このような経済的なリターンがないと、イベントは一過性で終わってしまいます。この仕組みがあることが、まがりなりにも数年間継続しているポイントだと思います。


 夜はかなり冷えますので、防寒対策をしっかりとすることをおすすめします。
 また、夜のイベントとはいっても伊勢の夜が早いのは変わりなく、夜8時半過ぎに終了して、明かりはどんどん消されていき、いつもどおりの真っ暗な通りになってしまいますので、夜6時から8時くらいまでのお出かけがちょうどいいのではないかと思います。

■伊勢ヨイ夜ナ2011 ホームページ
  http://www.ise-yoiyana.com/index.php

2011年10月27日木曜日

日本だけが異常に騒ぐTPP問題

 昨日のブログでも取り上げた経済学者の池田信夫さんが、TPPについて興味深いことを書いています。

 JAが加盟絶対反対の論陣を張り、政権政党の民主党内でも意見が二分されているTPPですが、
「ネットでTPPを検索してみても、出てくるのは日本のサイトばかりで、アメリカのメディアはまったく関心がない。(略)農業についても具体的な交渉はほとんど始まっていないのだ。」
 と指摘します。
 その上で、
「このように実態の不明なTPPについて、反対派の議論だけが妙な盛り上がりを見せているのは、これが「アメリカの陰謀」というおなじみのストーリーで語られるからだろう。」とし、
 別の背景として、「長期不況の中で突破口を見出せない経済産業省が「開国」というキャッチフレーズで政府内の主導権を取ろうという思惑や、いつまでも進まない農産物の自由化に「外圧」を利用しようという計算があったのだろう。」と言います。
 確かに、いかにもありそうな話です。
 しかし、TPPには反対派が危惧するような効果はない、と池田さんは言います。それよりも問題は別のところにあるそうなのです。

 それは、日本が貿易収支(輸出額-輸入額)は赤字であるものの、所得収支(海外子会社の配当や金利収入など)は圧倒的な黒字であり、したがって経常収支(貿易収支+所得収支)も黒字であることと関連があります。
 つまり、日本は、貿易で稼ぐ国から成熟した債権国になったにもかかわらず、欧米諸国であれば200~300年かかって到達したこのような経済的な成熟を、日本がわずか100年という短期間で実現してしまったため、産業構造が「輸出立国」の時代のまま変わっていないことが問題の本質なのです。

 もちろん貿易収支のバランスは重要ですし、日本の輸出型製造業が衰退するのは残念なことではあります。
 しかし、今のうちに輸出立国から、資本輸出と製品輸入で資産を有効利用する経済構造に転換しなければ、所得収支まで赤字になり、来るべき超高齢社会を支えることができなくなります。

 池田さんは言います。
「この意味でTPPによる経済統合は、輸出より輸入を容易にして円高のメリットを生かす効果の方が大きい。また将来、日本が資本不足に陥ったとき、資本輸入を容易にするためにも、経済統合は重要である。」
 耳を傾けるべき意見ではないでしょうか。

■JB Press 被害妄想と時代錯誤の「黒船」TPP論争
  http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/27035

2011年10月26日水曜日

「ビジネスモデル」が「技術」に先立つ

 いまだに「イノベーション」という言葉に、わざわざ「技術革新のこと」と補足説明している文章や記事を見かけることがありますが、これは誤りです。

 イノベーションの概念を最初に定義した経済学者シュンペーターは、イノベーションを以下のように定義します。

1 新しい商品
2 新しい生産方法
3 新しい販路の開拓
4 原料の新しい供給源の獲得
5 新しい組織の実現

 このうち、技術革新が重要なのは1だけです。
 要するにイノベーションとは経営革新(=経営を新しくすること)であって、その本質はビジネスモデルである、というのが、この本「イノベーションとは何か」(池田信夫著 東洋経済新報社)の底流を流れる思想です。

 池田さんが「凡庸な技術が優秀なビジネスモデルによって成功するケースはあるが、その逆はない。」と言うのは、先日のスティーブ・ジョブズ氏の死去の際に、アップルが世界を席巻した事例として、多くの識者が指摘していたことでもあります。

 しかし、もし科学技術を高めてもイノベーションが起こらないのであれば、いったいイノベーションを生み出すにはどうすればいいのでしょうか。

 イノベーションは「科学的発見」に似ており、成功した企業のケーススタディを分析しても、一般的な理論を生み出すことはできないと池田さんは言います。
 多くの場合、まったく新しいビジネスモデルは、一人の発案者の頭の中に、ひらめきとか仮説という形で生まれます。その仮説を突き詰め、考え抜いて肉付けし、実際に大成功したビジネスとしてヤマト運輸の「クロネコヤマトの宅急便」があります。
 つまり、イノベーションの発見には市場調査やマーケティングではなく、経営者が既存の枠組みにとらわれないで自由な発想をすることが不可欠です。

 そのたとえとして、有名なルビンの杯をあげます。

 この絵が杯に見えるか、向い合った顔に見えるかという質問は重要ではなく、人がこの絵をどう見るかという「常識の枠組み」というものに着目します。
 人々はその枠組み(フレーム)にから、なかなか抜け出すことはできませんが、イノベーションはこの社会一般の「フレーミング」を「転換」することに本質があるのです。
 もちろんこれは容易なことではありません。日ごろの情報の感度を高め、着想を豊かにする以外に方法はないように思います。

 特に失われた20年以降、日本企業には大きなイノベーションが生まれません。
 池田さんによると、社内コンセンサスの重視とか、既存のフレームを超える特異な発想を排除するとかいう日本企業の特徴はイノベーションにとってのマイナス要素です。
 むしろ雇用の流動性を高めて、企業が中途採用で優秀な人材と出会い、経営革新のための突然変異の確率を高めることに真っ先に着手すべきだと主張します。

 著者の主張にはいろいろな異論もあることでしょうが、イノベーションの発想を脳科学にまでさかのぼって解説する内容は非常に興味深いものです。ジャーナリストご出身なので、文章にテンポがあって読みやすいのも助かります。

2011年10月24日月曜日

町を襲った台風 広報きほう10月号

 今日の中日新聞朝刊の「この人」というコラムを見て思い出したのですが、先週、紀宝町商工会に行ったときに台風の話が出て、その際、「まあ、これ見てよ」と職員の方が見せてくれたのが、この広報きほうの10月号「災害臨時号」でした。

 9月3日に高知県に上陸した大型の台風12号は、非常に動きが遅いことが特徴で、大量の雨雲が長期にわたって紀伊半島南部に停滞したため記録的な豪雨をもたらしました。
 吉野・大台の山地を源とする熊野川も、50年ぶりと言われるほどに水量が増え、さまざまな悪条件も重なって、最下流に当たる三重県紀宝町(熊野川左岸)と、和歌山県新宮市(熊野川右岸)では、堤防から水があふれ出し、大規模な洪水が発生しました。

 広報きほうでは、この時の溢水の様子や、山間部で起こった大規模な土砂崩れの様子などが克明に記載されています。
 はんわしにとっては尾鷲時代に見慣れていた熊野大橋ですが、この大橋が完全に「水没」しているという信じがたい光景は、何度見ても衝撃的です。

 あれから1か月以上がたちました。
 先週通った国道42号沿いの成川地区などでは、今でも1階部分が使用不能となっている家屋や店舗が見られます。
 また、最も被害のひどかった高岡地区では、半壊状態の家屋も少なくなく、復旧作業も滞っているように見受けました。
 
 中日新聞によると、紀宝町役場で広報きほうの編集に携わっている担当職員は、「役場も・・・広報誌の発行どころではないというムードだったが、未曽有の災害だから記録に残したい。住民には支援情報も必要。と他部署を説得し、六割ほど完成していた10月号の原稿を全面差し替えて。わずか5日間で「災害臨時号」を編集した」とのこと。
 この「支援情報」というのがミソで、10月号の内容の半分は「被災者支援に関する各種制度の概要」となっており、災害援護資金や被災者生活再建支援制度といった支援策のわかりやすい説明にさかれています。(商工会の人もこの部分を絶賛していました。)

 こういう熱い職員が役場にいる限り、そして支えあう皆のチームワークがある限り、紀宝町の前途は決して暗くないのではないかと、お世辞ではなくそう思います。

■紀宝町役場 広報バックナンバー
 (10月号もここからダウンロードできますが、PDFで5MBもある巨大なファイルなので十分ご注意ください。このへん、役場も詰めが甘いのではないでしょうか?)
 http://www.town.kiho.lg.jp/life/kikaku/kouhou.html

2011年10月23日日曜日

伊勢のだいどこ 河崎商人市がにぎわった

 かつて伊勢の物流は、勢田川(せたがわ)の舟運によって支えられていました。
 その荷揚げ場であり物資の集積地であって、江戸時代から高度成長期前まで一大問屋・倉庫街として繁栄を極めたのが伊勢の河崎と呼ばれる地域です。
 勢田川の河川改修により面影はすっかり変わってしまったそうですが、今でも往時の繁栄をしのばせる巨大な商家が何軒も残っており、勢田川の水面に向かって建ち並ぶ姿は、(イメージとしては)ちょっと倉敷にも似ています。

 残念ながら、大原美術館のような有名な観光施設はないのですが、十年ほど前だったかに商家をリノベーションした「伊勢河崎商人館」がまちづくりの拠点として整備され、河崎の歴史や町家文化を伝えています。
 また、古い蔵を活用した「商人蔵」という物産販売施設もあったりして、周辺には町家を生かしたレストランなどもぼちぼち集積しています。

 さて今日は、その河崎で 第12回 伊勢のだいどこ 河崎商人市 なる催しが開かれました。要は河崎でまちづくりに取り組んでいる市民団体や地元商店主などが中心となった、物産市やライブイベントです。
 

 はんわしはイベントのほぼスタート時、朝10時から1時間半ぐらいうろついていたのですが、戦災に遭っていないため今でも道幅が3~4m位しかない本通りに、露店(というのか、模擬店)がたくさん立って、商家はお菓子だのお弁当だの雑貨だの、農家は野菜だの花だの、その他のは古着の店があったり、アクセサリーの店があったりと、結構賑わっていました。
 関係者に聞くと、天気がいいので、家族連れなどおそらく3千人くらいの人出にはなるのではないかとのことでした。

 この種の手作り感いっぱいのイベントは、地元のお年寄りには心地よいものなのでしょう。
 どこからこれほど湧いて出てきたのかと驚くほど多くのじいちゃん、ばあちゃんが、杖をついて、手押し車を押して、転倒しないのが不思議なほど低速でふらふらしながら自転車に乗って、続々と河崎にやってきます。
 露店の出店者さんたちも年配の人が多い(?)せいか、ネイティブな伊勢弁で品物や値段の掛け合いをしているのは見ていてほほえましく思いました。
 お年寄りはたぶん、ヒマなのか、普段の会話がないのかよくはわかりませんが、こういう場でいろいろな人とおしゃべりする時間は心底楽しいようです。
 久しぶりに友達や知り合いと再会することも多いようで、あちこちでおしゃべりの花が咲いていました。


 河崎商人市で露店ががっぽり儲かったとはあまり思えませんが、イベントを仕掛けるとこれだけの人出がある中心市街地に、これからの日本に必要なコンパクトシティの可能性が潜在していることはやはり再認識させられざるを得ません。

 それと同時に、家族・ご近所というコミュニティと、直接の会話(おしゃべり)というツールを所与のものとしている今の高齢者は、今日のように分かりやすい「賑わい」を作り出してくれるのですが、わしらのようなテレビ世代、さらに若いパソコン世代、もっと若い携帯世代のような閉じたコミュニティに慣れた世代が高齢化したとき、世相はいったいどう変わってしまっているのだろうか、などとも考えたのでした。

2011年10月22日土曜日

鳥羽城跡発掘調査現地説明会に行ってみた

 三重県鳥羽市は、江戸時代、志摩国を統治していた鳥羽藩3万石の城下町であり、旧鳥羽城跡は鳥羽水族館やミキモト真珠島などの観光地からも見上げることができる、城山という小高い山の上にあります。
 文禄三年(1594年)にこの城を築城したのは、九鬼水軍の総大将として活躍した戦国大名 九鬼嘉隆でした。城の正門に当たる大手門(追手門)が陸地でなく海側を向いていた特異な形状であったのは、水軍の本拠地としての面目躍如の感があります。
 しかし、築城当時の記録は不明な点が多く、明治維新による城の解体、昭和初期の小学校校舎建築によって城址は大きく形状変更されていることから、詳細について鳥羽市教育員会が発掘調査を行っていました。
 今日、その現地説明会があったので参加してきました。

 
 発掘現場は、現在廃校になってしまった、わしの母校である(旧)鳥羽市立鳥羽小学校の、通称「上(うえ)運動場」と呼ばれていたグラウンドです。
 幅2メートルほどのトレンチが長さ数十メートルにわたって十字型に掘られており、築城当時の石垣の一部や、瓦などが出土したとのことです。



 係の方の説明と、いただいた資料によると
・鳥羽城には三層の天守があったとされ絵図にも描かれているものの、正確な位置は不明であった。発掘では天守台の位置の確認も行ったが、表土直下に岩盤があったことから、石垣などは確認できなかった(明治以降にかなり削平されたためか?)。

・鳥羽城は九鬼嘉隆によって築城されたものの、近世城郭に整備されたのは1643年ごろ、九鬼氏の次の城主、内藤氏によるものとされている。しかし今回の発掘で九鬼氏が城主であった頃の石垣や家紋入りの瓦が出土したことから、九鬼氏による築城当時の様子が確認できた。

・築城時の本丸は高低差があった地形であったものの、江戸時代に整地されていること。また、天守台と想定される場所は削平が著しいものの、本丸御殿跡は現像している可能性が高いこと。

 などの点が、今回の調査のポイントのようです。


 鳥羽城は、九鬼氏がお家騒動によって国替えとなった後は、内藤、土井、松平、板倉、再び松平、稲垣と、短期間で城主が目まぐるしく交代します。今回の発掘では、九鬼家、内藤家、稲垣家の家紋が入った瓦も発掘されており、実物が展示されていました。

 驚いたのは、鳥羽城のようなマイナーな城で、しかも今日は雨天だったにもかかわらず、50名ほどの歴史マニア(城郭マニア)が説明会に集まっていたことです。
 彼ら彼女らはこのような場に慣れているらしく、専門的な質問は連発するし、展示してある瓦を触ったり、撮りやすい方向に動かして好き放題に写真を撮ったりしていました。
 わしもどさくさに紛れて17世紀の瓦に触ってきました。世が世なら、民草による殿様への不敬として許されない行為だったかもしれません。


 鳥羽城は、伊勢湾の入り口に位置し、内航の監視にも外洋への出航も容易な場所です。今でも島々が目の前に広がり、行き交う船が手に取るように眺められます。
 水軍とはいうものの実態は海賊に近い土豪に過ぎなかった九鬼嘉隆が下克上の時代、命を張って出世街道を駆け上がり、大隅守の官位まで得て、鳥羽城を築いたのは、のちに自害する彼にとって人生の絶頂期だったことでしょう。
 彼も毎日眺めていたであろう鳥羽の海を見下ろしながら、しばし思いを馳せたのでした。

■鳥羽 城山公園(鳥羽市観光情報サイト)
 http://www.tobakanko.jp/modules/know/index.php?p=607

2011年10月20日木曜日

キンドル上陸で電子書籍戦争は終了か?

 日経新聞が「アマゾン、年内にも日本で電子書籍」と報じています。(10月20日付け
 アマゾン・ドット・コムが日本で、年内にも日本語の電子書籍 を購入できるサイトを開設する予定であり、小学館、集英社など出版大手と価格設定などで詰めの交渉に入っているとのことです。

 アマゾンは前月、アメリカ国内で電子書籍専用端末である「キンドル」の新型をリリースしていますが、日本でもスマートフォンなどへの配信サービスと共に、この新型「キンドル」投入も構想中だとのことです。

 キンドルは書籍専用なのでディスプレイは白黒なのですが、今回投入された新型では「キンドル ファイア」というカラーディスプレイを備えたタイプも投入されており、価格は199ドル。ムービーを見るとなかなか魅力的な商品に思えます。 



 すでにアメリカのアマゾンでは、紙の書籍よりキンドル版の電子書籍の方が売れています
 このためアマゾンは書籍の価格決定権を事実上掌握しており、値引きや先行出版など既存の出版業界のタブーを破るプロモーションを進めるなど、出版業界における主役交代が目に見える形になっています。

 一方、日本では、縦書きやルビ(ふりがな)など日本語独特の表記形式や、著作権保護の方法を巡って電子書籍の規格が乱立しており、GALAPAGOS、BookLive、honto、Reader Storeなど本命不在の混戦状態です。

 日経新聞によると、これら国内勢も利用者の利便性を高める動きを加速しており、たとえば、これまでソニーの電子書籍端末「ソニーリーダー」は、ソニーが運営する「リーダーストア」 だけで書籍データ販売行われていましたが、20日からは紀伊国屋が運営する「Book Web Plus」も「ソニーリー ダー」に書籍の提供を始めるほか、11月には楽天の「Raboo」も同端末に提供する予定とのことです。

 一方、出版社側も書籍の電子化を急いでおり、新潮社や講談社、学研ホールディングスは全新刊を電子化する方針を固めて作家との交渉を始めたほか、小学館や角川グループホールディングスも全新刊の電子化を目指す、と報じられています。

 音楽端末、スマートフォン、タブレット端末、インターネットテレビなど、日本メーカーはことごとく標準化の機会を逃し、シェアをアップルなど外国企業に明け渡しています。電子書籍でもまた同じことが ~黒船襲来によって日本勢が完敗することが~ 起こるような気がしてなりません。

2011年10月19日水曜日

総務省「地域と大学連携」でカリキュラムづくり

 このブログではたびたび、時事通信社の「官庁速報」の記事をネタにしていますが、今日は 「地域と大学」連携でカリキュラム作り=12年度にモデル委託―総務省 という記事がアップされていました。

 これによると、総務省が来年度、地方自治体や地域住民と大学が連携して行う地域おこし活動を本格推進するとのことで、具体的には、学生が教授の指導の下で地域の現場に入り、地域活性化に継続的に取り組み、さらに単位を取れる仕組みづくりを後押しするもので、来年度(平成24年度)予算の概算要求に1億6000万円を計上したということです。

 総務省の調査では、4割超の自治体が大学関係者と連携した地域おこしなどの活動を行っていると回答しており、学生が農家で農作業体験をしたり、特産品の開発に携わったり、商店街の活性化プランを考案したりという事例が報告されてます。
 そこで、こうした取り組みを一層進めるためには、一時的な活動ではなく、学生が地域おこしに長期間携われるよう、大学の単位を取れるような体系的な仕組みが必要と判断したものだとのこと。
 来年度の事業では、大学や自治体などを対象に、現地での活動計画などを盛り込んだカリキュラム(教育課程)のモデル提案を募集する予定で、モデル事業では、自治体や地域住民、NPOなどと大学が実行委員会を作り、地域おこし活動の目標や活動内容、求められる成果、単位認定の要件などを盛り込んだカリキュラム案を作ってもらい、提案を受け付けることになるようです。

 同省は提案の類型として、
(1)都市部の大学が農山漁村と提携して地域活性化に取り組む「都市農山漁村交流型」
(2)地元の複数の単科大学が互いの特徴を生かし合って活動する「複数大学連携型
(3)東日本大震災の被災地における集落立て直しを目指す「被災地域復興支援型」
 の3つを想定しており、各類型で複数の提案を採択する予定とのことです。

 これは、このブログでもたびたび書いている、全国各地でのチャレンジコミュニティ(学生による長期インターンシップ)をモデルの一つにしているのは明らかです。
 大学の多くがゼミ合宿やフィールドワークで農山漁村体験や、商店街活性化、特産品開発などにかかわっている実態を踏まえ、これをシステム化しようということなのでしょう。
 わしが知っている範囲では、高知大学が学生の長期インターンシップに単位を認定していたと思いますし、そのような大学は徐々に増えてきているようなので、たまたま若者の間で「ソーシャルビジネス」や「コミュニティビジネス」への関心が高まっていることもあって出てきた話なのでしょう。

 三重県でも、三重大学や鈴鹿高専などは産学官の連携が活発に行われていますが、県内の私立大学は小規模な単科大学が多いためか、一過性のイベント的な地域おこし活動は散見されるものの、長期的なスパンでのかかわりはあまり見聞きしたことがありません。
 国公立大学をはじめ、地方の大学はこれから若者人口の減少で冬の時代を迎えます。(三重県でも松阪市にある三重中京大学は閉学が決定しています。)
 その意味では、地域の企業や住民との連携を強化すること、多面的にすること、そして実利的にすることはますます需要になってきます。要するに、大学連携によって地域が経済的にも潤わないと、パートナーシップは長続きしないということです。

 三重県でも、このような制度を活用するしないにはかかわりなく、地域おこし活動と、私立大学や県外の大学も参画した連携が進むことを期待したいと思います。
 一番問題なのは、このようなパートナーシップをプロデュースし、実際に運営することができる人材が地域にいるかどうかということでしょうが。

2011年10月18日火曜日

三重県亀山市の自治会に抗議が殺到!?

 ガシェット通信(リンクはしていません)に、「三重県亀山市みどり町自治会による猫一斉捕獲について地元警察に話をきいてみました」というトピックが掲載されています。
 
 この記事によると、普段から野良猫やマナーの悪い飼い主の猫が近隣住民に迷惑をかけているとして、亀山市のみどり町連合自治会会長名で、10月から11月にかけて「野良猫」の捕獲を実施し、捕獲した「野良猫」は鈴鹿保健所に持っていき収容する、という内容の回覧を行ったことに対し、全国の一部の猫愛好家や動物愛護団体から抗議が殺到していたというものです。

 この回覧文には、
・近隣住民に迷惑を掛ける飼いかたをしている飼い主は、動物愛護管理法7条に違反をしてます。飼い主が所有物権を行使しようとしても、権利の濫用とみ たされば所有権を行使することはできません。また、管理不行き届きの猫が近隣住民へ害をおよぼせば民法718条により飼い主が賠償する義務があります
 とか、
・外飼い猫や野良猫の被害を無くすためには駆除しかありません。虐待法には 触れません。合法的に害獣駆除しましょう。 捕獲器で捕まえ保健所へ持ち込むのが一番確実です。自宅の敷地内に毒餌を 置くのも効果的です。ともかく猫は容赦なく駆除するに限ります。
 などの、やや刺激的な表現が見られるほか、
・(駆除活動に伴って)飼い猫がいなくなった時は 保健所と警察に連絡してください。
 とあって、ご丁寧に鈴鹿保健所と亀山警察署の電話番号が記載されているなど、猫愛好家にとっては神経を逆なでするような表現が散見されたようです。

 飼い主のいない猫のTNR活動(はんわし注:野良猫などの去勢、避妊を進める活動)などをしているという、地域猫応援団 Cat paw clubなる団体のホームページによると、
 当初は
 「緊急SOS!! 三重県亀山市みどり町「猫一斉捕獲」に抗議をお願いします」
との呼びかけがありましたが、今時点では
 「猫一斉捕獲は中止されましたので、抗議中止をお願いいたします。」
とあるので、自治会側が抗議活動に屈服した形で決着したようです。

 この件については不明な点もたくさんあるし、自治会という組織は地縁的な住民組織であり、住民の声をきめ細かく代表している反面、全国的に見ると一部の住民が運営を牛耳って少数意見がまかり通ってしまうという非民主的な自治会も散見されることは事実なので、みどり町連合自治会の野良猫駆除の呼びかけも、その真意はどこにあったのかがわかりかねるので、軽々なコメントはできません。(いうまでもなく、わしはみどり町連合自治会を非難するつもりはありませんし、動物愛好団体を批判する気もありません。)

 しかし、この一件からは、以下のような教訓は学べると思います。
1 一地域の自治会活動という小さな出来事であっても、ネット社会ではまたたく間に世界中に情報が流れ、有象無象、多くのステークホルダーが意見表明したり、介入してくる。
2 動物愛好家のように、強固な信念と価値観を持ち、地域の実情や真の理由を忖度することなく抗議や攻撃を行ってくる人々が確かに社会には存在する。

 何か行動や発言をする前には、このような現代特有の現実を念頭に置いたリスク管理が求められるようです。

2011年10月17日月曜日

JA南紀の超極早生みかん「みえの一番星」

 そろそろスーパーの青果コーナーに早生みかんが並ぶようになってきました。

 今の時期に店頭に並んでいるのは極早生(ごくわせ)という品種のようで、わしの近所のスーパーでは、和歌山産、熊本産などと共に、三重県のJA南紀の「南紀みかん」も存在感を放っています。

 さてそのJA三重南紀ですが、新しい品種の超極早生が9月中旬から出荷されているそうです。甘みと酸味のバランスが絶妙な非常に美味なみかんのようで、その名も「みえの一番星」
 
 かっこいいネーミングですが、正確には今シーズン「改名」されたもので、みえの一番星となる前の名前は「味一号」というものだったそうです。間違いなく改名は大成功であったと言えるでしょう。

 JA三重南紀のホームページによると、みえの一番星は『サマーフレッシュ』と『極早生』のかけ合せで、見た目は酸っぱそうですが、今年産は糖度10.5 酸度1.1に仕上がっており、Mサイズ中心に販売期間内に約120トンを出荷する予定だそうです。
 どうやら出荷そのものは9月中に終わってしまったようで、少なくともわしは店頭で実物を見かける機会がなかったような気がします。ちょっと残念です。
 
 このみえの一番星は、三重県農業研究所が育成した品種であり、マルドリ方式という栽培方法により糖度と酸度をコントロールした、付加価値の高いみかんです。現代日本の農業は、作物の付加価値を高め、高値で販売する以外に海外からの農産物に打ち勝つことはできませんから、これは非常に正しい戦略だと思います。
 しかし残念ながら、生産量がわずかであって流通も少ないので、みえの一番星という商品名が消費者に浸透する前に品切れになってしまい、半永久的にブランド化に成功しないというジレンマも心配されます。
 紀南地域のみかん農家も高齢化しており、新たな品種への取り組みや、生産規模の急激な拡大が難しいという事情もあるのかもしれません。

 <写真はJA三重南紀のホームページから転載しました>

2011年10月16日日曜日

伊勢神宮---東アジアのアマテラス

***マニアックな内容なので、伊勢神宮に関心がない方は無視してください***

 完全にブームが去った観があるご当地検定ですが、はんわし、よんどころない理由により「検定お伊勢さん」なる伊勢のご当地検定を受験することになりました。

 検定日は12月11日。あと2か月足らず。

 問題は択一式だし、公式テキストブックが出ているので、丸暗記したらなんとかなるだろうと思い、ぱらぱら見ているのですが、伊勢神宮や伊勢の街の歴史について、ある程度雑学的には知ってはいてもきちんとした本はあまり読んだことがなかったので、色々と新しい発見があります。と言うか、知らないことが圧倒的に多いことに今さらながら気づかされました。現在ぼちぼち受験勉強中です。

 ただ、公式テキストの伊勢神宮に関する記述は、当たり前のことですが伊勢神宮サイド(宗教法人 神宮司庁)の見解なので、皇国史観的な説明が多くて少々堅苦しくもあります。

 本当はわしのような「受験生」がこんな本を読んでいてはいけないのかもしれませんが、この「伊勢神宮---東アジアのアマテラス」(千田稔著 中公新書)は、公式見解とは異なった学者らしい持論展開のエキサイティングさがあります。

 伊勢神宮には内宮(ないくう)と外宮(げくう)があり、それぞれ天照大神と豊受大神を祀っています。
 この二つの宮は、見た目は非常によく似ていますが、千木(ちぎ)と呼ばれる屋根の装飾が、内宮は水平切(内削ぎ)なのに対して外宮は垂直切(外削ぎ)だとか、鰹木(かつおぎ)と呼ばれる屋根の上に置かれた丸太状のものが、内宮は偶数だが外宮は奇数だとか、ある種の「対」として、ちょっとずつ違って作られています。
 これが中国古来の思想である陰陽道の影響なのは明らかだというのは定説で、もともと神道には言語化された教義や経典がなかったものを、仏教に対抗する宗教哲学として体系化していく過程で、中国の思想が取り入れられたというのはある意味自然なことだったと思います。

 この本によれば、日本の古代思想は朝鮮半島経由で大陸から渡ってきた北方系のものと、太平洋の黒潮に乗ってやってきた(もちろん航海技術にたけた海洋民族を媒体にして伝承された)南方系のものがあり、伊勢神宮の太陽(天照大神)信仰も、それぞれの立場からの推論が可能であるそうです。
 詳しくは本書をお読みいただきたいのですが、伊勢神宮が成立した持統天皇の時代、大和朝廷はまだ飛鳥を中心にした勢力であり、全国を完全には平定していませんでした。
 伊勢神宮は、大和朝廷の権力が及ぶ東端であった伊勢の地に、中国古代の思想(道教)である神仙思想などが日本古来の信仰にミックスされた、ある意味「グローバルな世界観」の下に成り立っているもののようです。詳しくは本書をお読みください。

 たまたま、昨日、今日と、伊勢市では「伊勢まつり」が開催され、繁華街を中心に様々なイベントが催されていました。これも、本来は稲作の収穫が終わったことを神様に感謝する、伊勢神宮の神嘗祭(かんなめさい)の奉祝が、民衆の世俗的なイベント祭りに転嫁していったものという歴史的な経緯があるようです。
 こういうことも、いろいろ勉強していると、より興味深く感じられます。

2011年10月15日土曜日

ありがとうの気持ちで守る 世界遺産熊野古道

 テレビ東京系のBSジャパンが金曜日の夜に放映している ふるさと発元気プロジェクト に、三重県尾鷲市の夢古道おわせが取り上げられました。

 番組は、夢古道おわせの伊東店長をメインに、尾鷲ヒノキの間伐材を使った「100のありがとう風呂」の発案と、それが尾鷲だけでなく全国の温泉やスーパー銭湯などに広まり、一大イベントして盛り上がっていくまでの取り組みをドキュメンタリーにしたものです。


 夢古道おわせや、100のありがとう風呂については以前にもこのブログでも取り上げているのでそちらをお読みください。

 ■365日感動演出型温浴施設セミナー!(2011年7月14日)

 ■世界遺産風呂 尾鷲ヒノキの入浴木 (2009年12月12日)

 ■全国一斉 敬老の日100のありがとう風呂 (2011年7月29日)

 夢古道おわせの取り組みにはいくつかの重要なポイントがあります。以前の記事と重複するかもしれませんが2つだけまとめてみると

・尾鷲ヒノキは主に家の柱や梁といった構造材や、壁材などの内装材として長らく繁栄していました。林業家も製材所もそれで大きな利益を上げてきたので、木造建築がまったくの斜陽となった今でもその時の夢が忘れられず、生産側の発想(三重県産材で新築した家主に行政が補助金を出す、といったたぐいの)から抜け出すことができなかったのが、産業としての低迷の大きな原因です。
 入浴木やありがとう風呂で使われる間伐材は、構造材の需要に比べて微々たるものに過ぎませんが、それでもこのような新しい商品の開発や、新しい市場の開拓がなければ、現状は何も変わりません。
 消費者の視点や、尾鷲の地域性を物語として具現化できる「ビジネスモデル」の構築が何より重要なのです。

・行政も地域資源を活用したビジネスの支援は積極的に行っています。夢古道おわせも、レストランや温浴施設の建物は国の補助金を使って尾鷲市が建設したものです。
 しかしながら、行政の支援は使い勝手も悪く、本当に必要な時に、必要なツールが得られるとは限りません。あくまでも側面的な支援であって、一番重要なことは、経営者の情熱であり、従業員のチームワークであり、他社と差別化できる強い商品とか技術を持っていることです。
 夢古道おわせは行政の支援を活用しつつも、地元の企業やNPO、漁協や森林組合などと良好な関係を保ち、さらに尾鷲市内外に多くのファンやサポーターを持ち、それらすべてと連携しながらコトに望んでいます。
 決して行政頼みに陥っていないし、同時に自己満足的な「自己完結」にもこだわっていません。
 このバランス力は見落とされがちですが、重要なポイントです。

 おそらく三重県で一番成功している事業者となった夢古道おわせ
 現状に満足することなく、おごることなく、これからも地元尾鷲を愛し、顧客目線で精進してもらいたいと思います。

 ちなみに、お母ちゃんのランチバイキングと、みえ尾鷲海洋深層水を使った温浴施設(夢古道の湯)の2つは、このわしが絶対におすすめします。この秋、どこか日帰りで行けるいいところはないかと考えている方はぜひ行ってみてください。

2011年10月13日木曜日

東京日本橋で「津市・四日市市観光と物産フェア」

 10月12日から14日までの3日間、東京で津市・四日市市 観光と物産フェアなる合同物産展が開催されているとのことです。

 会場の日本橋イベントスペースは東京駅八重洲口から徒歩4分という至便の地にあり、財団法人地域活性化センターが所管しているもので、地方公共団体等が特産品や観光PR等のイベントを行う場合に無料で貸し出しを受けることができます。(もっとも好条件ゆえに全国から申し込みが殺到しており、なかなか取れないスペースとしても有名です。)

 伊勢新聞(10月13日付け)によれば
・物産展には、津市から丸大大森の焼きのりや、猪の倉温泉のブルーベリー商品、地元農家のサツマイモやサトイモ、シイタケなど新鮮野菜が出品。四日市からは、じばさん三重が大矢知素麺や萬古焼などを販売した。
・今回初めて参加した丸大大森の社長は「東京は焼きのり文化。用意した百五十個が完売し、手応えは非常にいい」と強調。「早摘みの焼きのりは香りが高く品質には自信はあるが、日本橋でどれだけ通用するか挑戦したかった。評価されうれしい」と語った。

・先月末、板橋区で開いた四日市市の単独物産展に出品したじばさん三重は、「萬古焼は板橋の商店街では苦戦したが、日本橋ではよく売れている」と喜んだ。
 とのことで、手ごたえは良いようです。

 面白いことに、物産展をやると、消費者の嗜好は土地土地によって全く異なることがよくわかります。
 今回は焼きのりが象徴的だったようですが、魚の干物でも背開きはあまり売れないとか、ミリン干しのほうがよく売れるとか、塩辛い方が好まれるとか、いろいろあって、これだから商売は面白いとも言えるし、その反面怖いところがあるのかもしれません。

 全国的な知名度はあまりぱっとしない津、四日市ですが、素晴らしい産品はいろいろあるので、ぜひPRしていただきたいと願います。

 しかしながら、こういう物産展系の記事を読むといつも思うのですが、東京都心とは言えたったの三日間の売り出しです。よく売れたとしてもさほど大きな利益ではないでしょう。(物資の搬輸送や、三日分のアテンド代だけでも相当費用がかかっているはずです。)
 これを東京でのPRと割り切れば採算うんぬんの話は的外れですが、大きなビジネスになるためにはデパートの物産展に定期的に出られるようになるとか、スーパーや問屋に多くのロットを卸せるようになるとかの「商談」が不可欠です。

 今回の津市・四日市市 観光と物産フェアでは、果たして次につながる商談が、いくつ生まれたのでしょうか? そしてそれは費用対効果のバランスがとれているのでしょうか?

2011年10月12日水曜日

ムードが支配する、理性のない国

 ひと昔前、いや、ほんの2~3年前まで、県が中小企業が海外に生産拠点を作ることを支援しようなどと言ったら、上司や同僚から袋ダタキに遭いかねませんでした。
 政府の景気対策や産業政策は失敗の連続で全く功を奏せず、先見の明のある中小企業経営者は、これから経済成長が本格化する中国、インドなどの新興諸国が世界経済を引っ張っていくことは間違いないと見ぬいており、中小企業といえども事業拠点の海外進出や、少なくとも海外販路の開拓、そしてグローバル化に対応できる留学生などの人材確保の必要性を語っていました。
 しかし、県などの地方自治体がそれらを支援することは「産業の空洞化」を促進し、地方産業政策のレゾンデートルである税収確保や雇用確保に逆行するものだという意見が支配的だったのです。

 ところが、円高が進み、それがすっかり定着して、今までは円高容認はケシカラン、国はどんどん為替介入して円安にしないと日本の「ものづくり」が消滅してしまう、などと吐いていた円高亡国論者も、ようやっと中小企業の海外移転もやむを得ない、と言い出し、最近では「地方自治体もそれを支援すべきだ」などと言っている始末です。

 この変わり身の早さは日本の識者の思考停止=政策能力のなさの(残念ながら)証拠ですが、すでに中小企業白書2008年版などが、積極的に輸出している企業がそうでない企業に比べて生産性が高いとか、海外の仕事が増加するため、国内の管理業務などはむしろ繁忙化し、かえって国内雇用が増える傾向があることなどは指摘しています。

 なので、ムードによって言うことがころころ変わる行政などはあてにせず、中小企業経営者はしっかりと自分の目で見、耳で聞き、足で歩き、頭で考えて海外進出の是非を決断されることが肝要です。
 今や海外進出のコンサルタントは優秀な方が地方にも多くネットワークを持っています。森欽窯業の森社長も言うように、海外進出は中小企業の生死が懸っています。行政がタダでくれる情報ではなく、複数の民間コンサルから必ず有料で情報を取り、それを吟味して最後は自分で決めるという以外にはありません。

 問題なのは、今後怒涛のように製造業の海外移転が進むと、労働者の賃金もグローバル化して、現在のレベルからの賃下げが進むことが長期的には避けられないことです。
 よく指摘されるように、アメリカの80年代がそうでした。
 日本の追い上げによってアメリカの鉄鋼、家電、自動車などの製造業は斜陽となり、脱工業化が進みます。これは一般的に賃金が高い製造業がメキシコやブラジルなど人件費が安い国に移転し、アメリカ国内でも賃金が安い商業やサービス業に労働力が移動することと裏腹でした。
 日本でも早晩、遅くとも5年後にはこの問題が顕在化することは断言できます。
 低賃金化の中で、県民の生活や地域コミュニティがどう変化するのか、社会制度はそれにどう対応するのか。
 そろそろ、地方自治体は、グローバル化した地域社会の在り方を考えなくてはいけないのではないでしょうか。

2011年10月11日火曜日

50年目でベールを脱いだ、うま味調味料「この味」

 今日、四日市市に出張したついでに、近鉄四日市駅近くの じばさん三重(三重北勢地域地場産業振興センター)に立ち寄りました。
 ここの1階の売り場には、三重県北勢地域の伝統工芸品、地場産品、さらにお茶やお菓子、清酒などの特産品が一堂にそろっているのですが、今一番の売れ筋商品は何ですかと聞いたら、その一つが、「この味」(このあじ)という、うま味調味料だと教えてもらいましたそうです。
 写真が汚くて恐縮ですが、無色透明でミネラルウォーターのようにしか見えませんが、実はどんな素材の料理にも使え、味を引き立たせる万能うま味調味料とのことです。

 製造販売元であるこの味本舗のホームページによると
・うま味調味料「この味」は、独自の製法により作られた“手作り限定生産品”で、かつお、昆布、椎茸の「うまみ成分」と「塩」で作られております。
・和食、中華、洋食、その他、酢の物、サラダのドレッシング等、ジャンルを問わず、醤油や塩を使った料理なら、何にでもお使いいただけます。
・うま味調味料「この味」は機械化せず、独自の製法により作られた、手作りの限定生産品です。 保存料は一切使用しておりません。
 とのことであり、
・「この味」は、昭和28年(1953年)創業以来業務用として、50年以上使われて きた実績ある調味料です。
・三重県四日市市内の有名店をはじめとし、三重・愛知・岐阜県を 中心にした、うどん屋さん、料理屋さんでご利用いただいております。
 ということだそうです。

 業務用の調味料や食品添加物には一般には知られていない専門メーカー製のものが多く、種類も細分化されているのですが、はんわしもさすがに「この味」は知りませんでした。一般家庭向けには50年目にしてベールを脱いだということのようです。
 ためしに一番小さいボトルの100ml入り(税込200円)を購入してみました。
 ラベルには原材料名は「調味料(アミノ酸等)、食塩」とあるので、味の素とか、いの一番とかの、いわゆるうま味調味料の一種なのでしょうか?

 購入時にじばさん三重のレジでもらったレシピに従って、無色透明であるために自然な美しいタマゴ色で仕上げられるという卵焼きを作ってみたところ、確かに大変美しい黄色に焼き上げることができます。
 他にも、卵かけご飯、煮卵にも向いているそうです。もちろん、煮物、炒め物、酢の物などに広く使えるようですので、みなさまも機会があればお試しください。

■この味本舗 http://www.konoaji.com/
  レシピが豊富に載っていて参考になります。簡単な料理が多い(?)のも助かります。

2011年10月10日月曜日

復興の掛け声とともに、必要なことは

***東紀州関係者以外は無視してください***

 さっきNHKラジオを聞いていたら、観光庁の溝畑長官が、台風12号で被災した三重、和歌山、奈良の現地を訪れ、実情を視察したとのことです。
 熊野川の氾濫で壊滅的な被害を受けた三重県紀宝町の西田町長とも面会し、一般観光客の風評被害によって入れ込み客が減少しており、町内の観光施設も大きな影響が出ているとして、国の支援を要望したそうです。

 このたびの被害は本当に大変なもので、地域外からは多くのボランティアが復旧支援に行っていますし、東紀州復興Tシャツなどの動きも出ています。
 これらは大いに心強いことではありますが、持続可能な本格的な復旧・復興としていくためには、西田町長も言うように、本来の経済活動 ~農業、漁業、林業の活動や、生産、流通などの事業活動~ が住民自身によって正常化される以外にはありません。
 その意味では、熊野古道伊勢路や熊野川の川船(三反帆)など、地域が営々と取り組んで、やっと実を結びつつあった観光がダメージを受けたことは本当に残念ですし、観光の再興は地域にとって不可欠です。ぜひ一日も早く、多くの観光客が訪れるようになってほしいと願わずにはいられません。

 しかし、現実問題として、紀宝町をはじめとする東紀州の被災地が、いや、三重県の東紀州地域だけでなく、熊野本宮や那智大社、龍神温泉、熊野古道中辺路、十津川といった観光地が、果たして現在どのような状態なのかについての情報は、はんわしのような域外者が一元的に入手することは非常に困難です。

 交通アクセスは回復しているのか? どうも新宮あたりはJRは不通のようですが。道路は通れるのか、バスや列車はどのようなな運行状況なのか。
 那智大社は被災したようですが、もうお参りはできるのでしょうか。旅館やホテルは通常営業なのでしょうか?
 また、建前はともかくとして、被災した住民にとっては、観光客がぞろぞろとやってくることは内心不愉快ではないのか?
 などなど疑問は尽きません。

 三重県の東紀州に関しても、三重県観光連盟のホームページ「観光三重」を見ても、情報は全くわかりません。
 東紀州観光まちづくり公社は、ホームページで熊野古道伊勢路の状況について情報提供していますが、古道の各峠の登り口までの安全性やアクセスが不明です。
 そのほか、東紀州最大のポータルサイトも観光の可否については不明。
 結局、事実上、域外の人々にとっては一元的な観光情報が入手できないのです。

 風評被害は、踊らされる一般庶民も悪いのでしょう。しかし正確で迅速な、そして出所の確かな情報提供がなければ霧消しないことも真実です。

 少なくとも東紀州5市町でホームページに共通のバナーを作り、5首長さんによる「東紀州は安全に観光が楽しめます」といった共同コミュニケを載せるべきではないでしょうか。それを、観光三重や各公共交通機関、旅行会社などにもリンクを貼ってもらうのです。
 まずそこから始めてほしい、と切に願います。
(もちろん、本当に安全に観光が楽しめるという状態であることが前提です。単なる興味本位の来訪者に迷惑している面もあるようですので。)

2011年10月9日日曜日

近鉄が「貸切ツアー専用」特急車両を投入へ

 近畿日本鉄道は、旅行会社「クラブツーリズム」が主催するツアー専用列車として特急車両(12200系)を計4両、約4千万円かけて改造し、12月23日から運行を開始すると発表しました。(ニュースリリースのPDFはこちら
 クラブツーリズム(本社 東京都)は近鉄の関連会社であり、会員の顧客を対象とした、ハイキング、写真、スケッチ、温泉、歴史、ダンスなど、同じ趣味や関心をもったお客が集うような「テーマのある旅」の企画商品を特徴にしています。
 

 この専用特急は、「旅行がもっと好きになる電車」をコンセプトとしており、近鉄特急の標準的なオレンジ色と紺色のツートンカラーでなく、深緑色の特徴あるカラーリングになるようです。
 カーペット敷きの床や穏やかな色の照明の内装を持ち、10平方メートルほどのスペースは荷物置き場のほか、さまざまな催しができるイベントスペースとして活用し、朝日新聞によれば、訪問先について講師が勉強会を開いたり、酒造メーカーと連携してワイン講座を開くなどに使われるとのことです。

 このように特定の旅行会社が年間を通して専用に使用する団体列車の運行は、近鉄では初めてなのはもちろん、国内初であり、近鉄では年間200日程度の運行を予定しているそうです。

 今年、平成23年は後世から東日本大震災の年として記憶されることでしょう。
 それと同時に、福島原発事故による電力不足を契機とした国民のエネルギー観の転換の年としてや、無力な政府に代わって民間のソーシャルビジネス(コミュニティビジネス)が被災地の経済的復興の主役となった年としても記憶されるのではないでしょうか。

 旅行については、かなり前から団体旅行中心の物見遊山的な内容から、個人や少人数グループ中心の自分の興味や関心にカスタマイズした観光商品にニーズが移りつつあることが指摘されています。
 これに加えて、省エネ思想の浸透によって自家用車利用の観光から列車やバスなどへモーダルシフトが起これば、近鉄とクラツーのこの企画もどんぴしゃり的中となるのでしょう。さて、どうなるか。 

2011年10月7日金曜日

製造業者も期待する、地域農業の活性化

 何人かの中小企業経営者とお話をしている中で、地域経済の活性化のためには地域の農業を再生することが不可欠であると考えている人が非常に多いことにあらためて驚かされます。
 特に自動車など.輸出型製造業の下請けをやってきた製造業の経営者ほど、今はまさに脱自動車というべき産業構造の転換点であって、メーカーやティア1、ティア2の海外移転と、円高の継続は所与の前提としてとらえ、その上で.自社ブランド商品の開発や、販路開拓戦略を持つことが必要だと言います。
 また、異口同音に、地域の農業、林業の再生は持続可能なコミュニティのために絶対必要であり、製造業やICTの中小企業が蓄積している技術やノウハウによって、何とか新しい足がかりにしたい、という考えを口にされます。

 このブログでは何度も書いているように、今一種のブームとなっている「農商工連携」も、地域での実践例の多くは特産の農産物を使った新しい加工品の開発であり、特産の果物を使って酒を造ったとか、特産の野菜や海草を使ってうどんを作ったとかいう類の「特産品開発」の域を出ているものは、ほとんどありません。

 もちろん、特産品開発に意味が無いわけではありませんが、せめてそれを機能性食品に高付加価値化するとか、一定の生産ロットを確保して全国的な出荷に対応できるとかに「産業化」しなければ、なんら差別要因のない「特産品」などたちまち淘汰されてしまうことでしょう。

 
 製品の高付加価値化や、一定規模を持った産業にするためには、これら製造業者などの技術的な関与が重要ですし、何より新規性のあるビジネスモデルを考えて、地域発のイノベーションにしていかなければなりません。

 問題なのは、従来のように、国や県などの行政機関が、地域に対して具体的な方向性を示し、企業や農業者、住民を引っ張るような形での地域イノベーションを考えている関係者が少なくないことですが、これは不可能です。
 
 地域の産業関係者が住民(消費者と労働者の両方の面を持つ)と目線を同じにして、地域のあり方を考えていくテーブルの場が必要であり、地域イノベーションとしての農商工連携のためには、県や市町村、商工会議所や商工会、大学、金融機関、農業団体などが自由に意見交換でき、試行錯誤できる場が必要です。

 特に県や市町村が行うべき地域産業政策は、企業立地促進法の「地域産業活性化協議会」といったたぐいや、国の官僚の受け売りや施策の下請けではなく、「実質的な意見交換の場」を一向も早く構築し、運営することです。
 すでに、そのレベルの地域間競争に進化してきていることを、自分も含め関係者は深く再認識すべきだと感じています。

2011年10月6日木曜日

ジョブズさん、安らかに

 世界で最も偉大なイノベーターの一人でした。安らかに。

2011年10月5日水曜日

良質な「地域おこし」実例の紹介本

 北海道小樽市役所職員出身で、現在は「まちおこしのプロフェッショナル」と呼ばれ全国で講演会や実践活動を行っている木村俊昭さんの新刊、自分たちの力でできる「まちおこし」(実務教育出版)を読了しました。

 木村さんは、地域活性化には2つの「気づき」が求められると言います。

 一つ目は「地域をよく知る機会の創出」です。これは、地域の宝さがしなどと言われ、ある程度一般的になってきていると思います。

 もう一つは「地域活性化とは、部分最適化から全体最適化を図っていくことである」ということです。
 たとえば商店街がシャッター通りになって、何とか活性化を図りたいと考えるとします。空き店舗に新たなテナントを入れよう、という「空き店舗対策」はもちろん有用ではありますが、それだけではまち全体の活性化にはつながりません。空き店舗対策はあくまで「部分最適化」なのです。
 商店街だけにとどまらず、いかに地域住民を巻き込み、地域が抱えている様々な問題とリンクさせた中で活性化を考えるか、という「全体最適」の視点が重要なのです。

 この2つの気づきを踏まえたうえで、木村さんはまちおこしにの5つのポイントを紹介します。
 すなわち、
1 地域内産業の売上・所得アップ
2 人財(ママ)の育成と定着率の向上
3 地域で汗する人を評価する仕組みづくり
4 女性・若者・年配者が活躍する場の創出
5 新しい産業・文化の確立
 の5つです。

 たとえば1は、いかに熱意をもってまちおこし活動をやっても、それがボランティアベースであれば一過性で終わっていまいます。行政の補助金頼みを脱却し、地域住民を広く巻き込んだ活動にするためには、経済的なリターンはやはり欠かせないので、売り上げアップ、所得アップをもっと重視しよう、といった具合です。

 そして、これら5つのポイントが顕著に表れている、全国各地のまちおこし取り組み事例が18ケース紹介されています。
 これらの事例には、以前このブログで書いた三重県多気町の高校生レストラン(まごの店)をはじめ、沖縄県読谷村の紅いもタルトとか、山形市の会員制の酒造り(柏倉門傳)とかのような、すでにわりと有名なものも含まれています。
 なので、知っている人はとっくに知っているのでしょうが、それぞれの事例が簡潔に紹介され、木村さんの解説コメントも添えられているので、大変読みやすく、まちおこし事例の良質な入門本という趣です。

 「デフレの正体」の著者である藻谷浩介さんも、でかい顔写真とともに、“デフレだ”とぼやいているヒマがあったら本書を読もう、という帯文を書いているほどなので、関心がある方にはご一読をおすすめします。

2011年10月4日火曜日

尾鷲市のニューポートホテルが自己破産申請

中日新聞(10月1日付け)によると、三重県尾鷲市の尾鷲漁港に隣接しており、台風シーズンには必ず全国中継される、尾鷲港の定点カメラが設置されている場所としても知られている「ニューポートホテル」が自己破産の準備に入っているということです。

 記事によると
・同ホテルは1987年に設立。収容は56人で、同市では二番目の規模のビジネスホテルだった。
・同社によると、平成10年ごろまで1億円弱の年間売上高を計上していたが、景気悪化で近年ビジネス客が減少し、業績が悪化していた。社員2人、パート従業員8人も解雇される。
 とのことです。

 尾鷲市は世界遺産である熊野古道伊勢路の「馬越峠」(まごせとうげ)の出発基地として有名ですが、市内にある民宿や旅館、ホテルなどの宿泊客は、実は「観光客」よりも、中部電力三田火力発電所のプラントをメンテナンスするエンジニアであったり、建設が進んでいる高速道路(紀勢自動車道)に従事している人たちなどの「ビジネス客」が多くを占めています。

 そのせいか、尾鷲市には、(表現は悪いのですが)洗練されたビジネスホテルがありません。
 既存の宿泊施設も多くは「下宿のように家庭的」か、新規の設備投資もほとんどされていないところが多い現状です。
 はんわしも、「民宿のイメージ」を敬遠しがちな女性とかビジネスマンには、ニューポートホテルを紹介するか、他には紀北町の季の座とか、熊野市のネモ・リゾートとかビジネスホテル河上などを紹介していました。(もちろん尾鷲市内にもいい宿はたくさんありますので、誤解が無いように補足しておきます。)

 記事の中には、尾鷲市役所商工観光推進課による「市内の宿泊施設については三重大と協力して状況を調査し、支援策などを検討しているところだった。イベントなどで定宿にしている人もあり、市の観光にとっても痛手」と話している、とのコメントもありました。
 確かに尾鷲市では熊野古道を活用した健康ツーリズムの研究やテストにも着手していたので、それが観光商品になり、高速道路の開通によって一定の集客力を持つようになれば、市外に流れていた宿泊客を取り込む青写真が描けたはずでした。

 現実問題として、尾鷲に一定規模の都市型ホテルが新たに立地するのは難しい情勢だと思います。しかし、今は宿泊客も多様化しており、かつてのユースホステルのようなドミトリーや、民家をそのまま使った簡易宿泊施設なども各地に作られ、外国人バックパッカーも含めた旅行者の交流の場になっている事例も多くみられます。

 尾鷲らしい、かつ、都会的なセンスもある ~決して設備が豪華である必要はないものの、LANやウォシュレットなどが完備しているような~ 宿泊施設ができないものか、と思います。

2011年10月3日月曜日

何もしないという選択

 国の三次補正予算の議論が大きく報道されているようですが、これによって「景気が回復する」などと思っている経営者はおそらくほとんどいないのではないでしょうか。

 一昨年に、某省が日本経済の将来ビジョンのようなものを発表したことがあります。
 生産年齢人口の減少や高い法人税など重い企業負担、新興諸国のキャッチアップなどにより、輸出型のものづくり産業は早晩立ち行かなくなる、という現状分析は的確でした。

 しかし、それから導き出されるた「成長戦略」は、新エネ省エネ産業の振興による低炭素社会の実現だの、官民一体となった社会インフラの輸出だのと言った、典型的な「ターゲット型振興策」、つまり、国がこれからはこんな産業が成長するはずだと決めて、その分野に税金を集中投入するというものでした。
 そして、その突拍子もない産業政策をとる理由の一つが、中国や韓国など新興諸国をはじめ、アメリカやヨーロッパ諸国も、国主導で産業政策に取り組んでおり、国際的な大競争に突入しているからというものでした。
 これは、奇跡と言われた戦後日本の経済復興と成長が、国主導の産業政策にあったという神話(実証的研究では、ターゲット型産業振興には効果がなかったことは定説になっている)に憧れ、先祖返りを願っている深層心理が図らずも出たものかもしれませんが。

 しかし欧米では、日本と違って財政支出の増大に対する懸念という「健全なブレーキ」がかかるので、国の大規模な支出を伴う産業政策はアメリカのオバマ大統領のように、ほとんどが行き詰っています。
 その中で、日本だけは孤塁を守って「成長戦略」に対してさらに財政出動しようとしており、財政破たんへの道を突き進んでいます。

 不思議なのは、国や地方自治体などは基本的に経済活動のリスクは負えないのに、それに対して官僚や役人の自覚が不十分なのはともかく、立派な経営者や財界人までがこのような成長戦略を支持することです。
 うがった見方をすれば、このような方々は海外に資産を持っているので、日本が財政破たんし、ハイパーインフレになっても影響をこうむらないポジションにいるからかもしれません。

 地方自治体でもまたぞろ「農林水産業の支援」や「中小企業の海外展開」などに莫大な支出をしようとしています。
 税金を投入してことごとく失敗に終わっても、役人たちは破産寸前の自治体から退職金だけはぶんどって定年退職していくのでしょう。
 行政は、むしろ、このような景況の時には下手に何かするのでなく、何もしないのが一番正しいのではないでしょうか。(競争環境の整備や起業促進など、間接的な下支えは不可欠にしても)
 とにかく、自分の失敗を住民につけ回しするしかない(しかも、大部分は子や孫のような将来の住民につけ回しされる)立場の人間や組織は、これ以上傷口を広げるべきではありません。 

2011年10月2日日曜日

流通系企業の新経済団体が12月に設立

 先週、各紙が、流通関係の業界団体が、消費財メーカーなどと連携して、「国民生活産業消費者団体連合会(仮称)」なる新しい経済団体を12月に立ち上げることを報じていました。

 全国規模の経済団体というと、経団連(日本経済連合会)が思い浮かびますが、よく知られるように、これは鉄鋼や化学、自動車、電機などの重厚長大型のメーカーが主流であり、楽天の三木谷社長が、そのあまりの保守志向に業を煮やして脱退を表明したことも記憶に新しいところです。

 一方、流通業でも、日本チェーンストア協会、日本スーパーマーケット協会、日本フランチャイズチェーン協会といった業界団体は数多くあります。(実際に、国民生活産業消費者団体連合会(仮称)の代表には日本チェーンストア協会会長の清水信次氏が就任する予定とのこと。)
 これら既存の諸団体と、新団体との違いは、消費関連の課題などを集約して政府に提言したり、消費者へ情報を発信したりする、いわば「消費者目線を持った」業界団体であるということのようです。

 実は今日、先月分の日経MJをまとめ読みしていたのですが、この件に関して田中陽編集委員が書いた「底流を読む ~どちらを向くのか流通新団体~」が非常に良い内容でした。

 同連合会の設立趣意書にはこうあるそうです。
「経団連や商工会議所をはじめとして業種業態に対応した団体は多数存在するが、残念ながら1億2600万人の生活、生命を守るための組織団体はいまだに存在していない」

 田中さんは、
・「企業の声は従来の業界団体を通して政治の世界に届いていたが、民のかまどの煙は為政者には届きにくい。」と代表予定の清水氏は見ている。
とし、
・国民総生産(GDP)の約6割を個人消費が占めながら「そのパワーを今の流通団体が生かし切れていない」と思っている流通関係者は多い。
 と喝破します。

 これは、はんわしも全く同意見です。
 一連の円高や産業空洞化なる騒動は、声の大きい(マスコミへ莫大な広告料を払っている)大手メーカーの声が実態以上に増幅された、情報操作の結果と見るべきです。
 同時に、小売り、卸売り、生活関連サービスのような事業者は、地方では特に小規模な中小企業が多いことから、業界的なまとまりや、何かに向けて声を上げていく団結力は薄いような気がします。

 そのうえで、この記事は以下のような問題点も指摘します。
・世話人(案)に名を連ねる流通団体はチェーン協会や日本百貨店協会などのように、大手資本中心の組織もあれば、商店街団体や中小スーパーを束ねる団体もある。利害関係は複雑だ。
・「規制緩和では意見集約は困難。消費税率引き上げも温度差はある。話し合えるのは環境対策くらい」との声もある。
 これもある程度はそうでしょう。ただ、それだけ流通業界は多様で、国民生活に密着しているとも言えます。では、どうすればいいのでしょうか。

 田中さんは、商品やサービスの信頼性、安全性などを客観的に評価して消費者に発信する役割が重要ではないかと言います。
・安全、安心への意識の高い消費者から市民権を得られるような組織こそ、新しい流通新団体の姿ではないだろうか。・・・(中略)・・・自立した生活者作りこそ、国を動かす力にもなるはずだ。

 わしなどが言うまでもなく、現代の日本には大きな発想の転換が求められています。これは、現場、現場が、(言い方を変えると、企業は企業が、消費者は消費者が)自分の立場を守り、自分たちの規範の中で合理的に行動していれば、よい結果が生まれる、という考え方も転換すべきことを示しています。

 企業と消費者の距離は、まだ決して近くはありませんが、少しでも接近させていく働きかけは、お互いますます重要になるのではないでしょうか。

海士町の常識「さざえカレー」を食べてみた

 先日のイベントで、島根県海士町(あまちょう)の方と話をする機会がありました。
 海士町は日本海にある離島、隠岐にある町のひとつで、地域産業振興の業界に携わる人々にとっては、島外からIターンで若者を集め、漁業や農業、水産加工業などさまざまな新しい企業が生まれ育っている、ちいきおこし先進地として非常に有名です。

 実は何年か前にも海士町にIターンした人から話をうかがったことはあって、興味深く思ったので、近いうちに絶対行きます! などとカラ手形を切ってしまったのですが、後でよく調べると、三重県伊勢市からは本当に遠い。
 大阪から境港だったか、鳥取のはずれのほうまで行き、そこから本数も多くない船に乗る。隠岐諸島内でさらに船を乗り換えて、行くだけで丸一日、十数時間かかることがわかりました。なので、5連休くらいとれる時でもないととてもじゃないが無理だなあ、と悟って頓挫。

 その時に、特産品の「さざえカレー」なるものがあり、通販でも買えるから、という言葉に、これも食べることを確約したものの、実は今日まで食べる機会がありませんでした。
 せこい話ですが、海士町からダイレクトに通販購入すると、送料だけで700円近くかかってしまい、カレーそのものよりも高くなってしまうからです。しかし、先日、「アマゾン」でも売っているという情報を得たので購入してみました。


 伊勢志摩地域も海の幸が豊富なので、一般的な献立のメニューに、手近で調達できる海産物を使ったり、代用したりすることはわりとよくあります。なので、さざえカレーもそれほど奇抜な印象は(個人的には)受けませんでした。
 味の方も、いい意味でも悪い意味でも期待は裏切りません。
 レトルトカレーの宿命として、具はほんのちょっとしかなく、さざえもかろうじて小さな何切れかが入っているにすぎません。おそらく、これはエリンギですと言われても信用してしまうでしょう。
 ただ、香辛料の風味はかなり独特で、ブレンドに工夫が凝らされている気がしました。ひょっとしてさざえの「わた」(=内臓)もルーの中に入っているので、その臭みを消す工夫かもしれません。この香りは個人的に好きでした。

 一方、パッケージとかキャッチコピーには改めて感心しました。赤を基調としたインパクトのあるパッケージ。そして、「島じゃ常識 さざえカレー」というネーミング。
 三重県でも、さまざまな特産品開発が行われていますが、ほとんどが事業的には失敗しています。これはもともと、うどんに地元の特産野菜の粉末を練りこんでみたとかいうレベルの商品が多いことが一因ですが、差別化要因が高く商品力は強い場合でも、パッケージやネーミングが凡庸で、ストーリー性を感じない ~モノガタリが感じられない~ ケースがほとんどだからです。

 その意味で、ちょっとしたお手本になるカレーだと思いました。価格は一箱500円ほどなので、一皿でカレーとプロモーションの勉強の二度おいしい、海士町のさざえカレーをぜひ味わってみてはいかがでしょうか。