2015年5月31日日曜日

サルどこネットって何?

 三重県が不名誉と言えば不名誉な出来事で全国区になってしまいました。三重県庁が、捕獲したツキノワグマを隣県の滋賀県内に放したという件です。

 三重県ホームページなどによると、この出来事の顛末は以下のようなものです。
1)平成27年5月17日、三重県いなべ市北勢町内でイノシシ捕獲用の箱檻に体長約1.4メートルのオスのツキノワグマがかかった。
2)ツキノワグマは三重県自然環境保全条例に基づく三重県指定希少野生動植物種であったため、県職員2名とNPO法人 サルどこネット の2名の計4人は同日午後6時半ごろ、三重県の野生動物保護等緊急対応マニュアルに従って、発信器を装着し、滋賀県との県境付近に放獣した。
3)放獣する適地を三重県内で探していたが、林道が行き止まりになり、日が暮れそうになってきたため、滋賀県内(多賀町)であることを認識しつつ県境付近で放したもの。
4)5月27日早朝、滋賀県多賀町樋田地内で88歳の女性がクマに襲われ、顔の骨を折る重傷を負った。午前9時頃、滋賀県庁から三重県庁に情報提供があったことから、これが三重県が放したクマであった可能性があることが浮上した。(実際には同一のクマかどうかは不明)
5)放獣した際、三重県庁は滋賀県庁や多賀町役場にその旨を連絡していなかった。これは三重県野生動物保護等緊急対応マニュアルに連絡に関する手順が特に定められていなかったため。
5)5月28日午後、滋賀県庁を訪れた三重県庁の農林水産部長は、滋賀県庁の琵琶湖環境部長に謝罪した。

2015年5月29日金曜日

アクアイグニス立花社長の戦略を聞く

 先日、三重県中小企業家同友会主催による、(株)Kodo.ccの代表取締役 立花哲也氏の講演を聞く機会がありました。

 (株)Kodo.ccは、年間100万人が訪れる三重県内でも指折りの人気スパ&リゾートであるアクアイグニスの親会社であり、立花社長はアクアイグニスの発案者にしてオーナー経営者でもあります。

 若干42歳にして、これほど高く評価されるリゾート施設を作り上げた立花さんとはどのような人物なのか?
 講演は苦手なので、ふだんの依頼はほとんど断っているという立花社長の生の声を聞ける貴重な機会でした。

 ちなみに、アクアイグニスというのは立花社長の造語で、ラテン語でアクアは水。イグニスは火。大地の水と火が出会ったのものが「温泉」だというのがもともとのコンセプトだったそうです。それにしてもカッコいいネーミングです。

 まず講演冒頭の、立花社長の自己紹介がユニークでした。
 高校卒業後、すぐに土木建築業に従事し、20歳の時に自らの工務店を起業します。業績は堅調に推移しますが、年齢が若いことと、担保になる土地や資産がなかったため、金融機関からの借り入れがまったくできない状態での経営でした。

2015年5月28日木曜日

吉野家のベジ牛を食べてみた

 牛丼チェーンの吉野家が、最近のヘルシー志向に乗って新発売した ベジタブルどんぶり、略してベジ丼を食べてきました。
 ベジ丼とは、ご飯の上に11種類の温野菜が盛り付けられたもので、ベジ丼一杯で、一日に必要な量の野菜の半分に当たる分が摂取できるとのことです。
 お昼休み、猛ダッシュで吉野家津駅チャム店に向かったのですが、12時10分ごろ、すでに店内には行列ができていました。もっともここはカウンターが10席しかない超小型店なので5分ほど並んでいたら順番が回ってきました。
 注文したのは、ベジ牛 という野菜ばかりのベジ丼と普通の牛丼のあい掛け的なメニューです。これで650円。

2015年5月27日水曜日

隣の空き家が・・・わしの体験

 実家に住む親から、「長らく無人となっているお隣の家が、我が家にもたれかかってきて怖い。」という愚痴をよく聞くようになったのは10年ほど前のことでした。
 わしの実家は旧市街地の商店街にあり、戦災や天災をくぐり抜けた古い小さな木造家屋が密集している一帯です。
 お隣の家も高齢の夫婦が商売をされていましたが、ご主人が亡くなり、奥さんは子供さんの家で同居することとなって、それから数年来、空き家の状態でした。
 住む人がいなくなると家はいっぺんに痛み出すとはよく聞くことですが、たしかに見た目にも傾きがひどくなり、一部の瓦が落ちたり、壁板もはがれて壁土がむき出しになっている箇所も目立ってきていました。
 地震になれば間違いなくわしの実家に崩れ落ちてくるでしょう。台風の大風でも倒れ掛かってくる可能性があります。もはや一刻も猶予はならないということで、持ち主と交渉することになりました。

 ちょうど昨日(5月26日)から、長年放置されて老朽化し、倒壊などの恐れがある空き家の持ち主に対して、市町村が撤去などを指導できる、「空き家対策特別措置法」が施行されることとなりました。本当に、隣家がこのような状態になると大変です。
 わしの経験を参考までにご紹介します。

2015年5月26日火曜日

伊勢参宮客の変化

 先日、伊勢市産業支援センターで開かれた経営者向けの情報交換会「K&Kカフェ」に行ってきました。
 メイン講師はこの4月新たに赴任された同センターの沢村センター長。沢村さんは伊勢商工会議所で中小企業の経営支援に従事してこられたのですが、同時に、ほかならぬ伊勢商工会議所にとって最重要なミッションとも言える、伊勢神宮式年遷宮の奉賛行事にも長年従事されてきた経歴をお持ちです。
 その経験を踏まえて色々なお話をされたのですが、なかなか興味深い内容だったのでメモしておきます。

 沢村センター長のお話しのメインは「平成25年に斎行された第62回式年遷宮は、7世紀以来連綿と受け継がれてきた式年遷宮行事の中でもいくつかの大きな変化が顕著になった遷宮であったのではないか」という話題提供でした。
 その土台となる指摘の一つは、実に賑やかに、伊勢の町衆(神領民と自称しています)がまさに総出で従事した、お木曳やお白石持ちといった民俗行事が、実は今回(第62回)は、長い伊勢の伝統の中でも特異なものであったという点です。

2015年5月25日月曜日

「ものづくり」に感じる違和感はなぜか

 以前このブログで、木村英紀氏の著書 ものつくり敗戦(日経プレミアシリーズ) を取り上げたことがあります。
 木村さんは制御工学の専門家として大学で長年教鞭をとっておられた方ですが、日本人の多くがなんとなく信じている、日本の製造業は優秀で技術が高く、製造業を復権すれば停滞する今の現状が打破できる、といったような過剰な思い込みが氾濫していることにこの本で警鐘を鳴らしました。
 その中に、「ものつくり」(わしは「ものづくり」と表記していますが、内容は同一のものです)という言葉に対する違和感への記述がありました。かいつまんで書くと以下のような趣旨です。

・ものつくりという大和言葉(日本古来の発音)の柔らかい語感は魅力的であるが、日本を救う打ち出の小槌のように、ものつくりに頼り、すがる人が多いのは大いに気になる。
・その人たちにとって、ものつくりは日本人の天職であり、生きる道であり、日本の誇りである。戦時中に流行った「大和魂」という言葉さえ連想させる。
・日本のものつくりの強さが語られるとき、そのほとんどがハードウエア、それも量産技術である。
・しかし、量産というよりは一品料理の世界である宇宙や原子力、航空機、防災、放送通信、金融サービスなどの分野では、日本の技術力は高い評価を得ていない。まして、付加価値が作られる最大の場となったソフトウエアの分野で日本はまったくふるわない。

2015年5月24日日曜日

尾鷲まるごとヤーヤ便のカタログが到着

 協同組合尾鷲観光物産協会から、尾鷲市の特産品頒布会である 尾鷲まるごとヤーヤ便 のカタログが送られてきました。

 ここ何年か、実はわしはヤーヤ便を購入していません。
 5年くらい前、ヤーヤ便が立ち上がった時とその翌年の2年間は購入していたのですが、それ以後、わしの住む伊勢市でも北村商店の干物がスーパーで販売されていたり、めでたい屋(三和水産)の鯛ドレッシングや鯛めしの素が、おはらい町の土産物店で販売されていたりするようになり、わざわざ尾鷲の産品を通販で購入する必要性が低まったと考えていたからです。

 で、今回、平成27年度も購入するかどうか考え保留中なのですが、そうは言ってもせっかく送ってもらったものだし、今回のカタログは製作スタッフに例年以上に力が入っているように感じたので、一応アップしておきます。

 尾鷲まるごとヤーヤ便とは、尾鷲市内の鮮魚や農林産物、干物やジャム、調味料などの加工食品、さらにお菓子など、尾鷲市内の合計32の事業者が生産した特産品を、年4回、購入者に宅配してくれるという頒布会です。

2015年5月23日土曜日

結局、エスカレーターは一列なのか二列なのか?

 このあいだ名古屋の地下鉄に乗った時、「エスカレーターの上を歩くのはやめましょう」みたいな内容のポスターが、ちょっと尋常でないほどの大きさになって、上り下り、それぞれの手前の壁面に張り付けられていました。
 名古屋市営地下鉄に関しては、わしの記憶ではおそらく一年以上前から、エスカレーターは二列に並んで乗りましょうという趣旨の掲示がされていましたが、お願いの姿勢は何となく控え目な印象で、何が何でも二列乗りを強制しようという意気込みは感じられませんでしたが、その姿勢が急に硬化してきたのかもしれません。
 地下鉄の車内には、顔が名古屋城のシャチホコで、胴体が駅員の制服という、あんまり可愛くない交通局のゆるキャラ(名前知らない)の中づり広告がつるされていましたが、それによると
・エスカレーターはそもそも上を歩くように設計されておらず、歩いて上り下りすると衝撃で故障する原因になる。
・移動しているエスカレーターの上をさらに歩くのは転倒の原因になる。
・立ち止まっている人と接触事故を起こす原因となる。
・手が不自由などの理由で、片方の手摺しか持てない人がいる。
・エスカレーター上で立ち止る人は(名古屋では)左側に乗ることから、乗り場の付近が混雑する原因となる。
 などの理由があり、このため、エスカレーターの片側(右側)は空けて、そこは歩く人が通る、という乗り方はやめましょうと呼びかけていました。
 しかし、思い起こせば、片側を空けるという今のエスカレーターのルールは、せいぜいここ25年ほど前に広まったものです。もともとは日本中で誰もこんなことはしていませんでした。

2015年5月21日木曜日

ビッグデータは目に見える形で活用を

 ある意味で残念で、残酷なことではありますが、児童や生徒の登校の列に、無謀運転や異常者のクルマが突っ込んで死傷者が数多く出る、という事件は珍しくもなんともなくなりました。
 昨日も大阪府豊中市で、登校中の小学生5人の列に市内の女性が運転していた乗用車が突っ込み、1人が意識不明の重体、残りの4人が重軽傷を負ったという悲惨な事故が起こりました。
 犯人は憎んでも憎み切れませんが、この道路は住宅街を通っているものの朝は渋滞する幹線道路の抜け道として通る車が多く、中には一旦停止標識を守らないドライバーも多いため、ふだんから見守りボランティアが立つなど、住民からは危険な道路として認識されている場所で、いわば起こるべくして起こった事故であるということです。
 もっとこうしておくべきだった、という点はたくさんあるでしょうし、道路管理者(豊中市)や警察も取り組むべきことはあったはずです。これは十分な検証が必要と思います。
 ただ、視点を変えて考えてみると、住民のニーズが身近で、かつ切実なこのような問題に対して、地方「自治」の枠組みの中で、もう少し善処することはできなかったのか、ということです。
 冒頭も書いたように、この種の事故は日本各地で起こっています。その都度、対策の強化やモラル向上などが叫ばれはしますが、それでもどこかで同じようなことが起こり続けているのです。


2015年5月20日水曜日

国税庁に楯突いた代償?

 タイムリーな話題が深堀されており、何より無料で読めるのがありがたいダイヤモンド・オンラインですが、5月19日付けの 「極ゼロ」酒税戦争で 国税庁に楯突いたサッポロの代償 という記事は納得できないものでした。というか、ジャーナリズムとして不可解な立ち位置から書かれたと感じざるを得ません。
 この記事は、ビール大手のサッポロが、いったんはいわゆる第3のビールとして発売していた「極ZERO(ゼロ)」なるビール系飲料について、製造法を調べてみると第3のビールでなく、それより税率が高い「発泡酒」に当たると国税庁から指摘を受け、サッポロが差額分の酒税を国税庁に自主納付したという、昨年起こった騒動についてのものです。
 自主納付の後、サッポロが再度社内調査を行ったところ、やはり極ZEROは第3のビールに当たるとの判断に至り、今年1月、サッポロは国税庁に対していったん納付した酒税を返還するよう要求を行いました。
 これに対して、4月28日、国税庁から「酒税は返還しない」との回答があり、このダイヤモンドの記事は次のようにこの顛末を分析します。


2015年5月19日火曜日

ブルーボトルコーヒーに行ってみた

 やや旧聞に属しますが、アメリカ・カリフォルニア州に本拠がある ブルーボトルコーヒーの海外進出第1号店が、今年2月、東京都江東区の清澄白河にオープンしました。

 ブルーボトルコーヒー(BBC)の創設者ジェームス・フリーマン氏は、 スターバックスなど大手チェーン店のコーヒーを「マニュアル化されすぎている」として否定的に捉えており、本当に美味しいコーヒーを追求し続けた結果、厳選したオーガニック・フェアトレードのコーヒー豆を使い、注文を受けてからコーヒーを焙煎するという「スロースタイル」コーヒーショップのビジネスモデルを確立しました。

 フリーマン氏は日本の喫茶店文化にも造詣が深く、コーヒー一杯でも丁寧に淹れる「コーヒー道」ともいうべき姿勢をリスペクトしており、このことが海外初出店にあたって日本が選ばれた理由でもあるそうです。

 それはさておき。
 清澄白河という場所に、わしは初めてやって来ました。地方出身者の宿命で、半蔵門線の出口から地上に出た時は頭がグルグルしており、どっちに行ったらいいのかまったくわかりませんでした。
 タブレットのナビソフトを使って、通常なら10分ほどで着くところ、25分かかって到着しました。

2015年5月18日月曜日

大阪市民よ、三重に来い

 うろ覚えなのですが、ブロガーの池田信夫氏が「日本ではすでに議会制民主主義は崩壊している。」というような記事を書いていました。
 歴史を振り返ると、議会制民主主義というのは、国王が専制によって民衆に税金を賦課したり、集めたお金を勝手に使ってしまわないために民衆の代表が国王を監視して、皆の話し合いでルールを決めるために生まれた制度です。つまり、税金を払う人がその使い道も決める、ということが本旨です。
 ところが今の日本では、税金を払う人よりも使う人のほうが多い ~言うまでもなく、若年者や中年者が納税した資金を、多数派の老齢者が年金や保険として受け取っている~ という構図になっています。
 つまり「税を払わない人が使い道を決めている」のであって、「税を払う人が使い道を決める」という原理原則が破たんしているというのです。
  急激な高齢化は日本にさまざまな変化をもたらしていますが、未来志向であるはずの議会制民主主義が現状維持志向を強め、変革を拒めば、現状の打開はますます難しくなるでしょう。

 こんなことを考えたのは、僅差とはいえ大阪都構想の提案が退けられた、昨日の住民投票の結果を見てです。ここ何十年間か同じように続けられてきた、そしておそらく良かれと思ったにもかかわらず効果がなかった大阪市の都市政策、地域振興策が、これからまた同じように続くであろうことが決定したからです。

2015年5月16日土曜日

大阪都構想に「反対」なんてあり得るのか

 いよいよ明日、5月17日は大阪都構想の是非を問う大阪市の住民投票が行われます。何週間か前に大阪に行ったとき、テレビでは賛成反対双方のコマーシャルがテレビで流れており、地下鉄には投票を呼び掛けるポスターも貼ってあって、それなりに盛り上っていると感じましたが、全国ネットの報道番組などで大きく取り上げられるようになったのは、(少なくとも三重県に住んでいる限り)せいぜいここ一週間ほどのことだと感じます。

 国政では対立している自民党、民主党、共産党などが「橋下憎し」、「大阪都構想憎し」で一致し、団結して反対している奇妙な構図が報道ではよく取り上げられていますが、ざっとホームページで双方の言い分を読んでみても、わしには大阪都構想に反対する理由がよくわかりません。
 今までの既得権に重きを置く人たちが、今後の見通しが不透明だからという理由で反対しているとしか思えません。
 ならば、あなたたちはこのまま大阪市と一緒に沈没していくのか?と不思議に感じざるを得ないのです。

 大阪都構想に関するテクニカルな議論や、大阪市民の反応などは、たとえば言論プラットフォーム アゴラ などにもたくさん投稿されているのでそちらをお読みいただくとして(たとえば、こちらを)、三重県の一住民にとって大阪都構想がどんな意味を持つのかメモしておきます。

2015年5月15日金曜日

松阪肉の朝日屋が東京に進出へ

 5月15日付けの中部経済新聞によると、津市に本社がある松阪肉専門店 朝日屋が、東京都港区白金台に新店舗を出店させるそうです。
 本店所在地以外に出店するのは、昭和33年の創業以来初めてのことであり、松阪肉専門店としてのブランドが浸透している東京で、松阪肉をはじめ黒毛和牛などの高品質な食肉を販売し、富裕層の需要を取り込む考えだと報じられています。


 津市にはもともと、企業城下町を形成するような大企業が少なく、強力な地場産業も有名な観光地もありません。県庁所在地としての「支店経済」に支えられている面があり、都市構造も郊外化、多極化が進んでいます。

2015年5月13日水曜日

まるミエ就活ガイドブック~三重で働く先輩15人の物語~

 地方の少子高齢化を食い止める手段として、地方在住もしくは地方出身の出身の学生が、大学などの卒業したあと地元に就職した場合には奨学金の返還の一部を減免しようという制度が作られることが昨年報じられていました。

 わしは、それが実際にどう具現化したのかはよく知らないのですが、金銭をインセンティブに田舎に若者を誘導しようというのは、わかりやすいといえばわかりやすい話であると同時に、決して少なくない金額ではあったとしても、それと引き換えに人生の重大な進路を決めてしまう若者がいるとすれば、それはそれでやや安直なのではないか・・・といった複雑な気持ちになります。(リンクはこちらを)

 やはり、自分の進路は自分で考えるのが一番なのであって、問題なのは進路を判断するうえでの材料が学生にとっては乏しいということなのではないかと思います。
 このブログは学生の方もご覧になっているようなので、三重県で就職を考えている方、しかも、中小企業への就職も視野に入れている方に、一つの判断材料として まるミエ就活ガイドブック~三重で働く先輩15人の物語~ というブックレットを紹介したいと思います。

2015年5月12日火曜日

旅館経営者向け「旅館経営学」無料ネット講座

 時事通信社の「官庁速報」によると、国土交通省観光庁が全国の旅館経営者を対象に、経営改善に向けた無料のオンライン講座を配信します。
 生産性向上や労務管理などに関する実践的な指導で業者を支援し、地域の活性化につなげるのが狙いで、5月26日から配信が開始されます。(5月11日付け)

観光庁 オンライン講座「旅館経営教室」HP より
2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を控えて、宿泊施設の開業は増加しており、設備が洋式で接客がマニュアル化されているホテルの件数は、10年前に比べて13%増えました。しかし、設備が和式で家業として経営されている旅館の数は25%も減少しています。多くはマニュアルもないため、細かい接客のノウハウを旅館経営者が継承していくことに困難も生じているそうです。

2015年5月11日月曜日

最も革新的な企業ランキング

 ファフィントンポストによると、アメリカのビジネス雑誌「ファスト・カンパニー」が2015年の「最も革新的な企業ランキング2015」(MOST INNOVATIVE COMPANIES 2015)を公表しました。

ランクインしているのは、アップル、アリババ、グーグル、インスタグラムといった錚々たる企業ですが、これらを抑えて第1位となったのは、オンラインでメガネを販売する「ワービー・パーカー」なるベンチャー企業だったということです。

 ワービー・パーカーは、創設わずか5年目ですが急速な成長を遂げているそうです。ファスト・カンパニー誌によれば年間売上は1億ドル(!)を超え、オンライン販売のほかにアメリカ全土で実店舗も運営しています。

 急成長の理由の一つは、メガネが95ドルから購入できるという低価格です。フレームを自社製造することで価格を抑えているそうです。
 また社会貢献にも積極的で、ワービー・パーカーでは、アメリカでメガネがひとつ売れるたびに、ひとつをNPOに寄付しており、メガネが寄付されたNPOは、発展途上国の人々に視力検査の仕方や手ごろな価格のメガネを売り方を教えているとのことです。

2015年5月10日日曜日

離島デビューも悪くない

 先日、伊勢湾最大の離島である答志島(とうしじま)のことを書きました。
 幸いというか、何人かからご感想をいただいたのですが、その時、「自分は長年、三重県に住んでいるけれど(三重県職員として奉職しているけれど)、一度も離島に行ったことがない。どうやって行ったらいいのか?」とか、「行って何をするのか? 時間をつぶせるところはあるのか」という質問を受けました。

 これは当然といえば当然だと思います。離島など、よほど用事がなければそもそも行くことがないし、遊びに行くといってもわざわざ船に乗って行くなど大仰な気がするし、ほかにもっと魅力的で手軽な観光地や行楽スポットはいくらでもあるので、縁がなかった人にはまったくの異世界なのでしょう。
 しかし、その反面、一度「デビュー」さえしてしまえば、ひょっとすると雄大な景色とか、よそからの隔絶感とかは心地よいかもしれません。わしは特別にそれほど思わないけど、離島の住民たちの「素朴さ」とか「人情の温かさ」も人によっては魅力と映るかもしれません。
 そこで、まったく鳥羽市の離島に行ったことがない方を対象に、数時間でデビューできる方法をご紹介してみましょう。

1)鳥羽市の離島の基礎知識
 鳥羽市の伊勢湾口には人が住む離島が4つあります。坂手島(さかてじま、もしくは「さかでじま」と発音。人口約400人)、菅島(すがしま。人口約700人)、答志島(人口約2300人)、神島(かみしま、もしくは「かみじま」。人口約400人)

2015年5月9日土曜日

伊勢市で商店街空き店舗ツアーが

 全国の地方都市の例にもれず、伊勢市でも中心市街地にある商店街は疲弊しています。
 中でも、伊勢のまちの、かつての玄関口であったJR・近鉄伊勢市駅からごく近い距離にあり、洋服、呉服、時計、宝石などの買回り品店舗や飲食店が多く、伊勢市をはじめ近隣の市町村からも多くの買い物客を集めていた伊勢銀座新道商店街の衰退ぶりは、非常に顕著なものがあります。

 しかし、嘆いてばかりではいられません。
 ここ伊勢銀座新道頂点街では、将来、商店街で起業、創業を考えている方を対象にした、商店街内の空き店舗の内覧ツアーが開催されます。
 ツアーは同商店街の主催によるものですが、参加申し込み先になっている「ユメビトハウス」とは、やはりこの商店街にあるゲストハウスです。
 ゲストハウスとは、わりと大都市や観光地では比較的よく見かけますが、要するに相室タイプの宿泊施設のことです。宿泊料が安いため必然的に若い旅行者とか外国人の利用が多く、同宿者とのコミュニケーションも楽しみの一つということができるでしょう。(わしの世代であれば「ユースホステル」に近いイメージでしょうか。)
 ユメビトハウスは、伊勢にやって来る観光客をもてなす宿泊業としての本業のほか、ここ伊勢銀座新道商店街をはじめ、中心市街地の活性化に関してもさまざまな活動やイベントを行っています。
 このツアーも参加料は無料とのことなので、地元在住の起業志望者だけでなく、他の地域の方でも伊勢の地で創業・起業したいと考えている方は、気軽に参加されてはどうでしょうか。

2015年5月8日金曜日

平成27年度「尾鷲まるごとヤーヤ便」が受付開始!

 尾鷲まるごとヤーヤ便の平成27年度の購入申込みの受付が開始されました。

 このブログでも何度か紹介していますが、尾鷲まるごとヤーヤ便とは尾鷲観光物産協会が行っている地域特産品の頒布会です。
 山と海に挟まれた尾鷲市は自然環境が豊かで、それらに育まれた海産物や水産加工品、農産物、林産物など多くの食材、加工食品の特産物があります。
 これらを年4回、季節によって旬のものを組み合わせた約10品程度の食品が宅配されるものです。代金は4回分で2万6800円(送料、税込み)です。


2015年5月7日木曜日

三重交通バスがヤフー乗換検索に

 5月7日から、Yahoo!の「乗換検索」で、三重交通の路線バスが検索可能となりました。
 今までは、駅から遠い場所や施設を目的地にした場合、その場所から最寄駅まで「徒歩40分」とか意味不明な結果が表示される場合がありました。
 しかし今日は、適当に三重県内の施設などを入力してルートを検索すると、確かに近くのバス停から三重交通バスを利用して最寄駅まで行くルートも表示されてきます。


 路線バスの場合は、運行ダイヤが平日、土曜日、日祝日の3パターンで全然違うことが多く、三重交通のホームページが、これがまたたいへん検索しにくいので往生していたのですが、これでかなり便利になりそうです。

2015年5月6日水曜日

答志島で思ったこと

 ゴールデンウイークの中日、鳥羽湾にある答志島(とうしじま)に行ってきました。
 答志島は伊勢湾にある最大の離島で、3つの集落があって人口は合わせて2300人ほど。鳥羽市の人口が約2万人なので、市民の10%以上は答志島の住人が占めていることになります。


 答志島へは鳥羽市営の定期船を利用します。所要時間は3つの集落のどこへ行くかで若干違いますが、わしは最も本土側に近い、桃取(ももとり)地区から入島することにしました。
 これだと鳥羽マリンターミナル(佐田浜港)から所要時間10分ほどです。

2015年5月4日月曜日

神山町に行ってみた

 徳島県の神山町に行ってきました。
 神山町は徳島県の中央付近に位置する人口5900人の町。吉野川の支流である鮎喰川(あくいがわ)が町の中央を東西に流れており、北部、南部は山に囲まれているという中山間地域です。

 神山町には、四国霊場の一つ焼山寺(しょうさんじ)があるほか、その昔、天女が授けたという神山温泉がありますが、自然が豊かなことのほかには取り立てて有名な観光地や産業があるわけではありません。

 しかし今、この町が注目されているのは、日本の一般的な「田舎」、すなわち過疎化が進む中山間地域が新たにIT産業の町に生まれ変わりつつあり、町外から若い移住者も多く集まっている、という「地域振興」の成功例として名前が轟いているからです。
 安倍内閣は「アベノミクスによる景気回復の恩恵を全国津々浦々に波及させる」ために地方創生なる政策を推し進めています。経済は生活の基礎なので、これに表立って反対する勢力はほとんどなく、つい先日の統一地方選挙でも地方創生の是非は争点にならず、したがって選挙民の関心も低く、多くの自治体では低投票率に悩み、そもそも無投票となったところも多かったのは記憶に新しいところです。
 全国の地方自治体で競争になっている観がある「地方創生」。そこで成功している神山町とはどんなところなのか興味があり、連休を利用して行ってみました。

2015年5月1日金曜日

【読感】福井モデル(その2)

承前 【読感】福井モデル(その1)

 第3章め、119ページからやっと本格的に福井の話になります。しかし、福井市ではなくて鯖江市の話です。
 鯖江市は言わずと知れた「メガネの街」であり日本最大のメガネ産業の集積地ですが、昨今は漆器や織物といった伝統的産業のほか、メガネ製造技術を起源に持つ表面処理や微細加工といった金属加工産業、さらにIT産業でも注目を集めています。
 人口数万人の地方都市に過ぎない鯖江市の産業が、なぜこんなに元気なのでしょうか。
 著者の藤吉さんによると、そもそも住民の(経済的な)独立意識が強い風土と、地域全体で起業家や経営者を支えるオープンイノベーションの意識が根付いているからです。これは、明治時代に地域経済振興のためメガネ産業を移入したときから見られ、技術教育制度を整えて多くの職人を育成することと、職人がある程度ひとり立ちできるようになったらのれん分け(独立起業)を奨励し、多くの小企業で切磋琢磨して全体を底上げしようという意識が強かったとのことです。
 このような歴史もあって、鯖江では、ビジネスのアイデアを地域の中で具体化する ~企業同士、あるいは県内の大学や研究所と連携して~ オープンで内発的なイノベーションが活発に創発されたのです。