2012年3月31日土曜日

卵の郷工房ベーカリー“TE&TE”をのぞいてみた

紀北町商工会に行くついでに、ちょうど1年前にオープンしたと聞いたものの、なかなか行く機会がなかった 卵の郷工房ベーカリー TE&TE(てとて)に行ってみました。

タマゴの養鶏業者でありインターネット販売でも存在感を示している卵の郷工房のグループ企業だということです。


ベーカリーの写真です。この種のお店によくあるオシャレ気な感じではなく、「自家製造販売」のコンセプトがよくわかる、民家プラス工場 みたいな堅実で清潔な外観です。

ただし、このベーカリー、場所が非常にわかりにくい。(グーグル地図を最下段に付けました。拡大して見てください。)

三重県紀北町紀伊長島区の国道42号線を、尾鷲市方面に進むとして説明します。

紀伊長島の市街地を抜けて、トンネルを越え、消防署とか、海側の長島造船所(NAGASHIMA SHIPYARD)、さらにサークルKも過ぎて進むと、「赤羽公園」とか「円通閣格子絵天井」とか書かれた大きな表示板のある、三叉路の信号交差点があります。

この交差点を右折し、2車線の道路をどんどん進みます。この道は広いので迷いません。

1kmくらい行くと、広い県道に突き当たります。それを左折するのですが、よくよく見ると、広い県道の10mくらい手前に、やや細い旧道のような道が通っており、その道に沿って家並みが続いているのがわかります。
近道としては、広い県道を左折するよりも、この細い道を(細いといっても道幅は4mくらいある)左折して住宅地の中を進むほうがいいでしょう。

500mほどで着きます。TE&TEのお店自体はかなり目立つので、通り過ごしてしまうことはありません。


店内にはたくさんの焼き立てパンが並んでいます。試食もさせてくれます。
オススメを聞いて、この「ネギ味噌パン」を買ってみました。甘味噌で煮込んだネギをパンでくるんで焼き上げたもので、かりっとしたパンの食感と味噌の和風テイストが心地よいミスマッチを醸し出し、驚くほど美味です。
これは、はんわし個人的にも買う価値ありと思います。(写真が訳の分からない感じになっていますが・・・)
あと、いくつかのパンを購入。


お店の近くには赤羽公園というスポーツ公園があり、小春日和のこの日は人生の先輩たちがゲートボールに興じていました。
どこかに保育所でもあるのか、子どもたちのにぎやかな声も風に乗って聞こえてきます。

まわりにはそれ以外、なんにもなく、空と、山と、地平とが広がっているばかりです。
ここで食したネギ味噌パンの味を、わしはおそらく忘れないでしょう。


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■卵の郷工房ベーカリーTE&TE ブログ http://tamagonosato.blog.fc2.com/

2012年3月27日火曜日

勢田川にウグイの大群が

朝、家の前の横断歩道で信号を待っていると、道路に魚が落ちていました。
シシャモよりはやや大きめですが、名前はわかりません。ただ、生魚であることは間違いなく、メタル系の肌が朝日に輝いています。
誰かが落としていったのか? しかし、どうしてこんなところに?

信号が青になって横断歩道を渡りきると、そこにも小さな魚が落ちていました。

わかった!
これはすぐ横の勢田川にいる鳥がくわえて、飛んでいる途中に落としたのに違いない。

そう推理して堤防から勢田川をのぞいてみると、水面がまるで沸騰したお湯のようにブクブクブクと小さく波立ち、泡立っていました。こんな光景は初めてです。


  よく見ていると、川の中に小さな魚のものすごい大群がひしめいていました。
川の水はほとんど全部、魚で埋め尽くされており、そのぎゅうぎゅうに渋滞した魚の群れが上流にも続いており、浅瀬では後ろから押し出された運の悪い魚たちがが何匹もピチャピチャと跳ねています。
アオサギやコサギ、ウといったたくさんの水鳥が、その上を興奮したように飛び回っています。

勢田川の下流に向かって歩いて行っても、魚の大群はずーっと続いており、50m位行ったところでいったん途切れましたが、さらに歩いていくと途中の淵にはやはり魚の大群がいて、そこだけ水面の色が変わっており、そのような群れが何カ所も見られました。

面白いのは、本当にものすごい大群で、水面が魚で埋め尽くされているようなところは、水鳥たちも身の危険を感じるのか、魚の迫力に気圧されるのか、堤防のうえでただ見守っているだけなことです。今群れに飛び込んでいったら、好きなだけ魚が捕まえられると思うのですが・・・・

勢田川は感潮河川なので、満潮の時にはかなり上流まで海水が上がってきて、満々と水をたたえた深く淀んだ川になります。
この魚たちは、インターネットで調べると、どうやら春に産卵期を迎えるウグイのようです。出会いを求めて、潮に乗り、はるばるこんな上流にまで来てしまったのでしょう。
しかし、済ませることを済ませて、みんなちゃんと海に帰ることはできたのでしょうか?

2012年3月26日月曜日

経済が崩壊するっていうこと

ガジェット通信にある、「経済が崩壊するってこと@ジンバブエ」というブログ記事が面白いです。
博多出身でジンバブエに在住しているKenさんという男性のブログ Tokyo Life からの転載です。

わしも、ジンバブエというとハイパーインフレで経済が崩壊し、政府機能も停止して、事実上の無政府状態となっている大変な国というイメージしかないのですが、このブログによると、ほんとにむちゃくちゃらしいです。


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ジンバブエは「1980年の独立以降、80年代から90年代にかけては、宗主国イギリスが残した都市基盤や行政機構がほぼそのまま残り、農業、鉱業、製造業、サービス業がバランスよく栄える国」でした。「整った灌漑設備による近代農業で穀物を輸出 し、“アフリカのブレッド・バスケット(パン籠)”と呼ばれて」おり、「首都ハラレは緑深く、中心部は碁盤の目状に道路が整備され、およそ一般的に思い浮かべる“アフリカ”とは思えない街並だった」とのこと。
しかし、失政と腐敗が国をむしばみ、2008年〜2009年頃にかの有名な天文学的ハイパーインフレに陥って最終的に破綻してしまいます。

Kenさんが初めてハラレに滞在した2009年4月は最悪期は脱していたとのことですが、それでも町はいたるところ廃墟で、道路などのインフラもひどい状態であり、「貧しい国にはストリートチルドレンや乞食が付きものですが、経済が動いていないので乞食さえいないという状況」だったそう。

今では経済もだいぶ回復してきたそうですが、Kenさんの結論は
結局、経済なんです。
少子高齢化、人口減社会の日本では、「もはや経済成長を追い求めず、貧しくても心豊かな生活を実現する社会にパラダイムシフトを」とか、縮み指向な意見を聞くようになりましたが、そんなのは幻想だと思うのです。
というものです。
わしは必ずしも同意しないのですが、非常に掬すべき意見かと思います。

わしも、ひるがえって考えます。
よく、このままでは日本が崩壊してしまう、とか、世の中が成り立たなくなってしまう、などと言われます。というか、テレビ番組でコメンテーターや識者と呼ばれる方々がよく口にしています。
これは、実際、どういう意味なのでしょうか。
日本が崩壊するとか、社会が成り立たないというのはどういう状態なのでしょうか。
もちろん2008年ごろのジンバブエが典型的な例なのでしょう。
しかし、経済だけが、ただそれだけが崩壊の原因になるのでしょうか?

第二次大戦後に日本は天皇制の軍国主義的な価値観が否定されて秩序は崩壊し、経済はインフレとなり、都市の多くは焼け野原でした。東映映画「仁義なき戦い」にあるように、めちゃくちゃに混乱した、カネと腕力だけが物を言う、アナーキーな社会でした。
しかし、坂口安吾とか太宰治とかのその当時の小説を読むと、あるいは黒沢明なんかの映画を見ると、ある種の奇妙な明るさというか、達観というのか楽観というのか、完全に現状を諦めてしまっているわけでない様子も感じ取れます。

もちろん、60年前と今とでは社会状況が全く違います。戦後の日本は朝鮮戦争によって特需が生まれ、劇的に経済復興したという奇妙な巡り合わせもありました。
しかし、経済がひどくて金はなくても、社会の連帯とかコミュニティの一体感が希望をつないでいたのではないかと想像したりもします。
そのような連帯や一体感は今風に言えば「ソーシャルキャピタル」なのでしょうが、それが崩壊し、もしくは信頼性を疑わせるような事態に陥ることのほうが、経済の崩壊より数段深刻なことなのではないかと思います。

つまり、ソーシャルキャピタルの衰退と、経済の崩壊が掛け算されたのがジンバブエなのであり、今の日本にとっては良好な経済は豊かな社会のための必要条件ではあっても十分条件ではないのではないでしょうか。
これは「贅沢者の悩み」などでは決してないと思います。

2012年3月25日日曜日

All About スタイルストアに熊野ガイドブックが

All Aboutが、作家やデザイナーなどが消費者に向けた商品を販売する展示即売会サイトを開設する、というニュースは日経MJだったかで読んだ記憶があったのですが、そのサイト「スタイルストア つくり手マーケット」をのぞいてみました。

この手のサイト(ショッピングモール)は全国に有名無名あまたあります。
しかし、All About というネームバリューは安心感があるし、つくり手(作家や製造者)、えらび手(商社やバイヤーといった立場の方々)、つかい手(消費者)がそれぞれブログで情報発信でき、Facebookとも連動していて、これから購入しようか迷っている場合には、すでに購入した人から評価を聞いたり、つくり手とコミュニケーションして決めることができる、というような点がユニークだと感じます。


EC(電子商取引)の分野では、SNSの活用が、OtoO(オンライン・トゥー・オフライン/SNSなどネット上で交流が始まった消費者に、実際の店舗に来てもらい、商品を実際に見たり体験してもらうことで購入につなげるプロモーション手法)というステージに進んでいます。

スタイルストア つくり手マーケット も、ページのデザインがややごちゃごちゃしている印象はあるものの、情報がきっちりと発信されていて、OtoOを意識しているつくり手が多く登録されているような気がしました。

さらに、三重県産業支援センターの水谷コーディネーターから教えてもらったのですが、スタイルストア つくり手マーケットの「つくり手ブログ」には熊野ガイドブックという、三重県熊野市のつくり手たちが作っているページがあります。

ここでブログをアップしているのが

上古代折箱店(木箱、折箱の製造販売)

向井ふとん店(三重県指定伝統工芸品「市木(いちぎ)もめん」)

木花堂(メイドイン熊野の衣食住&量り売り)

紀和町ふるさと公社(熊野市の特産品の製造加工・販売)

といったようなところで、すべてわしがよく知っているところです。

熊野をはじめ、三重県東紀州地域は、比較的情報発信能力が弱く、充実したサイトを持つ企業が意外に少ないのですが、逆に先進的なECショップオーナーはAll Aboutでもまだ7つしかない地域ガイドブックの一角に熊野のガイドを立ち上げるような行動力を持っています。

ぜひ売り上げにつなげていただきたいと思うし、実際にここで熊野を知ったお客さんが実際に訪れるような動きに繋がればいいと思います。

■All About つくり手マーケット http://stylestore.allabout.co.jp/market/

2012年3月24日土曜日

アレンタウンを想う

4月から転勤することになりました。

 新しい職場での仕事は、今までの中小企業振興からさらにピンポイント化した、製造業の振興というミッションです。

 三重県は事業所数、従業者数、生産額のいずれもが全都道府県の平均を大きく上回っており、いわば「工業県」として製造業優位の産業構造であることが大きな特徴です。
 しかし、先日の準大手自動車メーカーの減産などに見られるように、組み立て型の製造業を中心とした産業モデルは行き詰まりが明らかになっており、工業製品の主要な市場が中国やインド、インドネシアといった国々に移っていく中で、日本の、そして三重県の製造業の退潮は食い止めようがない状況です。
 もちろん、日本から「ものづくり」が無くなりはしないし、製造業が重要な産業であり続けることには変わりがありませんが、今の産業構造を変えなければ状況はますます悪くなるだけです。

 その中で必要なのは、まず技術の高度化といった短期的な対応策です。
 しかし研究開発力の高い一部の中小企業を除いて、コスト以外に差別化要因が少ない企業~ほとんどの小規模な製造業者~は、経営戦略の見直しと再構築、そしてそれに従った新しいビジネスモデルが必要になります。
 海外を含めた外部からの資本受け入れなど、事業承継への具体的な取り組みも重要になるでしょう。

 このブログでは何度も書いているように、地域商工業の活性化の主役は企業であり、行政はそれを側面から支援できるにすぎません。「失われた20年」は産業政策の失政であり、政治や行政に新しい産業の方向性や成長の戦略など示せないことは事実として明白だからです。
 しかし、現下の経済情勢は非常に深刻であり、その意味では今しばらくは、従来以上に「行政ができること」、「行政がやるべきこと」は少なくない気もしています。
 
 はんわしが高校生の時に聞いた、ブルース・スプリングスティーンのザ・リバー(1980年)や、ビリー・ジョエルのアレンタウン(1982年)といった曲が思い起こされます。
 少年のころには想像もできませんでしたが、

I got a job working construction for the Johnstown Company
But lately there ain't been much work on account of the economy
Now all them things that seemed so important
Well mister they vanished right into the air  -The River



 とか

Well we're living here in Allentown
And they're closing all the factories down
Out in Bethlehem they're killing time
Filling out forms
Standing in line  -Allentown


Allentown/Billy Joel

 とかいったような、これらのナンバーの中で歌われていた工場の閉鎖、失業、ふるさとの沈滞といった80年代のアメリカ合衆国の状況が、ますます今の日本に近づいてきていることを感じます。
 アメリカは金融やICTで再び経済大国に(もちろん、所得格差など大きな社会課題も積み残していますが)なりました。
 日本はどうすべきなのでしょうか?

2012年3月22日木曜日

熊野の「杉葉線香」が木花堂で復活!

寄る年波には勝てず、わしも最近、人並みに春先は、花粉症の症状が出るようになりました。
 目がかゆい。
 晴れて風の強い、まさしく今日みたいな日は特にめちゃくちゃ痒くなる。
 でもまだ幸い、それで医者にかかるほどではないし、ヘンな言い方ですが季節の変わり目がわかる出来事のようなポジティブな捉え方ができなくもありません。

 しかし考えると、杉という木ほど人間に翻弄されている植物はないのではないでしょうか。

 戦後の経済復興のため、国内で自給できる数少ない資源として森林(木材)の育成が国策で推し進められました。
 日本中のあらゆる山村では身近な雑木林が切り払われ、大規模に杉や桧が植林されました。何十年後にはきっと宝の山に変わると夢見て。
 しかし、その数十年後がやってくると、林業の衰退で杉も桧も大したカネにもならなくなってしまっており、その多くが手入れも不十分なまま放置されることになります。
 そして、国民病としての花粉症の蔓延。
 杉はすっかり悪者にされ、今でも新聞の投書欄を見ると「行政は国民を守るために杉を皆伐せよ」みたいな狂気としか思えない投稿が時々載っていたりします。

 しかし歴史を振り返れば、くじらと同様、杉も一本切れば、人々は余すところなくすべてを大事に使ったことがわかります。材木としてはもちろん、樹皮は防水性を生かして屋根や壁材に使われ、葉っぱも線香の原料などに使われたのです。

 かつて紀伊半島の最南部である熊野は、この杉葉線香の原料となる杉葉粉を生産する一大産地でした。
 高温多湿の地勢が、良質な杉の生育に適していたことはもちろんです。
 しかし、山々が連なる急峻な地形は、大量の雨が滝となり川となって流れ落ちるのを動力源とする「水車」を発達させることにもなりました。
 村々には何連もの大規模な水車小屋が作られ、杉葉を杵で粉に加工する産業を生み出しました。
 熊野の杉葉粉は品質が高いことで知られ、香りがよく上品な煙が立つ高級線香の原料として知られました。
 しかし、熊野には昔からよくある展開なのですが、熊野ではこれを線香に加工する技術 ~つまり、付加価値を加えてもっとも利益を生み出せる工程~ が大きな産業として発展することはありませんでした。
 杉葉粉は多くが熊野灘の舟運によって関西に運ばれ、そこで大量に線香に加工されて、淡路島や堺などの特産品として全国に流通したのでした。

 それはさておき。
 熊野でもエネルギー革命によって水車は姿を消し、いつしか杉葉産業も忘れられてしまいました。

 そんな中、熊野市の雑貨店 木花堂 のオーナー久保さんが、「杉の葉の線香 堺×熊野古道」なる杉葉線香を商品化し、限定販売を始めたそうです。

 今のような歴史を振り返ると、地域資源を活用した商品としても非常に興味深く、愛おしい商品であるように思えます。

 東紀州(三重県南部の、尾鷲市、熊野市、紀北町、御浜町、紀宝町の2市3町からなる地域)では、木花堂のほかに、
 熊野市内では、熊野市駅前特産品館いこらい広場紀南ツアーデザインセンターの3カ所、
  尾鷲市内では、お魚いちば おとと夢古道おわせの2カ所で販売しているそうです。

 この週末、暫定供用を開始した高速道路(紀勢自動車道)の海山IC~尾鷲北IC間を利用して東紀州に遊びに来る方も多いことでしょう。
 いにしえの熊野の水車に思いを馳せ、旅の思い出に、杉の葉の線香を購入されるのもいいかもしれません。

■木花堂-コノハナドウ http://www.konohana-do.com/

2012年3月21日水曜日

伝説の大投手 沢村栄治の実家跡に行ってみた

プロ野球の読売ジャイアンツといえば、日本で一番古いプロ野球チームであるとともに、最近では一部の選手と球界での申し合わせを無視した高額契約金を渡していたことが明らかとなるなど、カネに汚い球団としても存在感を発揮しています。

 このような時期に何なのですが、読売ジャイアンツ草創期に名投手として活躍した沢村栄治投手が、実は三重県伊勢市の出身であることは意外と知られていません。

 沢村投手は1917年生まれ。京都商業学校に進学し、甲子園で活躍。その後、読売巨人軍に入団し、史上初のノーヒットノーランを達成するなど活躍しましたが、1944年に応召し、台湾沖で戦死しました。27歳でした。


 その沢村選手の生家は、近鉄宇治山田駅の真向かいにある明倫商店街のすぐそばにあります。駅からは歩いて5分ほどのところです。実際には生家は残っておらず、生家のあった跡地と言うのが正確です。
 明倫商店街は、戦後すぐに駅前に建てられたバラックの闇市がそもそもの始まりだそうで、現在も小さな商店が密集し、中が迷路のようになっている、昭和レトロムード満点の商店街です。


 ただ、ご多分に漏れず、地方都市の商店街は苦戦しています。
 明倫商店街も1/3ほどの店はシャッターを下ろしており、ほとんど人通りもない状態になってしまっています。
 最近になって、沢村栄治誕生の街という看板を掲げるようになりました。



 この写真はちょっと閑散としすぎているシーンを撮ってしまいました。実際には営業している店もたくさんあり、お客さんもいますのでお間違いなく。


 ここが生家跡です。
 沢村選手の顕彰会による石碑と案内板が立っています。これ自体は最近作られたもののようです。
 石碑のてっぺんには硬式野球のボールに背番号の14が掘り込まれたオブジェが載っています。

 周りは駐車場になっていますが、それでも当時がしのばれる伊勢の下町といった風情です。お伊勢参りに来られた方も、もしお時間があれば立ち寄ってみてください。

2012年3月20日火曜日

朝日新聞「企業誘致、実らぬ高額補助」は本当か

 昨日(3月19日付け)の朝日新聞「企業誘致、実らぬ高額補助 10年内の撤退・縮小23件」という記事が大きく掲載されました。

 47都道府県が、平成14年度~22年度の間、1億円以上の補助金を支出して誘致した企業の件数は863件、補助金総額は約3928億円であった。
 しかしこのうち、誘致から10年以内に撤退・縮小したケースが、製造業を中心に21社の計23件に上っており、この誘致のために使われた補助金は200億円あまりにもなっていたそうです。

 このブログでは何度も書いていますが、都道府県の行う商工振興政策の柱は長らく2つありました。

 一つは中小企業振興です。地方にある企業の圧倒的大多数は中小企業であって資金や人材、技術などの経営資源が見劣りしており、かつ、競争上も不利な条件を強いられていたため、中小企業の近代化、高度化、協同化の推進や下請け取引の適正化などが大きなテーマだったのでした。
 もう一つは企業誘致です。企業でも特に、多くの雇用と設備投資を行う「工場」(製造業)の誘致が、地域雇用を確保し、労働者の収入を安定化させ、自治体にとっても固定資産税などの税収が得られるという目論見から、率先して工業団地の造成や、道路、工業用水道などのインフラ整備を行いました。
 地方部は都市部に比べて余剰労働力があり、賃金も相対的に低かったので、工場を誘致すればすぐに生活が豊かになることが実感できたのでしょう。

 この傾向はオイルショック、円高不況を経ても基本的に維持されましたが、バブル景気の終焉と共に新しい方向性が生まれてきます。

 まず、中小企業政策の見直しです。中小企業を一律に弱者と捉えた護送船団式の振興策(保護策と言うべきか)が見直され、ベンチャーなど創業の促進や、中小企業による新事業の創出など経営革新の支援に軸足が移されるようになります。
 次に企業誘致ですが、これは支援策がますます強化され、全国での誘致競争が激化する方向になりました。バブル崩壊後の長引く景気低迷と新興国の追い上げにより、大手製造業の海外展開が顕著になってきたころです。
 この事態を受けて、「産業空洞化を防ぐため、国内に大企業の工場をとどめるべし」、「高度技術の海外流出を防ぐため、製造工程を国内で内製化すべし」という2つの大義名分が声高に叫ばれるようになります。

 その先鞭をつけたのが、わが三重県が平成14年、当時の北川正恭知事のもとで決断した、シャープ亀山工場に対する90億円という破格の立地補助金でした。これを契機として道府県間の企業誘致補助金は一挙に高額化競争に突入します。

 そして今、シャープ亀山工場は大型液晶テレビの不振にあえぎ、生産設備の縮小を余儀なくされています。全国の立地済工場でも似たような話が多く発生し、補助金を返す返さないで企業と自治体がもめているそうです。わずか数年でこのような社会経済状況になることは誰にも予測できなかったことです。

 しかし、このような全国の地方での製造業の苦戦は、朝日新聞の記事の中で北川元知事がコメントしているような、円高の急激な進展が地方の工場を直撃したことが原因ではありません。
 日本は税負担や賃金などが高コスト化しているうえに、市場が成熟化して大量生産型のコモディティ製品では利益を上げることができなくなっているからです。
 地方の工場に多い自動車や家電などの輸出型製造業は国内に立地するメリットがほとんどなくなっているのです。
 これはアメリカやヨーロッパ諸国も同じような歴史を歩んでおり、日本だけが例外ではあり得ません
 さらに、多くの実証的な研究が示しているように、自治体や地元にとっての企業誘致のメリットも、実は当初予想されたほどには大きくないことがほとんどです。(たとえばこちらをご参照ください。)

 従って、この記事の中で小出宗昭f-Bizセンター長が言うように、地域産業の活性化は企業誘致に頼ることなく、地元の中小企業を地道に支援していくことが必要なのです。
 20世紀型の企業誘致という手法は終焉を迎えつつあります。問題はもはや、補助金頼みの誘致競争からいかに早く降りるかにあると言えます。

 しかし同時に、わしが思うのは、全国で863件も誘致があって、縮小撤退が23件ならば、まだまだ製造業は善戦しているのではないかということです。
 これら頑張っている工場は、余力があるうちにしっかりした経営戦略を立て、新しいビジネスモデルを模索していくことが必要なのだと思います。

2012年3月19日月曜日

2011年度三重県経営品質賞表彰式

2011年度の三重県経営品質賞の表彰式が、津市の津都ホテルで開催されました。

 三重県経営品質賞は、経営品質向上プログラムをツールに使って卓越した経営を目指す会社や組織のうち、特に優れた取り組みを行ったところを三重県が表彰するものです。
 賞の審査は県の委託を受けて三重県経営品質協議会が厳正に行っており、今回は以下のような結果になりました。

 三重県経営品質賞 優秀賞 医療法人夢真会 せこ歯科クリニック(多気町)
 日本経営品質賞アセスメント基準に基づく「B+」レベル

 三重県経営品質賞 奨励賞 株式会社 伊勢萬(伊勢市)
 
日本経営品質賞アセスメント基準に基づく「B-」レベル

 また、三重県経営品質賞とは別に、三重県経営品質協議会 推進賞として、株式会社オートセンターモリ(伊賀市)が表彰されました。


 表彰式に先立って、三社の代表者(世古院長、浜田社長、森社長のお三方)のスピーチがありました。
 詳細はここに書き尽くせませんが、三人とも、事業が大きく育っていくにしたがって創業の理念とのかい離が生まれてきたことに悩みぬき、あるいは会社が危機的な状況を迎えたことを契機に、社内のリーダーシップやチームワーク、さらには会社の存在意義そのものを見つめ直す必要に迫られた経験をされています。

 その中で、経営の質を高めるという経営品質の考え方と出会い、それに取り組んで格闘し、今日のこの受賞に至ったのです。

 受賞企業からは院長や社長のほかに多くの従業員も列席していましたが、お三方ともスピーチの中で、従業員に起立を求め、「受賞できたのは会社が一丸となって取り組んだ成果だ。この賞は自分(代表者)に贈られたのではなく、みなさん社員が全員で受け取るべきものだ。」というような感謝を示していたのが感動的でした。

 第二部のパネルディスカッションで、三重県経営品質賞の岡本 正耿 賞委員会委員長が言っていましたが、今回の受賞企業は、歯科医院、食品製造業(酒造業)、自動車販売・メンテナンス業のように業種も様々ですが、その経営者が共通して「経営品質」を使って自社の経営を分析し、課題を解決しようとしたわけです。
 中小企業の活性化支援というと、製造業は製造業、商業は商業というように業種別の支援ツールが多いのですが、経営品質は業種横断的に、少人数の小規模な事業者から中堅の企業まで、さまざまに応用が可能で、したがって、「経営の課題が共有できるツール」だということにあらためて気づいたのでした。

三重県経営品質協議会  http://www.miequality.net/ 

みんなが喜ぶ会社・組織とは(2012年1月20日)

元気な組織の作り方(2012年3月13日)

2012年3月18日日曜日

めでたい屋「春のさくら鯛めし」を炊いてみた

三重県尾鷲市で、特産の養殖マダイ(真鯛)を使った加工食品を製造販売している めでたい屋 こと三和水産(株)の春季限定商品「春のさくら鯛めしの素」を購入したので、さっそく炊き上げてみました。

 気が付くと3月も半ば。もうじき春分の日です。
 今年は寒い冬で梅も桜も開花は例年より遅いようですが、さくら鯛めしで季節を感じてみることにします。


 めでたい屋の通販の箱は、このようにインパクトのあるデザインです。
 しかし、実際はこの箱に宅急便のラベルがべったりと貼り付けられているので、いちいちラベルをはがすような物好きな人でないと、このデザインやメッセージを見る機会がないであろうことが残念です。

 春のさくら鯛めしの素は二合用で、冷凍便で届けられます。(税込850円。送料別)
 出汁のパックと、鯛の切り身がセットになっていますが、鯛の切り身には桜の葉っぱと、桜の花びらの塩漬けが巻きつけてあり、真空パックから取り出すと桜餅のようなほのかな香りがします。

 炊き方は通常のご飯と同じようにお米を研ぎ、水を入れ、そこに出汁を加えてかき混ぜ、鯛の切り身を葉っぱごと上に乗せてセット完了。
 あとは普通に炊き上げればOKです。
 


 今日は三重県四日市地域の地場産品である萬古焼(ばんこやき)の土鍋で炊きました。(三鈴陶器のごはん鍋
 炊き上がりはこんな感じです。


 しゃもじで鯛の身をほぐすように全体をかき混ぜて蒸らし、お好みで三つ葉などを散らせば完成です。
 
 鯛のうま味と、白身の上品な味、さらに桜のほのかな香りがして絶品です。
 季節限定ですので、もし購入される場合はお早めに。

 余談ですが、めでたい屋の「鯛まんじゅう」も、MBS(TBS)テレビ系列の情報番組「ちちんぷいぷい」で取り上げられ放映されてから爆発的な人気となっているそうです。

■めでたい屋(三和水産)ホームページ  http://www1.ocn.ne.jp/~medetai/index.html

2012年3月17日土曜日

楽市楽座 ツクリ~テばざーるに行ってみた

3月8日のブログで書いた、ツクリ~テばざーる@東急ハンズ名古屋に行ってみました。

 今日は春休みになって初の土曜日。しかも外はシトシト雨が降っていたためもあってか、JR名古屋タカシマヤは相当な人出です。
 東急ハンズ名古屋店も、春の新生活に向けたグッズなどがいろいろ展示されており、9階のイベントスペースで行われている 楽市楽座 ツクリ~テばざーる も、その混雑にやや埋没してしまっている感じさえあります。


 会場では、手づくりの木工品、陶磁器、寝具などのほか、清酒、酢、醤油などの醸造食品など、いわゆる地場産業産品を製造販売する事業者が21社出展しており、展示販売が行われています。
 三重県からは、
・夢古道おわせ(尾鷲市) http://yumekodo.jp/
・紀和町ふるさと公社(熊野市) http://www.kiwa-furusato.com/
 の2社が参加しています。


 夢古道おわせは、尾鷲市の特産品である尾鷲ヒノキを使った入浴木やブレスレットを販売しています。
 入浴木とは、いわば丸太の薄切りのようなもので、厚さが3cmから10cmくらいのいくつかのサイズがあります。本来の使用法は、お風呂の湯船に浮かべると、ヒノキの豊かな香りが立ち上り、ヒノキ風呂が手軽に楽しめるというもので、しかもこの入浴木は間伐材を再利用しているので、森林環境の保全にも役立っているという優れものです。

 しかし、今回の目玉は、この入浴木を使った「100のありがとう風呂」という企画です。
 お客さんは、入浴木に「ありがとう」を伝えたい人 ~ご両親であったり、おじいちゃん・おばあちゃんであったり~ に向けたメッセージをマジックペンで書き込みます。夢古道おわせではこれを会場でいったん預かり、ありがとうの相手に届けます。受け取った人は、メッセージを読みながらヒノキ風呂が楽しめるという、ちょっとした遊び心の企画です。
 実は、この尾鷲発の「ありがとう風呂」は全国のヘルスセンター、スーパー銭湯などにも広まっており、温浴施設業界では近年で最大のヒット企画になっています。

 3月18日(日)、31日(土)、4月14日(土)には、この「ありがとう風呂」のワークショップ(実演)が行われます。(http://100arigato.wordpress.com/


 もう1社参加している財団法人紀和町ふるさと公社です。
 ここでは熊野市の特産品の数々 ~丸山千枚田で収穫された千枚田米や、梅干し、さんま醤油(魚醤)、香酸かんきつの「新姫(にいひめ)」を使ったジュース、ポン酢、搾汁、アロマオイルなどなど。
 もちろん、紀和町ふるさと公社の代名詞でもある「熊野地鶏」の商品も紹介されていました。
 ほかに、尾鷲海洋深層水を使った天然塩や塩サイダー、カツオの生節などの商品もあって、この1店で三重県東紀州の名産品は一通り揃えることができます。

 余談ですが、この2社とも、東紀州長期インターンシップ事業で実地にインターンをやった大学生が深くかかわっています。夢古道おわせのブースは、現在夢古道にインターンしている羽田君が店長をやっています。また、以前インターンしていた平井さん、坂本さんも、店番をしてくれていました。
 紀和町ふるさと公社では、インターン生を経て就職した熊野地鶏娘こと松尾さんがハッピ着て頑張っていました。彼ら彼女らの頑張りには敬意を表します。

 楽市楽座 ツクリ~テばざーるは4月15日まで行われているので、みなさまもぜひ足を運んでみてください。楽しい買い物ができると思います。

■楽市楽座  http://rakuichirakuza.net/

■東急ハンズ名古屋店  http://nagoya.tokyu-hands.co.jp/

2012年3月16日金曜日

営業本部を作ってモノが売れるのなら誰も苦労しない

ここ数日、小規模事業者の販路拡大をテーマに、いくつかの商工団体(支援機関)の皆さんと意見交換させてもらっています。
 小規模事業者とは一般的に従業員20名以下の企業、商業などの場合は5名以下の企業を指しますが、個人事業主、家族経営の会社など、要するに日本の大部分の中小企業は、この小規模事業者に分類されます。

 商工団体は、たとえば全国展開事業のように、地域特性を生かした新商品や新サービスの開発には熱心です。しかし全展は単年度の事業なので、どうしても事業の成果としての商品開発に重きが置かれます。
 商品が開発され、せいぜいそのチラシができたくらいのところで時間切れとなってしまいます。
 つまり、ビジネス化のために最も重要な販路開拓までは手が回らず、もっと言えば、そもそも開発しようとした商品に市場のニーズがあるのかというマーケティングも不十分な例が散見されます。

 そのようなことはさておき、現実の現場のミッションは、いかに地元企業の商品を売り込んでいくかですが、テクニック的な話は別にして、商工団体で支援の現場にいる方の話には共通点があります。

 それは、やはり売れるためには、「商品力」、すなわち商品やサービスそのものの優位性とか、力強さがないとだめだということです。
 これは当たり前のことです。しかし、忘れられがちなことです。

 よく飲食業が例にたとえられますが、流行るお店はまず料理がおいしいのは当たり前で、これは基本です。それに加えて接客サービスとか、店の清潔さとか、雰囲気とか、値段とかといった条件がトータルで差別化要因になるのですが、そもそもメニューがまずい店がいくらサービスが良くて安くてもお客が行くはずがありません。つまり、主は味で、従はその他なのです。

 繰り返しますが、これは当たり前のことです。
 しかし、行政にとってはそうではありません。

 最近は地域の特産品を売り込もうということで、県庁重商主義、市役所重商主義とでも呼ぶべき、官民一体となった売り込みキャンペーンが盛んです。
 東国原さんが知事だった頃の宮崎県はその代表的な成功モデルです。大規模な展示会に豪華で大きな出展ブースを作る。一流シェフとタイアップする。都心にアンテナショップを作る、などなど。

 しかし、これには大きな落とし穴があります。
 役所は商売は素人なので、自分が物を売るコツがわかりません。商品の目利きもありません。
 また、悪者にはなりたくないので、一生懸命頑張っている中小企業が持ってくるほとんどの商品が、実はプロの目からは陳腐なもので、差別化要因がほとんどないということを、はっきり指摘することを嫌がります。
 その結果どうなるかと言うと、「モノよりモノガタリ」だというセオリーを曲解して、まったく優位性がない、全国どこの産地でも似たり寄ったりの商品に、むりやり「ストーリー」を作り上げ、地域ブランドを冠します。

 挙句の果てに、「事業者は懸命にやっているのに、行政や商工団体が販路拡大を支援することを怠っていた」、などと票目当ての知事が言い出し、「○○県営業本部」といったたぐいの部署を作れば、明日からでも東京で売り込めるかのような愚かな施策を打ち出したりします。
 そして、税金がじゃんじゃんつぎ込まれます。役人天国はこれで安泰。めでたしめでたし。

 そうではないのです。
 問題は商品力です。
 商品、サービスが持つ機能性であったり、経済性であったり、顧客満足度です。
 迂遠な方法ではありますが、商工団体や行政は、中小企業がまず十分なマーケティングをやって商品力を強化することを支援し、それとの車の両輪として販路拡大支援があるべきなのです。

 中小企業にも甘えがないでしょうか。あなた方は商売のプロです。役人にその真似ができると思いますか。

2012年3月15日木曜日

代々木高校の卒業式が感動的だったらしい

伊勢志摩経済新聞が、代々木高校の賢島本校で挙行された同行の卒業式の話題を二つ、記事で取り上げています。

 一つ目は漁師と飲食業などをやりながら、50歳にして高校を卒業した志摩市の男性。「これ(卒業証書)をもらうのに7年かかりました。50歳になってしまいました(笑)」と語ったとのこと。

 二つ目は、代々木高校が設けているさまざまな履修コースを使って卒業した人たちの話題です。「伊勢志摩料理人コース」の卒業生二人は、調理師の指導と世話を受け、それぞれ県内の飲食店や結婚式場に就職して働きながら、同校を卒業しました。
 授業料は生徒たちが自分の給料から払ったそうです。なかなか感心です。そのうちの一人の卒業のあいさつは「『継続は力なり』だとつくづく思った。これからも料理を続けて、でっかい男になろうと思う」というものでした。

 そのほか、美容技術を身に着けたいと入学し、このたび卒業を迎えた女子生徒も、専門学校への進学が決まり「勉強して『Dior(ディオール)』の店員になる」と将来の夢を語ったそうです。

 くわしくはこちらを

 苦節7年、漁師と海女業をしながら50歳で高校卒業-志摩・代々木高校(伊勢志摩経済新聞)

 調理人を目指し、働いた給料から授業料を払い高校を卒業-志摩の代々木高校(伊勢志摩経済新聞)

 はんわしが、つくづく日本は不思議な国だと思うのは、このような(誤解を恐れずに言えば)教育弱者とか苦学生に対する教育サービスが、民間セクターによって提供されており、県立高校などの公教育がその責をしっかり受け止めているようには見えない ~もちろん、経営品質向上活動に取り組んでいる三重県立北星高校のような素晴らしい学校もありますが~ ことです。

 もちろん、それがイカンと言うわけではありません。
 代々木高校は、伊勢志摩経済新聞によれば「多様性を認め合う通信制高校として不登校生や高校中退者の受け入れのほか、料理人コースや漁師コース、留学コース、スポーツコースなど、さまざまな生徒の思いを実現させるために柔軟な学習形態をとる。」私立学校であって、そのユニークで卓越したビジネスモデルは、民間企業(私学)だからこそ実現できるものです。
 今さら非効率な公教育がこの分野に割り込んでいっても、決してうまくは行かないからです。

 わしが言いたいのはそうではなくて、そもそも、民間でできないことはあるのか、ということです。
 言い換えれば、官に存在意義はあるのか、ということです。

 三重県が「スーパーハイスクールの三重県版」なるものを来年度から実施するようで、そのことはまた機会があれば改めて書きたいのですが、要はいわゆる一流大学への進学者数を競うような、スーパー高校ならぬスーパー予備校を作ろうとするものなら、それは官がやるべきことではないのではないでしょうか。

 進学校は生徒の親も裕福だろうし、塾や予備校と競い合えるので、県立高校を民営化しても立派にやっていけるはずです。
 一方で、通信制高校も代々木高校のような民間の事例がある。
 だったら、三重県なら相可高校とかの職業高校以外に、公立で存続させる特別な理由があるのでしょうか?

2012年3月14日水曜日

伊勢湾フェリーの愛称が「しおさい海道」に

三重県鳥羽市と愛知県伊良湖岬(田原市)を結んでいる伊勢湾フェリーの、航路の愛称を公募していたところ、このたび「しおさい海道」に決定したというニュースが報じられていました。(たとえば3月12日付けYomiuri Online

 以前このブログでも取り上げましたが、伊勢湾フェリーは利用客数の減少により親会社が航路の廃止と会社の清算を決定したものの、三重県や愛知県、鳥羽市な ど関係する地方自治体が航路存続のために補助金を出すことを決定。会社も親会社からの株式の買い取り、さらに従業員の給与3割削減などの自助努力を決断し たこともあって、一転、会社と航路の存続が決定した経緯があります。


 公的支援を受けるためもあって、地域の行政や商工会議所などの関係者などからなる「鳥羽伊良湖航路活性化協議会」が設立され、利用促進のための協議や取 り組みが行われていますが、今年1月の協議会で明らかにされた、平成23年度4月~12月の利用状況は、総旅客数が266,962 人で、前年度比13.3%の減(平成21年度比では2.5%増)。
 23 年6 月にETC割引の上限1,000 円が廃止されたため、対21年度比では旅客数は持ち直した状態となり、東日本大震災の影響としては、震災以降の少しの間の出控えがあったものの5 月のゴールデンウィークや8 月の夏休みには持ち直したとのことで、年末年始に一定の利用客が維持できれば、年間利用客はある程度確保できるとの見通しのようです。


 23年度は特にいろいろなことがあったので目標旅客数の確保が厳しいのはやむを得ない面があるような気はします。
 しかしJALが周りからボロクソに貶されながらも黒字達成のめどを付けたように、伊勢湾フェリーも努力次第で黒字化の可能性はあるのではないでしょうか。

 実際に、伊勢湾フェリーは情報発信を充実させてきています。今までなかったような、伊勢志摩と渥美半島のおすすめ観光ルートの情報提供や、鳥羽水族館の割引クーポンが付いた乗船券、サンセットクルージングといったイベントなど、いろいろ努力しているように見えます。


 伊勢湾フェリーに限らず、バス、地方鉄道などは採算が悪化し、公的な支援も限界に近づいているケースが多いようです。さらに、今後も景気が停滞しつづければ・・・残念ながらその可能性は高いのですが・・・公共交通機関以外に、地域の経済や雇用に影響が大きい有力企業の公的支援や再生支援といった課題が三重県内でも次々に起こってくるはずです。
 その意味でも、伊勢湾フェリーの再生は(公的支援の是非はともかく、関わってしまった以上)、何が何でも達成しなくてはならない試金石のような気がします。

2012年3月13日火曜日

元気な組織の作り方

三重県経営品質協議会主催のセミナー、「元気な組織の作り方」に参加してきました。

 経営品質向上活動は、企業や組織のミッションや経営理念を明確に定め、それを経営者以下の従業員が共有して行動指針にし、顧客満足と従業員満足の向上を 図りながら、PDCAのサイクルで事業に取り組んでいく仕組みですが、この根本になるのは「組織間での良好なコミュニケーション」です。

 しかしながら、
  ・社員間のコミュニケーションがうまくいっていない
  ・部下(上司、同僚)の話をどうやって聞いたらいいのか
  ・意見がバラバラでうまくまとめられない
 などといった問題は、多かれ少なかれ、どのような会社、組織でも存在すると思います。
 
 そこで、良好なコミュニケーションを確立し、風通しのいい組織風土にするためにはどうすればいいのかをテーマに、経営絵品質の第一人者であるブラザー工業(株)人事部の大井裕之さんを講師にお迎えし、I(アイ)メッセージの活用方法についてお話を伺いました。

 サラリーマンのように組織に所属している人間にとっては、実際問題として、上司や部下、同僚と意見が対立したときに、納得行くまで議論を戦わせてコンセンサスを得ることは至難の業です。
 多くの上司は、往々にして「一方的」、「高圧的」に指示を下に降ろしてくるだけであり、部下としてはその指示があまりに不条理なら反論もするでしょうが、ほとんどのケースは不承不承ながら指示に従ってしまうことでしょう。
 同じ組織内であっても、話し合いのルールや作法というのは難しいものです。つい、相手の話を途中で遮ってしまったり、相手を自分の物差しで評価し、決めつけてしまうこと(いわゆる「ダメ出し」)もしばしばです。

 しかし、これでは効果的なコミュニケーションは生まれません。そこで大井さんが提唱するのが「アイメッセージ」です。
 アイメッセージとは
 1)相手の「行為」を非難しないで述べる
 2)相手の行為によって生じる「影響」を伝える
 3)自分の素直な「心情」を伝える
 という3つの要素で構成されるメッセージのことです。

 たとえば、部下が上司にまったく途中経過を報告しないまま、納期に大幅な遅れが出て顧客からクレームが来たとします。「なぜ経過を逐一、上司の俺に報告しないんだ。そんなこと常識だろ!」と感情的に叱っても、部下は委縮してしまうだけです。それどころか、ますます都合の悪い情報は伝えようとしなくなるでしょう。
 それを、アイメッセージで伝えると、「納期の途中で中間状況を聞くと(上司である)自分は安心できるんだ。」というような言い方になります。
 つまり、アイメッセージとは、相手を評価したりダメ出ししたりせずに、自分の考え方や感情を表現することで、効果的に自己主張するという手法なのです。

 同じ組織内にいる仲間同士でも、ここまで気を遣わなくてはいけないのかという気がしないでもありません。しかし、多くの組織人が人間関係に悩んでおり、実際に先進国の会社組織や若手社員の活力度や満足度の調査において、日本はほぼ最下位であるという現実を見れば、アイメッセージが円滑なコミュニケーションに重要なことはお分かりいただけることともいます。

 今日の「元気な組織の作り方」は、参加者同士の討論による演習を中心に3時間、非常に内容の濃い中身でした。残念ながら平成23年度中の開講は今日が最後だったので、関心がある向きは4月以降の開講をチェックしてみてください。(というか、三重県内のあらゆる会社、団体、組織の経営者、従業員にぜひ聞いていただきたいと思います。)

 余談ですが、三重県経営品質賞の今年度の受賞企業が決定しました。
  三重県経営品質賞 優秀賞 医療法人夢真会 せこ歯科クリニック(多気町)
  三重県経営品質賞 奨励賞 株式会社 伊勢萬(伊勢市)
 表彰式は3月19日(月)13:30から、津市の津都ホテルで開催されます。表彰式と合わせて、今までの受賞企業・団体によるパネルディスカッションも行われますので、経営向上や組織のパフォーマンス向上に関心がある方はぜひお越しください。

■三重県経営品質協議会ホームページ http://www.miequality.net/

2012年3月12日月曜日

一票の格差と産業構造

 今週の週刊東洋経済に載っている、野口悠紀雄早大大学院教授による連載コラム「震災復興とグローバル経済―日本の選択」がめちゃ面白いのでメモっておきます。

 日本の製造業が急激に競争力を低下させているのは誰の目にも明らかです。しかし、震災、ヨーロッパ経済情勢の悪化、円高、電力不足といった諸条件 ~製造業にとっての逆風~ が顕在化する前から、日本の製造業企業はサービス経済化に乗り遅れ、コモディティ化やファブレス化といった新次元への進化にも遅れていたことは数年前から識者に指摘されていました。

 その代表格が野口先生だと思いますが、今回の「あまりに政治的な製造業向けメッセージ(1)」の巻も非常に示唆に富みます。

 iPhoneなどを提供するアップルが、自社では生産工場を持たないファブレス企業であることは有名ですが、野口さんはニューヨークタイムズの記事となった、こんなエピソードを紹介します。

 2007年、最初のiPhone販売開始予定の1カ月前。「天才」スティーブ・ジョブズは突然、ディスプレイの仕様をプラスチックからガラススクリーンに変更することをスタッフに命じた。  到底不可能と思われたこの命令に、中国でiPhoneを生産しているフォックスコンは見事に応えた。
 ガラススクリーンが工場に到着し始めたのは真夜中。その30分後には8000人の従業員がガラス製スクリーンをフレームにはめる作業を12時間シフト体制で開始。96時間後には、工場は1日1万台のiPhoneを生産。1カ月後にはアップルは100万台のiPhoneを販売。それ以来フォックスコンは、2億台のiPhoneを生産した。
 このような想像を絶するスケールの生産規模と生産体制はアメリカでは到底不可能。いまや、サプライチェーン全体が中国の中にある。
はんわし注:しかしながら、フォックスコンはその過酷な労働条件で従業員の自殺が相次いだブラック企業としても有名です。

 問題はここからです。
 このようにアメリカの製造業は中国に太刀打ちすることが不可能なのは誰に目にも明らかなのに、今年の一般教書演説で、オバマ大統領は「製造業をアメリカに呼び戻そう」と訴えました。なぜでしょうか。

 それは大統領予備選挙と関係があります。そこでの勝敗が結果に大きな影響をもたらす、ミシガン、イリノイ、ペンシルバニアなどの州(スウィングステート)は旧来型製造業が非常に多く、ここで勝つためには製造業を保護する公約をせざるを得ないからです。
 アメリカ経済を牽引しいているのは金融業や、シリコンバレーなどのICTですが、政治を動かしているのは旧来型の製造業なのです。

 野口先生は、この構造は日本でも同じだと言います。
 日本の、いわゆる「一票の格差」としての参議院議員(選挙区、09年)1人当たり選挙人名簿登録者数を見ると、東京、神奈川が100万人を超えているのに対して、製造業の比率が20%以上の県のうち山形、富山、長野、岐阜、福井、福島は50万人未満。

・(つまり)首都圏で一票の価値が低いことは、サービス産業の声が政治に反映されにくいことを意味している。それに対して、一票の価値が低い地域で製造業の比率が意外に高いのだ。
・ 「一票の格差」は、これまで、「都市地域対農村地域」の問題と考えられていた。(しかし、これは)「サービス産業対製造業」の問題でもあるのだ。
・今後地方都市で工場閉鎖の動きが進むと、さらにその傾向が強まるだろう。

 なるほど。それで三重、愛知といった製造業の盛んな県では、政治や行政に露骨なまでの製造業への利益誘導があるのか。思い当たることばかりです。
 まさに目からウロコの論稿です。地域産業の振興に関心がある方にぜひご一読いただきたいと思います。

2012年3月11日日曜日

宇治駐車場有料化で混雑はどうなったのか

伊勢神宮(内宮)周辺の、宇治駐車場が平成24年3月1日から有料化されました。
宇治駐車場は伊勢市が管理しており従来は無料でしたが、内宮周辺の交通渋滞緩和のために有料化されたもので、駐車料金は交通対策の費用に充当するとのことです。

詳細は伊勢市ホームページを参照してほしいのですが、駐車料金の徴収対象となるのは普通自動車、軽自動車、サイドカーで、最初の1時間までは無料。1~2時間は500円で、2時間以降は30分おきに100円が加算されます。(伊勢市ホームページリンクはこちら) 

 
有料化から1週間。交通状況はどのようになっているのでしょうか。実際に見てきました。

伊勢神宮内宮へのアクセスは大きく2つのルートがあります。1つは、伊勢神宮外宮や高速道路(伊勢自動車道)伊勢西ICからのアクセス道路(通称 御木本道路)のルート。
もう1つは伊勢自動車道伊勢ICからのアクセスである国道23号線ルート。
この2つが上記の地図のA地点、宇治浦田交差点で交わります。

A地点の写真です。
右折して直進すると内宮前の無料駐車場がありますが、ここは恒常的に大渋滞するので、通常はこの交差点をいったん直進し、次の信号で左折して、今回有料化された宇治駐車場を利用することになります。


ちなみに、宇治浦田交差点から内宮前駐車場はこんな感じです。わずか数百メートルの距離ですが、袋小路なのでいったん渋滞にはまると、途中で引き返すことができません。これらの車が内宮にたどり着けたのは果たして何十分後だったのでしょうか?


下の写真は、B地点、宇治駐車場への入り口(左折)です。
この道を左折せずに直進すると、伊勢志摩スカイラインや、志摩市へのアクセス道路(通称 伊勢道路)に至ります。


C地点(第4駐車場入口)に置かれた入場ゲートと精算機です。はんわしが訪れたのは午前11時ごろでまだ混雑のピーク前だったせいか、それほど渋滞はできていませんでした。


しかし、有料化したことを知らないドライバーも多く、係員が一台一台丁寧に説明していました。大きなトラブルはないように見受けられました。(下の撮影場所はD地点)


新設された入場ゲートです。(このゲートはC地点よりさらに奥の第5駐車場入口のものです)
昼前のこの時間帯は入場する車が多いのですが、夕方は出場する車で相当混雑するのではないかと思います。
ゲートは五十鈴川の堤防道路の上に設けられているので、特に夜間や荒天時にはゲート機器の管理も大変なのではないでしょうか。


宇治駐車場からおはらい町までは、駐車場所にもよりますが、おおむね徒歩10分ほどです。
関係者の何人かに有料化の影響を聞いてみたのですが、まだ目立っ た影響はないという意見が多いようでした。


例年より客数は減っているような気がするという声もありましたが、今年は冬の冷え込みが厳しく、さらに先々週、 先週と伊勢では週末が雨だったので、天候のせいかもしれず、駐車場有料化のせいとも断言はできないようです。

<平成24年6月30日追記>
3月から有料化された宇治駐車場に続いて、7月1日から内宮前駐車場も原則有料化されます。くわしくはこちらを。

2012年3月10日土曜日

伊勢松尾観音の初午祭

 春の訪れを告げる風物詩ともいえる、初午のお祭りが各地で行われているようです。
 三重県では松阪の岡寺の初午祭が有名ですが、伊勢では「日本最古の厄除け観音」と称する松尾観音寺の初午大祭が賑わいます。

 普段は閑静な松尾観音寺も、年1回、この時ばかりは露店が出たり、檀家の方々が厄除けの縁起物を販売したりしています。
 善男善女がわらわらと集ってきて、境内には200~300人近くの人々がいたように見受けられました。

 寺伝によると、松尾観音寺は奈良時代初期の712年、奈良の大仏の建立に深くかかわった僧 行基 が伊勢神宮を参拝した際、この松尾山に龍が住むと伝えられる池があることを知り、そのほとりに自ら観音像を刻んで寺を創建したのが始まりだそうです。

 行基はもちろん実在の人物です。
 奈良時代の僧侶は国家に管理された社会エリート階級であり、学究が活動の中心で、政治に深く参画する僧侶も少なくありません。しかし、行基は国家の統制を嫌い、民衆と共にありたいと独自の教派を形成して活動した、当時としては珍しい僧侶でした。
 教科書に日本最古の地図として「行基図」が載っているように、全国各地を旅して開墾や治水事業なども行ったという伝説があります。行基創建と伝えられる寺院も全国に多数あるようで、その真偽はともかく、ある意味、「空海(弘法大師)伝説」と共通するものがあるのかもしれません。

 行基が実際に伊勢に来たことは史実のようですが、興味深いのは、伊勢参宮の目的が、聖武天皇の大仏建立の発願と深くかかわっているらしいことです。

 大仏建立の成就を祈るために、天皇の命により行基は伊勢神宮に仏舎利を奉納に訪れます。
 そして、神前で祈りをささげている途中、行基は天照大神(伊勢神宮の祭神)から神託を受けます。
 その内容は実に驚くべきものでした。
 天照大神自身が、日本に大仏が建立されることへの満悦の意です。日本土着の最高神であり、異国の宗教である仏教とは本来は相いれないはずのアマテラスが、天皇による大仏建立を深く喜んでいるというのです。
 さらに、「仏舎利は神宮から遠く離れた飯高(いいたか)の地(現在の松阪市飯南町~多気郡多気町あたり)に埋蔵するように」との具体的な内容の神託も受けます。
 行基はさっそく実行して神意に従ったのでした。

 歴史家の高野澄氏は、飯高地域が奈良時代当時、日本で数少ない水銀の産地であったことに注目します。
 金銅仏である大仏に金メッキを施すためには、金と同時に、メッキに使う大量の水銀が必要になります。当時、水銀は貴重品であり、戦略物資でもありました。
 伊勢神宮が支配していた飯高の水銀の利権を、朝廷が大仏建立に優先的に利用することを行基という高僧が受けた神託という形で正当化しようとした政治的な背景があったと推理するのです。

 このあたり、まだまだはんわしにはわからないことも多いのですが、松尾観音のような何気ない小さな寺にも、おそろしく古い歴史が積み重なっているというのが伊勢の奥深さのような気がします。

■龍池山 松尾観音寺 公式ホームページ  http://matsuokannon.jugem.jp/

紅葉を見に、せいわの里まめやと丹生大師へ(2010年11月27日)

2012年3月9日金曜日

そして希望わく未来へ。

NPO法人 G-netの柏木さんから、「地域仕事づくり実践型インターンシップ事例集2011」という冊子をいただきました。

 大学生などの若者が地域の中小企業やNPOなどにインターンし、ビジネスや事業活動を通じて地域の活性化を実現していくという「実践型インターンシップ」が、今、全国各地で活発に展開されています。
 その活動事例が24例、学生、企業、地方自治体、大学など、それぞれの立場からの視点で整理され、紹介されている事例集です。

 このブログでもたびたび取り上げているように、三重県では東紀州地域(三重県南部の、尾鷲市、熊野市、紀北町、御浜町、紀宝町の2市3町からなる地域)で4年ほど前から実践型インターンシップの受け入れが始まっており、すでに10名以上の学生が1か月から1年という期間、東紀州にある企業経営者や農家の下でインターンを行っています。

 この事例集でも、「熊野古道が紡ぐチャレンジの聖地」と題して、その取り組みが紹介されています。

 はんわしも、平成19年度~20年度の東紀州観光まちづくり公社在職中に、東紀州長期インターンシップ事業の立ち上げにかかわっていたので、東紀州での取り組みがこのように評価されるのはうれしい限りです。

 しかし、その当時と今とでは、社会・経済を取り巻く情勢は大きく変化しています。
 まず、絶好調だった工業製品の輸出が、リーマンショック、東日本大震災、そして電力不足、円高、原油高などによって極めて厳しい状況となってきました。はんわしの予想より早く、日本は輸出型製造業中心の経済構造の転換が迫られるようになっています。
 大企業の生産拠点の海外移転は勢いを増しており、今後三重県内でも自動車や電子機器を中心に、中堅~中小企業の工業の閉鎖が相次ぐことが予想されます。

 一方で、輸出型製造業の陰で刺身のツマ的な役割に甘んじていた、地域資源を活用したビジネスや6次産業、さらに地域の地場産業や伝統産業などが、新しい時代の自立した地域産業として役割が再認識されてきています。
 これらの産業には、大企業の工場のように補助金を餌に「誘致」され、一時は地元は潤うものの、経済情勢が悪化するとさっといなくなってしまう「逃げ足の速さ」がありません。いわば地域と一蓮托生の関係です。
 これらの産業こそが地域経済の主役であるべきで、その再生に必要なリソースの一つである「若手人材」をどうつないでいくかが、自治体間の新たな競争となってくることでしょう。(いうまでもなく、今までは企業誘致の競争が自治体間で繰り広げられていましたし、いまだにその競争の無意味さに気づいていない自治体が数多いのが現状なのですが。)

 その意味で東紀州にはアドバンテージがあります。インターンシップを東紀州でやりたい学生は数多くいるので、あとは、東紀州側が、若者たちにいかに素晴らしい大人(経営者)を用意し、若者のチャレンジを支援するコミュニティやソーシャルキャピタルを提供できるかがキーになっています。

 そして、わしが見るところ、その競争に、おそらく東紀州は勝ち抜くことができます!

2012年3月8日木曜日

ツクリ~テばざーる@東急ハンズ名古屋


 楽市楽座 ツクリ~テばざーる@東急ハンズ名古屋なるイベントに、三重県から夢古道おわせ紀和町ふるさと公社が出展するようです。

 ホームページによると、「楽市楽座」とはメーカー/職人/クラフト/デザイナーなど、様々な立場のモノづくりをする人々の集まりで、作り手自身がお客様に対し て、自由に流通を考え、新たなアプローチを試みることで、市場を知り、新たなビジネスや社会貢献のかたちを模索する場をめざしている、とのこと。
 なんだか日本語としてよくわからないのですが、要は「熱いスピリット」を持った製造販売事業者の集まりということなのでしょう。

 ツクリ~テばざーる@東急ハンズ名古屋は、3月16日(金)~ 4月15日(日)の1か月間、東急ハンズ名古屋店(ジェイアール名古屋タカシマヤ)の9F イベントスペースで行われるとのこと。

 夢古道おわせは、モクモクしお学舎の各種塩製品、甘夏塩サイダー、塩けんぴ等、尾鷲名水(株)の 尾鷲海洋深層水、ミネラルウォーター、㈲田岡商店の鰹の生節、まぐろの角煮等、めでたい屋の  鯛味噌、だしつゆ、ドレッシング等、そして、夢古道おわせオリジナルの世界遺産・熊野古道の森の贈り物、尾鷲ヒノキの入浴木を出品。
 さらに、3/18(日)、3/31(土)、4/14(土)の3日間は、「100のありがとう風呂のワークショップ」も開催されるようです。これは、大切な人に普段なかなか言えない「ありがとう」を尾鷲ヒノキの香り豊かな入浴木のメッセージを書き、大切な人に届けるというもの。

 紀和町ふるさと公社は何を売るのかよくわからないのですが、とにかく、名古屋近辺の方は、ぜひツクリ~テばざーる@東急ハンズ名古屋を訪れてみてはいかがでしょうか?

 各出展企業は、商品アイテムはもちろんのこと、たぶん経営者とか社員は、あんなことをやってみたい、とか、こんなことをやったらオモロイのではないか、と常に頭の中がグルグル回っていて、感度の高いアンテナを持つ、「面白い人々」なのだと思います。
 
 こういう人たちと出会える、たいへん良いチャンスとも考えられます。

2012年3月7日水曜日

公務員という「階級」の終わり

明治維新は1867年~1868年にかけての出来事ですが、天皇制の明治政府ができても、幕府や大名の家来であった武士の大多数は、自らが失業してしまうという危機感をそれほど持たなかったのではないかと思います。武士とは職業というより身分なので、今の主家を失っても、また政府なり為政者に召し抱えてもらえるチャンスはあるはずだと。
 しかし、廃藩置県、廃刀令が断行され、西南の役といった士族の反乱が新政府の農民中心の軍隊にことごとく鎮圧されるに至って、武士という階級の消滅は決定的になります。

 最近の公務員を取り巻く状況は、このころに似てきたのではないでしょうか。

 先日、政府の行政改革実行本部が平成25年度の国家公務員の新規採用数を、自公政権時代の平成21年度と比べて4割以上削減するという方針を決めました。
 平成21年度の新規採用数は約8500人。政権が交代してから毎年採用数が減っていき、平成24年度は東日本大震災の影響もあって約6300人にまで減少。仮に今回の4割削減が実行されれば、平成25年度の新規採用数は約5000人にまで縮減される見込みです。

 岡田克也副総理はマスコミの取材に応え、「公務員は一定の身分保障があるためリストラすることが難しいため、公務員人件費の圧縮は新規採用の抑制で行うしかない。」という趣旨のことを述べたとのこと。
 今回の方針によると若者3500人分の雇用が失われることになるため、中高年の公務員を削減して若年層を守るという考え方もあるのではないかとの質問に対しては、「民間企業でも業績が悪ければ、まず(新規)採用を抑制するのは普通」と答えたそうです。
 また、採用抑制の狙いは「総人件費の抑制」だとしながらも、抑制による削減効果は「計算していない」とも答えたそうです。(Jキャストニュース 3月6日付け 国家公務員新規採用4割減 「若者いじめ」批判相次ぐ

 確かに、業績不振に対して従業員を解雇するいわゆる「整理解雇」には、判例で「4原則」が確立しており、新規雇用の抑止など解雇回避努力をしていることもその要件になっています。なので、岡田副総理の話は法的には間違っているわけでは必ずしもありません。

 しかし、まず強く印象に残るのは、公務員という「身分」を何が何でも守り抜こうという後ろ向きの姿勢です。
 今現在の国民は自分が払っている税金以上の過大なサービスや保障を受け取っている。そして莫大なツケはすべて将来の子孫たちに回している日本。
 ついには、若者たち、ひいては将来の子孫たちの日々の糧を得る手段まで取り上げようとしているのです。
 これが「棄民」でなくて何でしょうか。

 しかし、公務員階級が既得権を守ったと胸をなでおろしているのも束の間、大阪市の橋下市長は約3万8000人いる市職員を4年後には約1万9千人にまで半減させるという改革方針をまとめたそうです。交通事業やごみ収集などの現業部門を民営化して大幅な人員削減を図るものですが、同時に平成25年度以降は民間経験者の中途採用を増やすなど、毎年150人程度の新規採用枠を確保するとのこと。(毎日新聞 3月7日付け

 公務員が危機感を持たないまま、コップの中の椅子取りゲームに興じているうちに、公務員という身分そのものが消滅させられようとしているのです。大阪市が先鞭を付ければ、これは燎原の火のように広がるでしょう。

 その時、俺たち公務員が減って困るのはオマエら国民だぞ、と叫んでも若者はまったく耳を傾けないでしょう。むしろアナーキーな世の中を待望するのではないでしょうか。その方がよっぽどまともな感性です。

2012年3月6日火曜日

伊勢神宮 外宮奉納プロジェクト

(承前)
 3月4日付けの朝日新聞に、伊勢商工会議所による「食と外宮奉納プロジェクト」の記事がありますので抄録します。

・この奉納は平成25年に執り行われる伊勢神宮の式年遷宮に向けて、伊勢商工会議所が展開する産業振興と外宮前の活性化を図るプロジェクトの一環で、昨年に続いて2回目。

・奉納日(3月3日)には事業者13社の20名が、それぞれ自社製品である牛肉や海産物加工品、和菓子など40品目を外宮に運んだ。

・事業者の代表が「原材料の産地などを記載し、うそ偽りがないこと」を誓う宣誓文を読み上げた後、順次奉納された。

・今後の展開として、同会議所は奉納事業者の商品に対して奉納を証明するシールの発行などを予定している。
 とのことです。

 さて、伊勢神宮に詳しい方なら、伊勢神宮には内宮と外宮があることを御存じでしょう。今回の奉納は外宮だけで、内宮には奉納しなかったのはなぜでしょうか?

 じつはこれは、外宮の祭神に由来します。
 伝説によれば、天照大神が内宮に鎮座した後、その衣食住のお世話をするために天照大神の神勅によって丹波国から伊勢にお招きされたのが、外宮の祭神である豊受大神(とようけおおみかみ)です。
 つまり、トヨウケは稲作や養蚕といった農業の神であり、ひいては人々が生きる糧である産業の神様として広く崇敬を受けることになりました。
 歴史的に見ても、産業神である外宮は、交通の便が良かったためもあって古くから近隣には定期市が立ち、鎌倉時代には大きな鳥居前町(山田)が成立していました。
 歴史的にも、伊勢神宮の参宮客を外宮と内宮で比較すると外宮が多く、内宮の参拝客数が外宮を上回るのは何と戦後になってからのことです。

 今では伊勢市も全国の地方都市の例にもれず中心市街地の空洞化が進み、かつて繁華街であった外宮前も賑わいがなくなってきました。記事にもあるように、今回の外宮奉納プロジェクトは産業神であるトヨウケ(外宮)への奉納が神意にかなっているだけでなく、外宮前の活性化の効果もにらんでのことであり、大変有意義なものだと思います。

 伊勢商工会議所では、食品だけでなく、伊勢神宮の理解と協力を得て、工芸品や美術品、芸能や競技、さらには祭などの「ソフト」も奉納できるよう検討していると聞きました。また、志を同じくする全国の生産者・事業者を各地の商工会議所を通じて募り、外宮へ奉納できるような仕組みも考えているようです。

 最近は、景況の低迷が長期化しているせいで、地方自治体による地域産品の販路開拓支援が盛んです。しかしながら、その中身は戦略のない安易な「ブランド化」であったり、大手バイヤーとの商談でまったく条件が折り合わなかったり、一過性のイベントに過ぎない都会での物産展であったりと、多くは的外れで、ほとんど成果が生まれていません。しかもそれらの財源は税金です。

 一方で、伊勢神宮は伊勢や三重に限らず日本の御祖神であって、これ以上威力のある「地域資源」はありません。
 神威を畏れつつも神徳にあやかることは、民の力で十分にできることですし、民の機動力や創意工夫が発揮されるチャンスでもあります。短絡的な「お役所重商主義」ではなく、地域産業活性化のための特産品開発や販路開拓は、やはり民が主導する形であってほしいと思います。

2012年3月5日月曜日

伊勢神宮で立柱祭

 昨日、伊勢神宮 内宮(ないくう)で立柱祭(りっちゅうさい)が行われました。

 伊勢神宮には、20年に一度、神殿や鳥居を建て替え、神宝などもすべて新しく作り替える「式年遷宮」という行事があります。
 6世紀ごろから営々と続いており、時の為政者の財政難や政情不安などによる中断はあったものの、次回、平成25年に行われる遷宮は通算で第62回目となるそうです。

 立柱祭は内宮の本殿(正殿)の建築の初めに際して、 御柱を立てる祭で、 小工(こだくみ)とよばれる宮大工が古式ゆかしく素襖烏帽子(すおうえぼし)姿で四組に分かれ、それぞれの御柱の木口を木槌で打ち固めて新殿の安泰を祈るというものです。
(写真は伊勢文化舎「伊勢講カレンダー」の写真から転載しました。)

 昨日の伊勢はあいにくの雨。
 しかも、わしはちょっとした急用ができてしまい、残念ながら内宮まで見に行くことができませんでした。(もっとも、立柱祭は関係者しか臨席できないので、一般参宮客は木槌の音が聞こえただけだったそうです。しかし、それにしても20年に一度の音なので聞きたい気はします。)
 ちなみに、伊勢神宮外宮(げくう)では、明日、立柱祭が行われるそうです。

 遷宮は、クライマックスである遷御(せんぎょ=旧神殿から新神殿へのご神体の引っ越し)に向けて、まだまだたくさんのお祭りが続きます。
 詳しくは伊勢神宮式年遷宮のホームページを。(リンクはこちら

 実は、今日書きたかったのは立柱祭のことよりも、3月3日に伊勢商工会議所の会員有志が伊勢神宮外宮に自社の製品を奉納し、「正直なものづくり」を誓ったという、食と外宮奉納プロジェクトのことだったのです。
 非常に興味深いプロジェクトですし、大きな可能性を秘めていると感じますが、この話題は明日に。

2012年3月4日日曜日

尾鷲セラピストと行く熊野古道

 いとしの旅舎((株)アーリーバード内)が主催する 尾鷲セラピストと行く熊野古道 が、一泊二日の日程で3月3日~4日の間、催行されたようです。

 いとしの旅舎は数年前から、「伊勢志摩ウエルネスの旅」といった健康ツーリズムの旅行商品を企画・実施しています。今回の熊野古道のツアーは「尾鷲セラピスト」なる、尾鷲市内の熊野古道を使った健康ウォーキングの専属インストラクターが同行して、世界遺産である熊野古道の歴史や、尾鷲の地域資源などの説明を聞き、歩き方や運動などの指導を受けながらハイキングするものだそうです。

 今朝(3月4日付け)の中日新聞によると、ツアーには県内外から23名が参加。尾鷲セラピストは16人が同行したとのこと。
 第一日目である3日は、紀北町と尾鷲市を結ぶ馬越峠(まごせとうげ)を歩き、道中、歩き方やストレッチなどの指導があったそうです。
 いとしの旅舎ホームページによると、第二日目の今日は、尾鷲市内の美しい砂浜である三木里海岸のウォーキングと、尾鷲海洋深層水を使った温浴施設「夢古道の湯」でのランチバイキングと入浴、などの日程だったようですが、天気があいにくだったので、どのような結果だったのかが気になるところです。

 熊野古道は、世界遺産に認定されてから一貫して来訪者を増加させてきました。しかし、石見銀山や平泉といった新たな世界遺産認定が続いてライバルが増え、日本経済の停滞や、東日本大震災、さらには昨秋の台風12号の影響などもあって、頭打ちの状態となっているようです。
 一方で、高速道路である紀勢自動車道が延伸し、新たな観光客の増加も見込める、千載一遇のチャンスが近づいています。

 熊野古道観光のマンネリ化、陳腐化を克服するには、もてなしの精神や接客術といった基礎的なスキルを観光に関連するすべての従事者が共有するとともに、そのうえで、さらに付加価値が高い観光商品の開発が必要となります。

 その有力な手段の一つが健康ツーリズムであり、いとしの旅舎は三重大学や三重県などと組んで数年前から健康ツーリズム企画商品を実施してきました。
 また、尾鷲セラピストについては、尾鷲市や尾鷲観光物産協会が人材養成を行っており、今日のツアーに同行したセラピストも、その養成講座を修了した人材だとのことです。

 23人という参加者数は、今日はまだテストツアーの段階かと思いますので、一概に多いか少ないかを論じられませんが、健康や自然に関心を持つ客層がさらに開拓できるように、官民挙げての取り組みが重要だと思います。

 尾鷲観光物産協会は、今まで任意団体であったものが、4月には事業協同組合として法人化され、近い将来は第三種旅行業の登録を受けて、着地型観光ツアーを年12回程度実施する予定だとのことです。
 高速道路の開通は来年に迫っており、スピード感を持ってことに臨むべき時に、全員一致型意思決定方式である協同組合が果たして最適かどうかは議論のあるところでしょう。全組合員が応分の負担を行うという互助の精神は尾鷲の風土に合うのかもしれません。
 しかし、いずれにせよ健康ツーリズムも全国的な競争になることは目に見えています。「健康ツーリズムといえば、東紀州、なかんずく尾鷲市」というイメージが全国の消費者に刷り込まれるように、ブランディングの戦略をしっかりと立てて、速やかに実行すべきです。

(しかしその尾鷲観光物産協会のホームページが、昨年12月から更新されていないという驚くべき事実には今日のところは目をつむります。)

2012年3月1日木曜日

忙しいのはITのせいか?

 その昔、あちこちのスナックでカラオケが流行り出していたころ。
 先輩がよく言っていました。
 「こういう場所はオトナが酒と会話を楽しむ場所だった。流し(の歌手)は愛嬌があるが、カラオケはうるさいだけでかなわん!」と。
 
 やや昔、携帯電話が広まってきたころ。
 絶対にケータイは持たない、と宣言していた人がいました。
 「外出先にまで電話がかかってくるなんて、束縛されているみたいで落ち着かない!」と。

 きっと、クルマも、テレビも、ラジオも、電報も、腕時計(懐中時計)も、社会の価値観の衝突の中で、押し合いへし合いして浸透してきた歴史があるのでしょう。

 では、ITはどうでしょうか。

 70年代のオフコンの導入、90年代のパソコン導入によって、オフィス業務の生産性は劇的に向上しました。
 21世紀は、インターネット、そしてスマホによるユビキタス社会が完成しつつあり、世界中どこでも情報がやり取りできる、ある種の究極的な社会です。(Google問題のように、これはこれで脅威と呼べる社会かもしれません)

 そんな中で、IT化が進んだゆえに起こる非効率も、当然ながら顕在化してきます。

 見栄えはいいが、中身が空っぽなプレゼン資料。
 ネット情報のコピペばかりの、質の低い大量のドキュメント。
 隣席の同僚との会話はメール。情報共有もない。
 メールで送りましたけど…と言われたものの全く記憶にないメッセージ。

 このようにITに過度に依存したビジネスパーソンや会社組織を、筆者は「IT中毒」と名付けます。
 こういった現象は三重県庁でも同じですし、全国の多くの会社、学校、組織が似たような風土なのではないかと思います。

 ジャンキーから抜け出すには、依存対象を断つしかありません。オフィスワークのIT利用を見直し、直接対話によるホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)を復活させ、会議資料は要点を1枚にまとめたレジュメだけにする。借り物のネット情報でなく、自分のアタマで考えた意見をまとめる習慣をつける。
 オフィスのパソコンを削減して、利用時間も半分以下にして取り組む、このような活動を「IT断食」と呼び、直ちに実行すべきだと推奨するのです。

 IT断食とは良いネーミングです。だいいち、耳触りが良い。

 しかし、本当にそんなことができるのでしょうか? いや、そもそも、会議資料の作りすぎは心配性のアホな上司を安心させるためにやっている、部下にとっての生活の知恵ではないのでしょうか。
 ホウレンソウがないのも、組織の機能不全であって、三重県経営品質協議会で経営品質向上活動を勉強すればかなり改善するはずです。

 このように、本来はマネジメントの問題であるものを、何でもかんでもIT依存のせいだと決めつける本書は、はんわしにとっては理解が難しいものでした。
 IT断食を実践した事例として紹介されている運輸会社や機械メーカーも、わしが思うに、良質なマネジメントで培われた自由で創造的な企業風土の成果であって、IT化の弊害でも、ましてやIT断食の成果でも全くないように感じました。